表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末のネクロマンサー  作者: あああ
ネクロマンサー狩り
38/72

038

紅茶の香りが、肺の奥まで入り込んでくる。

 甘い。

 優しい。

 ――そして、逃げ場がない。

 気づいたとき、

 私は椅子に座らされていた。

 小さな丸テーブル。

 欠けたカップ。

 ひび割れたソーサー。

 さっきまでいた小屋と同じなのに、

 どこか“現実ではない”。

 音が遅れて届く。

 影が動かない。

 炎が揺れない。

 時間が、正しく流れていない。

「……クロウさん?」

 声を出すと、

 自分の声が、少し遅れて返ってくる。

 隣の席には、

 骸が座っている。

 旅人だった人。

 村人だった人。

 そして――

 穏やかな笑みを浮かべた“大人たち”。

 誰も瞬きをしない。

 でも、

 待っている。

「お客様、

 いらっしゃい」

 正面に、

 アリスが座っていた。

 小さな手でティーポットを持ち、

 丁寧に紅茶を注ぐ。

「ここはね、

 終わらない場所なの」

「誰もいなくならないし、

 誰も独りにならないの」

 胸の奥が、ひくりと痛む。

「……私は、

 帰らないと」

「帰るって、

 どこへ?」

「……クロウさんのところへです」

 アリスは、

 少しだけ悲しそうに微笑んだ。

「でもね、

 ここにいれば――

 置いていかれないよ?」


 私は弓を握り直す。

 指先が、

 かすかに透けている気がした。

 それでも、

 引き絞る。

「……やめてください」

 放った矢は、

 まっすぐアリスへ向かう。

 ――はずだった。

 矢は、

 空中で止まった。

 見えない水の中を進むように、

 減速し、

 力を失い、

 静かに床へ落ちる。

「……え?」

 もう一本。

 聖魔術を込める。

 浄化の光を宿した矢。

 放つ。

 ――届かない。

 光が滲み、ほどけ、消える。

 攻撃が“意味を持たない”。


 アリスが首を傾げる。

「ここではね、

 “拒絶”はできないの」

「戦うっていう選択肢は、

 用意されていないから」

 心臓が、

 重く沈む。

「じゃあ……

 どうすれば……」

「一緒にいるだけでいいの」

「お茶を飲んで、

 話をして、

 誰もいなくならないようにするの」


 自分の手を見る。

 輪郭が、少しぼやけている。

 息を吸っても、

 身体の“重さ”が感じられない。

 遠くで、

 クロウさんの声が聞こえた気がした。

 でも、

 水の底から聞く声のように歪んでいる。

「……クロウさん……」

 アリスが、

 静かに微笑む。

「外の人はね、

 いつか必ずいなくなるの」

「でも、

 ここにいれば、永遠だよ?」


 カップの紅茶が揺れる。

 波紋が、

 何重にも重なって広がる。

 気づく。

 ――ここでは、

 時間が溶けている。

 ――一日が、

  一瞬にも、

  永遠にもなる。

 このままでは、

 私は“客”になる。

 笑って、

 座って、

 紅茶を飲み続ける骸に。


 私は、

 必死に言葉を探す。

「……私は、

 まだ生きています」

「クロウさんのそばに、

 戻らないといけないんです」

 アリスは、

 小さく首を傾げた。

「……でも、

 あなたも独りになるんでしょう?」

 胸が、締めつけられる。

「独りは、

 怖いでしょう?」

 言い返せない沈黙が落ちる。


 骸たちが、

 ゆっくりとカップを持ち上げる。

 ぎこちなく。

 同じ動きを、

 何度も何度も繰り返しながら。

 その中に、

 “自分の席”があることに気づく。

 名前のない席。

 空いている椅子。

 私のための場所。

 紅茶の香りが、

 さらに甘くなる。

 私は、

 矢を握りしめながら思う。

 攻撃は、効かない。

 力では、出られない。

 それでも――

 まだ、諦めたくない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ