046
翌朝、
俺たちは広場へ向かった。
祭りの名残もない。
血の匂いも、もう薄れている。
だが――
死の記憶だけが残っている。
処刑台は片付けられていた。
木製の床板。
乾ききらない黒い染み。
踏み固められた砂。
人々はもう興味を失っている。
死は、
昨日の娯楽に過ぎない。
俺は、
近くの露店の男に声をかける。
「昨日の処刑……
名前は?」
「裏通りの爺さんだろ?」
「エルン・ハルバードだ」
「慰霊ばっかしてた変人さ」
胸の奥が、ひどく冷える。
――エルン・ハルバード。
間違いない。
あの小さな教会の老人だ。
人目のない路地へ入り、
俺は手帳を開く。
黄ばんだ紙。
書き連ねられた名。
黒く塗り潰された、十の痕跡。
そして――
最初から書かれていた名が、そこにある。
エルン・ハルバード。
ずっと、
載っていた名前だ。
“危険人物”として。
“いずれ始末すべき対象”として。
俺は、
しばらくペンを持ったまま動けずにいた。
――この男は、
誰も縛っていなかった。
――誰も奪っていなかった。
――ただ、
送っていただけだ。
それでも、
“ネクロマンサー”だった。
歯を食いしばり、
ペンを走らせる。
名前を、黒く塗り潰す。
インクが滲む。
まるで、
悔恨が染み出すように。
「……遅かったな」
呟きは、
誰にも届かない。
リリアの視線
リリアが静かに言う。
「クロウさん……
あなたが殺したわけじゃないのに」
「ああ」
「だが、
見過ごした」
それだけで、
十分に重い。
宿へ戻る途中、
酒場の噂が脳裏をよぎる。
――ネクロマンサーが統治する国。
――死霊術師が“法”を決める王国。
――迫害ではなく、“支配”を選んだ土地。
「……ヴェルケン王国」
自然と、
名前が零れる。
リリアが首を傾げる。
「気になりますか?」
「ああ」
「迫害される側が、
国を作ったとしたら……
どんな地獄になるのか」
「あるいは、
どんな“答え”になるのか」
それは希望ではない。
逃避でもない。
確かめたいだけだ。
――迫害される者が支配する世界。
――縛る者ではなく、
裁く側に立ったネクロマンサー。
もし、
そこに“秩序”があるなら。
もし、
そこに“救い”があるなら。
俺の生き方も、
揺らぐかもしれない。
夕暮れの街に、
鐘が鳴る。
処刑の街。
偽りの平穏。
そして、
次なる死の匂い。
俺は手帳を閉じる。
次は、ヴェルケン王国だ。




