060
夜を選んだ。
ヴェルケン王国の夜は、異様に明るい。
屍兵が街灯の代わりに燐光を放ち、
通りには人と骸が同じ比率で歩いている。
俺とリリアは外套を深く被り、裏門から入った。
検問はない。
この国では、死者が出入りしても誰も疑わない。
胸の奥がざらつく。
街全体が、巨大な術式陣だ。
地面の下で、無数の縁が絡み合っているのが見える。
王へ。
四人の側近へ。
軍勢へ。
死体保管庫へ。
王都西区。
屍兵の集積所。
崩れた神殿を改造した軍営。
そこにいた。
黒い軍服。
腹の出た体躯。
白髪交じりの短髪。
冷えた目。
「……生きていたか」
グラーフ・ネーデル。
草原で、軍勢を操っていた男。
「いやぁ、驚いたよ」
笑う。
「千の部隊を溶かされるのは初めてだ」
周囲の屍兵が動く。
百体ほど。
だが、あの時の軍勢とは比べ物にならない。
「王が興味を持っていてね」
「君を“第五席”に、だとさ」
吐き捨てる。
「……断る」
「残念だ」
グラーフが杖を突く。
屍兵が一斉に走り出す。
「父よ」
「母よ」
「アルベルト」
「セレスティア」
真名を呼ぶ。
二人が顕現する。
「……二十年前」
「お前は、どこで何をしていた」
グラーフが眉をひそめる。
「ほう?」
「ずいぶん昔の話だな」
「小さな村だ」
「一家四人が殺され」
「五歳の子供の死体だけが消えた」
グラーフは一瞬だけ考え込み、首を振った。
「知らんな」
「私は当時、王都の地下墓地の管理をしていた」
「軍の指揮権を与えられたのは、十年ほど前からだ」
嘘ではない。
縁が、そう告げている。
「……子供の死体を回収した覚えは」
「ない」
即答だった。
「確かに私は多くの死体を集めた」
「だが、無差別ではない」
「王の命令書がなければ、魂には触れん」
胸の奥が、冷える。
「……そうか」
怒りは消えない。
だが、標的ではなかった。
「お前は、俺の家族を壊した奴じゃない」
グラーフは薄く笑う。
「復讐相手を探しているのか」
「哀れだな」
「だが残念だ」
「王の下には、
二十年前から“魂を集めていた者”がいる」
心臓が跳ねる。
「四人の側近の一人だ」
「私ではない」
「……名前は」
「教えん」
「君が辿り着く」
「生きていれば、だがな」




