022
聖国家の門を越えた瞬間、
空気が変わった。
澄み切っている。
埃も、腐臭も、血の匂いもない。
清潔すぎる街だった。
白い石畳。
磨かれた聖像。
整然とした市場。
祈りを捧げる人々の穏やかな表情。
どこを見ても――
死の気配がない。
「……おかしいな」
俺は小さく呟いた。
「何がですか、クロウさん?」
「死は、どんな街にもある。
病死も、事故も、老衰もだ」
だが、この街には、
“死の痕跡そのものが消えている”。
気配が、
まるで洗い流されたかのように。
宿屋へ向かう途中、
通り沿いに建つ協会の前を通りかかる。
その瞬間、
鼻腔をかすめる微かな匂い。
――死。
腐敗ではない。
血でもない。
魂がほどけきれず、
滞ったあとの匂い。
俺の視線が、
無意識に扉へ向く。
「……ここだな」
「協会、ですか?」
「ああ。
この街で、
初めて“死”を感じた」
だが、
今は踏み込まない。
「まずは宿を取る。
動くのは情報を集めてからだ」
宿屋は静かで、
客層も穏やかだった。
巡礼者、商人、聖職者。
戦士の姿は少ない。
部屋を借り、
扉を閉める。
ようやく、
外の“清潔な圧”から解放された。
机を挟み、
俺とリリアは向かい合う。
「まず確認する」
俺は静かに言う。
「この街は、
死を“隠している”」
「隠す……?」
「死体の消失。
死の気配の希薄さ。
協会にだけ残る痕跡」
指を折りながら整理する。
「死体はここに運ばれている可能性が高い。
そして、
公には処理されていない」
「……つまり、
裏で何かしている、ということですか?」
「ああ」
俺は続ける。
「魂の縁が、
この街のどこかで断たれている」
「自然死なら、
縁は静かにほどける。
だがこれは違う」
少しだけ、
声が低くなる。
「誰かが意図的に“魂を留めている”」
一瞬だけ、
胸の奥が軋む。
――自分も同じことをしている。
父と母の魂を縛り、
この世に留めている。
だが、その感情は
表に出さない。
言葉も、
表情も、
変えない。
「……まずは聞き込みだ」
「宿の主人。
市場の商人。
聖職者」
「そして、
協会の裏口」
「私も手伝います、クロウさん」
「無理はするな」
「でも……
死を弄ぶ人がいるなら、
見過ごせません」
俺は、
小さく頷く。
「同感だ」
窓の外を見る。
夕暮れの光が、
清潔な街並みを染めていた。
だが俺には、
その光がどこか冷たく見えた。
死を隠す街ほど、
歪んだ場所はない。




