034
宿の部屋は、
小さなランプひとつで照らされていた。
窓の外では、
まだ街の笑い声が残っている。
俺は椅子に腰掛け、
武器の手入れをしていた。
リリアは、
ベッドの端に座って揺れる灯りを見つめている。
「……今日は、
楽しかったです」
ぽつりと、彼女が言う。
「食事のことか?」
「それも、ありますけど……
“普通の街”にいる感じがして」
手を止める。
「普通は、
すぐに壊れる」
「それでも……
壊れる前に、感じておきたいんです」
しばらく沈黙。
「クロウさんは、
怖くないんですか?」
「何がだ」
「……戦いも。
死も。
それから、
ご自分の力も」
俺は答えるまでに、
ほんの少しだけ時間を使う。
「怖い」
短く、
だが嘘はない。
「ただ、
怖がるより先に、やることがある」
「……それって、
義務ですか?」
「――執念だ」
彼女は膝の上で手を握りしめる。
「私、
クロウさんと一緒にいると……
少しだけ、
死が怖くなくなります」
「それはいいことか?」
「……わかりません。
でも、
ひとりで震えるよりは、
ずっといい」
その言葉は、
子どものようで、
それでいて覚悟も含んでいた。
俺は彼女を見る。
「……無理はするな」
「はい」
一拍、間を置く。
「嫌なら、
この旅をやめてもいい」
リリアは驚いたように目を瞬かせる。
「……いいんですか?」
「命を賭ける理由は、
強制されるものじゃない」
彼女は少し俯き、
それから小さく笑った。
「それでも、
私は行きます」
「どうしてだ」
「クロウさんが、
ひとりで歩くのは嫌だから」
胸の奥に、
小さな棘のような何かが刺さる。
「……好きにしろ」
「はい。
好きにします」




