036
紅茶の香りが漂っている。
だが、それはどこか甘すぎて、
底に沈んだ腐臭を隠しきれていない。
小さな丸テーブル。
歪んだティーカップ。
割れた皿の上に並べられた菓子。
そして――
動かないはずの“客人”たち。
旅人の骸。
両親と思しき骸。
小屋の主だったであろう骸。
全員が椅子に座らされ、
ぎこちなく背筋を伸ばしていた。
「……いらっしゃい」
九歳ほどの少女が微笑む。
淡い金髪。
穏やかな声。
無垢な表情。
名前は、アリス。
「今日はね、
お客さんが増えるの」
胸の奥が、ひどく冷える。
この場は、
死者の社交場だ。
その瞬間、
骸の首が一斉にこちらを向いた。
関節がきしむ音。
糸に引かれるような、不自然な動き。
「……来ます、クロウさん!」
リリアが弓を引き絞る。
俺の身体が、
反射的に術式を展開する。
縁の干渉。
死と死の結び目を引き裂く。
影の骸が現れ、
迫る攻撃を受け止めた。
骨と骨がぶつかる、乾いた衝撃音。
――防げる。
だが。
俺は、
命令を出せない。
骸を斬れ。
術式を断て。
少女を止めろ。
どれも、
言葉にならない。
「どうして……
そんな怖い顔をするの?」
アリスが首を傾げる。
「ここはね、
みんながいなくならない場所なの」
「外に出ると、
死んで、
消えて、
忘れられちゃうでしょう?」
責める声ではない。
狂気の響きもない。
ただ、
孤独を拒絶する子供の願いだけがある。
骸たちは襲いかかりながら、
どこか“もてなす”仕草を続ける。
椅子を引く。
カップを差し出す。
席へと“招く”。
これは戦闘ではない。
招待だ。
「一緒にいようよ」
アリスが微笑む。
「もう、
誰もいなくならないように」
胸の奥が、軋む。
――この術は、
孤独を拒んだ者の末路だ。
――そして俺は、
それを否定できない。
影の骸は防御を続ける。
だが、俺は命じない。
「……やめろ」
誰に向けた言葉か、
自分でもわからない。
リリアの声が震える。
「クロウさん……!
このままだと、押し切られます!」
「……撃てない」
「……俺には、
この子を“敵”として見られない」
骸の腕が伸び、
俺の肩を掴む。
冷たい。
生者の温度ではない。
アリスが、
嬉しそうに笑った。
「ねえ、
あなたも座ろう?」
「……ここで一緒に、
ずっとお茶会をしよう?」
俺のネクロマンスは防ぐ。
だが、
俺自身が戦うことを拒んでいる。
これは勝敗の物語ではない。
これは、
“救えない子供”と
“斬れない男”の敗北だ。




