057
崩れた家の中は、静かだった。
風が壁の穴を抜ける音。
遠くで獣の鳴き声。
それだけが、夜の証だった。
横になる。
身体は鉛のように重い。
目を閉じた瞬間、意識が沈む。
――あの家だ。
古い木造の家。
軋む床。
暖炉の火。
笑い声。
「クロウ、走るな」
父の声。
「ほら、転ぶわよ」
母の声。
「兄ちゃん!」
弟の声。
八歳の俺。
五歳の弟。
四人で笑っていた。
次の瞬間。
音が、壊れる。
窓が割れる。
扉が吹き飛ぶ。
黒い影が入ってくる。
人の形をしているのに、
人の温度がない。
剣の音。
骨の砕ける音。
肉の裂ける音。
父が倒れる。
母が倒れる。
声が出ない。
喉が動かない。
弟が、叫ぶ。
「にいちゃ――」
手が伸びる。
小さな手。
黒い腕が、それを掴む。
引きずられる。
血。
床。
天井。
俺は――
動けない。
声も出せない。
壊れた箪笥の裏。
倒れた棚の隙間。
偶然できた暗闇。
そこに、縮こまっている。
足音。
血の滴る音。
影が、部屋を見回す。
「……使えないな」
低い声。
父と母の死体を見下ろし、
吐き捨てるように言う。
「壊れている」
そして去る。
弟だけを連れて。
扉が閉まる。
世界が、止まる。
――息ができない。
身体が跳ね起きる。
喉が鳴る。
肺が焼ける。
汗で全身が濡れている。
「……っ」
手が震える。
剣を探し、
何もない空気を掴む。
「クロウさん……!」
リリアの声。
現実。




