064
剣を構え、エーレンを睨む。
距離は、十歩。
それだけなのに、やけに遠い。
「……近づけば」
自分に言い聞かせる。
「終わる」
子供たちの魂の縁は、彼の背後に集束している。
絡まり、縫い止められ、固定されている。
術者を倒さなければ、ほどけない。
一歩、踏み出す。
世界が歪む。
床が、あの家の木目に変わる。
血の匂い。
倒れるアルベルト。
叫ぶセレスティア。
「クロウ……逃げなさい……」
弟の手。
引きずられる小さな身体。
喉が、潰れる。
「……っ」
現実に戻る。
膝が震えている。
まだ九歩。
「効いているな」
エーレンが静かに言う。
「魂は距離を測る」
「近づくほど、深く刺さる」
二歩目。
視界が割れる。
森。
街道。
地下墓地。
スラム。
今まで屠ったネクロマンサーたち。
首のない男。
骨を操る女。
人肉の家具を作った神父。
永遠のお茶会の少女、アリス。
「どうして殺したの?」
「仲間になれたのに」
「あなたも同じでしょう?」
無数の声。
胸が裂ける。
「……違う……」
だが、否定は弱い。
三歩目。
両親の姿。
鎧を着た骸。
命令を待つ眼。
「……クロウ」
声は出ないはずなのに。
「私たちは……ここに、いる」
鎖の音。
魂が引きずられる音。
吐き気。
「……やめろ……」
床に膝をつく。
距離は、まだ半分。
リリア
横を見る。
リリアは床に崩れ、震えている。
「お母さん……ごめんなさい……」
「行かないで……」
小さな背中。
壊れそうな肩。
怒りが、やっと形を持つ。
進む
歯を食いしばる。
「……俺が、悪い」
四歩目。
今度は、声が混ざる。
「怪物」
「死霊術師」
「人殺し」
街で投げられた石。
罵声。
火。
迫害の記憶。
五歩目。
肺が裂ける。
視界が赤い。
だが、止まらない。
「……それでも」
「……終わらせる」
エーレンの笑み
「君は、壊れ方が美しい」
子供たちの魂が、怯えるように揺れる。
「君は斬れない」
「優しすぎる」
「だから――」
「私に届かない」
さらに一歩
六歩目。
世界が崩壊する。
父の死。
母の死。
弟の消失。
アリスの胸を貫いた感触。
グラーフを消した瞬間。
すべてが同時に来る。
意識が、千切れる。
剣が、落ちそうになる。
それでも
震える指で、柄を掴む。
「……俺は」
「お前たちみたいには、ならない」
あと四歩。
魂が、軋み続けている。
この戦いは、肉体戦ではない。
心を削り尽くす戦いだ。
そして、
彼が倒れれば、
子供たちの魂の縁はほどける。
それだけが、救いだ。




