052
書庫を出た瞬間、空気が変わった。
腐った鉄の匂い。
死が命令を待っている匂い。
路地の奥に、影が立ち上がる。
鎧を着た屍兵。
農具を持った屍兵。
骨の見えた屍兵。
二十体ほど。
一小隊。
「……来ました」
リリアの声が硬い。
俺は剣を抜き、同時に小さく息を吸う。
「父よ」
「母よ」
低く、名を呼ぶ。
空間が歪む。
影が凝縮し、二つの人影になる。
鎧を纏った骸の剣士と、
槍を構えた骸の戦士。
――父と母。
他の死者は呼ばない。
呼ばないし、縛らない。
それだけは、決めている。
「……行け」
命令は短い。
父の骸が踏み込み、剣を振る。
一体、首が落ちる。
母の槍が突き抜け、二体目が崩れる。
俺は前に出る。
剣で止め、斬り、弾く。
リリアの矢が聖光を帯び、屍兵の額を穿つ。
二十体。
倒せる。
倒せるが――
地面が動く。
路地の奥から、また立ち上がる。
屋根の上から、落ちてくる。
割れた家屋の床下から、這い出てくる。
数が、減らない。
「……街全体が、墓だ」
吐き捨てる。
父と母の骸は戦い続ける。
無言で。
壊れかけても、前に出る。
それが、余計につらい。
「クロウさん!」
リリアが叫ぶ。
「このままじゃ……!」
「ああ」
「ここで続ければ、
死体を増やすだけだ」
「王の望み通りになる」
俺は父と母に視線を送る。
それだけで伝わる。
二体は前に出て、道を塞ぐ。
俺とリリアは背を向ける。
「走れ!」
城門を抜け、森へ。
屍兵は国境を越えない。
命令が、そこまでだからだ。
丘を越え、ようやく足を止める。
父と母の骸は、静かに立っている。
傷だらけで。
それでも、命令を待つ姿勢のまま。
「……もういい」
小さく告げる。
二体は影に戻る。
胸の奥が、痛む。
「……俺は、増やさない」
「誰も、縛らない」
「縛るのは……この二人だけだ」
それが贖罪なのか、
エゴなのかは分からない。
だが、譲れない。




