065
七歩目。
足の裏の感覚が、もう曖昧だ。
現実と幻覚の境界が、溶けている。
そのとき――
不意に、別の声が混じった。
怒りでも、悲鳴でもない。
静かで、しわがれた声。
『……縁をほどくのはな』
『斬ることとは、違う』
脳裏に浮かぶ。
あの街。
小さな教会。
ろうそくの火。
背を丸め、死者の名を一人ずつ読み上げていた老人。
『縁は“結び目”じゃ』
『力任せに切れば、魂は裂ける』
『ほどくには……』
『覚悟がいる』
『奪う覚悟ではない』
『背負う覚悟じゃ』
胸が、強く打たれる。
「……くそ」
八歩目。
エーレンが、笑った。
「いい顔だ」
彼は両手を広げる。
すると、背後の瓶が一斉に浮かび上がる。
淡い光。
小さな魂。
子供たち。
それが、彼の前に集められる。
壁のように。
盾のように。
「来い」
優しい声で。
「斬れるなら、斬れ」
子供たちの魂が震える。
泣き声が、直接、頭に流れ込む。
「やだ……」
「こわい……」
「おうち、かえりたい……」
剣が、止まる。
縁が、見える。
彼と子供たちを繋ぐ縁。
複雑に絡まり合い、
互いの存在を縫い付けている。
斬れば。
彼も死ぬ。
だが――
子供たちの魂も、ほどけず、砕け散る。
「ほら」
エーレンが囁く。
「君は優しい」
「だから、殺せない」
「君は“正しいネクロマンサー”だ」
吐き気がする。
後ろで、リリアが震える声を出す。
「……クロウ、さん……」
振り返れない。
剣も下ろせない。
老人の声が、もう一度よみがえる。
『縁をほどくにはな……』
『自分の魂を、代わりに差し出すくらいの覚悟が要る』
理解してしまう。
この男を斬るだけでは、足りない。
子供たちを解放するには――
もっと深く、踏み込む必要がある。
エーレンが微笑む。
「さあ」
「英雄」
「どうする?」
地下室に、子供たちの泣き声が満ちる。
リリアの嗚咽が混じる。
俺の両親の鎖の音が、胸の奥で鳴る。




