029
床に倒れているのは、
まだ若い男の死体だった。
白い法衣は血で濡れ、
顔には――
最後まで消えなかった歪んだ微笑が残っている。
若い。
信仰に人生を捧げるには、
あまりにも早い年齢だ。
それでも――
こいつは多くの死を冒涜した。
俺は歩み寄り、
膝をつく。
指先で、
縁の糸を辿る。
絡みついた魂の残滓。
苦しみ。
歪み。
快楽。
すべてが、まだ若い精神のまま腐っている。
「……安らげとは言わない」
小さく呟く。
「だが――
迷うな」
縁を断つ。
魂の残り香をほどき、
道だけを示す。
彼が救われるかどうかは、
俺の知ることじゃない。
ただ、
これ以上、死を弄ばせないために
送るだけだ。
リリアが静かに見ていた。
「……優しいですね、クロウさん」
「違う」
即座に否定する。
「これは――
後始末だ」
協会を出たあと、
俺たちは街の高台へ向かう。
教皇庁の尖塔が見える。
白い石で築かれた、
清浄の象徴。
だが――
視えた瞬間、
皮膚が粟立つ。
空気が違う。
息が重い。
聖の気が濃すぎる。
まるで、
この街全体が結界のようだ。
俺の胸奥で、
術式が拒絶反応を起こす。
縁が軋む。
骸が遠くで軋轢を上げる。
――今、踏み込めば。
確実に“焼かれる”。
俺は目を伏せる。
「……今は無理だ」
「今行けば、
自殺行為になる」
リリアが息を呑む。
「そんなに……?」
「この国の“核”だ」
「聖の力で
ネクロマンスを拒絶する設計になっている」
俺は踵を返す。
「回り道をする」
「正面突破は、
最終手段だ」
去り際、
教皇庁の鐘が鳴る。
澄んだ音。
清らかな音。
だが俺には――
かすかに“死の残響”が混じって聞こえた。
この場所は、
本当に“清浄”なのか。
それとも――
死を隠すのが上手いだけなのか。




