021
白い城壁が、空を切り裂くようにそびえていた。
聖国家の国境門。
神の紋章が刻まれた巨大な扉。
そして、その前に並ぶ――
検問の列。
馬車が減速する。
鎧に白布を垂らした聖騎士たちが、
一台ずつ止め、
乗客の顔を確かめていく。
「……近いな」
俺は低く呟く。
「クロウさん」
リリアの声は小さいが、
震えてはいない。
「大丈夫です。
“祈りの言葉”、忘れていません」
「頼もしい」
だが、俺は笑えなかった。
馬車が止められる。
「御用件は?」
聖騎士の声。
硬く、冷たい。
「巡礼です」
俺は静かに答える。
「神殿都市へ向かう途中でして」
「証明書を」
差し出したのは、
偽造した巡礼証。
文字は正しい。
紋章も本物と遜色ない。
だが――
問題は紙ではない。
騎士の視線が、
俺の顔に突き刺さる。
「……随分と、
血の匂いがする聖者だな」
心臓が、わずかに強く打つ。
「旅は長く、
治療と弔いに携わることも多いので」
嘘ではない。
真実でもない。
聖騎士は、
リリアへと視線を移す。
「お前は?」
「祈祷師のリリアです。
癒しと、
浄化を学んでいます」
「……ならば、
証を見せろ」
「証?」
「神の祝福を持つ者なら、
聖句に反応が出る」
騎士は小さな聖印を取り出す。
淡く光る、
聖属性の試金石。
「触れろ」
リリアは、
一瞬だけ俺を見る。
俺は、
小さく頷く。
彼女が聖印に触れた瞬間、
淡い光が広がった。
「……本物か」
騎士が低く呟く。
だが、
視線は再び俺に戻る。
「貴様は?」
「私は術師ではない」
「では、
なぜ祈祷師を連れている?」
「……死に近い場所を巡るからだ」
俺は言う。
「魂を慰めるために」
聖騎士の視線が、
鋭くなる。
「……お前」
一瞬、
空気が凍る。
「死を扱う側の人間だな」
背筋を冷たいものがなぞる。
否定はしない。
肯定もしない。
「そう見えるなら、
それでも構わない」
「だが――」
騎士の声が低く沈む。
「この国では、
死と近すぎる者は嫌われる」
沈黙。
やがて騎士は、
小さく舌打ちする。
「……祈祷師が同行しているのが救いだ」
「問題を起こすなよ、
巡礼殿」
門が、
ゆっくりと開き始める。
馬車が再び動き出す。
門をくぐった瞬間、
リリアが小さく息を吐いた。
「……怖かったです」
「俺もだ」
俺は、
白い城壁の内側を見つめる。
「ここは、
死を憎みながら、
死に依存している国だ」
そして心の奥で、
確信する。
消えた死体は、
必ずこの国のどこかにある。




