056
剣を振るう。
縁を断つ。
砕く。
断つ。
消す。
それを、何度繰り返したか分からない。
時間の感覚が、溶けていた。
最後の一体が、崩れる。
黒い糸がほどけ、
砂のように消えていく。
――静寂。
草原に残るのは、
踏み荒らされた草と、
粉々になった骨の欠片だけ。
千を超えていた軍勢は、
跡形もなく消えた。
丘を見る。
黒衣の側近の姿はない。
気配もない。
「……逃げたか」
呟こうとして、
声にならない。
喉が、裂けるように痛い。
剣を地面に突き立てた瞬間、
膝が折れた。
視界が揺れる。
吐き気。
耳鳴り。
血の味。
リリアが駆け寄る。
「クロウさん……!」
「……大丈夫だ」
言葉は、嘘に近い。
前を見る。
アルベルト。
セレスティア。
二人は、まだ立っている。
だが、
何かが違う。
輪郭が、より濃い。
存在感が、重い。
空間に“縫い付けられている”ような感覚。
真名解放。
縁の干渉の深化。
能力の成長。
その代償。
「……まただ」
胸の奥が、締め付けられる。
「……また、深く縛った」
魂を。
意志を。
還る道を。
俺のために。
「……すまない」
声が、震える。
アルベルトも、セレスティアも、
何も言わない。
ただ、命令を待つ。
それが、何より苦しい。
強くなればなるほど、
縛りは重くなる。
自由は、遠くなる。
救うために力を求め、
その力で、
最も大切な存在を、
より深い檻に閉じ込めている。
「……俺は」
唇を噛む。
「……何をしている」
答えは出ない。
リリアが肩を貸してくれる。
「……ここじゃ、休めません」
「血の臭いが、強すぎます」
「ああ……」
俺は二人の骸を還す。
影へ。
深い、深い場所へ。
草原を離れ、
森へ戻る。
人の気配のない、山間の廃村へ。
崩れた家。
倒れた井戸。
焼け落ちた祠。
それでも、
屋根があるだけで、十分だった。
床に座り込む。
剣を置く。
目を閉じる。
体が、鉛のように重い。
心は、それ以上に。
リリアが言う。
「……助けてくれて、ありがとうございます」
俺は答えない。
答えられない。
助けたのか。
殺したのか。
縛ったのか。
分からなくなっている。
外では、風が吹いている。
草原の匂いは、もうしない。
代わりに、
胸の奥で、
重い鎖の音が鳴り続けている。
強くなった。
だが、
人間としては、また少し壊れた。




