063
剣先を、男の喉元に向ける。
「二十年前」
「お前は、どこにいた」
白衣の男――エーレン・ファルケは、穏やかに首を傾げた。
「東方連合領」
「疫病処理と、戦災孤児の“回収”を担当していた」
縁を見る。
嘘はない。
「……そうか」
胸の奥が、静かに冷える。
こいつも違う。
「では、ここで何をしている」
「保管だよ」
優しく笑う。
「魂は壊れやすい」
「丁寧に扱わなければならない」
壁一面の瓶が淡く光る。
小さな魂たちが、怯えるように揺れる。
「返せ」
「返せ?」
エーレンは困ったように眉を下げた。
「それは“死”だ」
「彼らはもう死んでいる」
「だが」
「縛られている」
「……それが、どれほど苦しいか」
自分の胸を指す。
「君が一番、知っているはずだ」
息が詰まる。
「斬れるのだろう?」
「縁を」
俺は答えない。
見えている。
子供たちの縁。
細く、脆く、震えている。
斬れば、確実に“消える”。
救済ではない。
抹消だ。
剣が、わずかに下がる。
「……斬れない」
エーレンの目が、細くなる。
「やはり」
男が、指を鳴らす。
「では――」
床の術式が輝き、
瓶の一つが割れる。
淡い光が、弾丸のように飛ぶ。
魂魄弾
それが、俺の胸に突き刺さった。
視界が反転する。
木の床。
血。
倒れる父。
倒れる母。
弟の泣き声。
「兄ちゃ――」
叫び声が、耳の奥で破裂する。
八歳の自分。
棚の裏。
動けない。
「……っ!!」
膝をつく。
現実と過去が、溶け合う。
「トラウマだよ」
エーレンの声が、遠い。
「魂の欠片をぶつけ、記憶の傷口を抉る」
「人は誰でも、壊れた場所を持っている」
「クロウさん……!」
リリアが駆け寄ろうとした瞬間――
二発目。
魂魄弾が、彼女に直撃する。
「……っ!」
リリアの瞳が見開かれる。
次の瞬間。
彼女は、崩れ落ちた。
「やめ……な……」
小さな体。
震える指。
「……お母、さん……?」
知らなかった。
彼女にも、過去がある。
彼女の記憶の地獄が、いま開いている。
剣を握る。
だが、振れない。
子供の魂の縁。
斬れば、終わる。
彼らも。
この能力も。
だが、それは殺しだ。
慰霊ではない。
解放ではない。
処刑だ。
エーレンが歩み寄る。
「君は優しすぎる」
「その優しさが、何人殺すか」
瓶が、さらに震える。
「さあ」
「次は、どんな記憶を見せようか」
地下室に、子供たちの泣き声が満ちる。
そして、
リリアの、過去の悲鳴が重なる。
俺は立ち尽くす。
斬れない。
救えない。
進めない。
ここは――
剣では勝てない戦場だった。




