035
街道を外れた先に、小屋があった。
古く、歪み、
それでも人が住んでいる形を保っている。
――近づくにつれ、
死の臭いが濃くなる。
腐敗ではない。
怨嗟でもない。
“留められた死”の匂いだ。
「……ここ、ですね」
リリアの声は小さい。
俺は答えない。
答えの代わりに、
扉へ手を伸ばす。
ノックをする前に、
扉は内側から開いた。
「いらっしゃい」
現れたのは、
九歳ほどの少女だった。
淡い金髪。
白いワンピース。
埃一つない笑顔。
「わたし、アリスっていうの」
その背後から、
強烈な死の気配が溢れている。
「お茶会、しているの。
よかったら一緒にどう?」
室内には、
丸いテーブルが置かれていた。
ティーセット。
カップ。
焼き菓子。
――そして、
席に座る“人影”。
父と思しき骸。
母と思しき骸。
そして、
旅人たちの骸。
朽ちかけた死体が、
椅子に座らされ、
紅茶を注がれ、
“会話をする体”を保たされている。
「パパ、今日はお客さんが来たよ」
少女は骸に話しかける。
「ママ、失礼のないようにね」
骸は、
糸に引かれたように首を傾ける。
術式。
精巧で、歪で、
そして――子供の手によるものではないはずなのに。
俺の胸の奥で、
何かが崩れる。
これまで幾人のネクロマンサーを葬ってきた。
狂人。
愉悦犯。
死を玩ぶ者。
――だが。
この子は、違う。
殺してはいけない。
正義でも、
使命でも、
復讐でもない。
“それだけは出来ない”
という直感が、刃を鈍らせる。
「……アリス」
俺の声は、
思ったよりも低かった。
「どうして、
こんなことをしている?」
少女はきょとんと首を傾げる。
「だって、
みんな、いなくなるのは嫌でしょう?」
「パパもママも、
旅のお兄さんたちも、
ここにいれば――
ずっと一緒なの」
紅茶を注ぐ手は、
震えていない。
悪意も、罪悪感も、存在しない。
ただ、
孤独を拒絶しているだけの子供。
俺は、
武器に手をかけたまま、
それ以上動けなくなる。
戦えない。
裁けない。
殺せない。
これは敵じゃない。
“壊れてしまった日常”だ。
リリアが小さく囁く。
「……クロウさん?」
「……違う」
「これは、
戦いじゃない」
俺の胸の奥で、
ネクロマンスの衝動が、
初めて沈黙した。




