015
夜の闇に、
“それ”は溶け込んだ。
死装の肉体が裂け、
皮膚のような仮面が宙を舞う。
――逃げた。
いや、
逃げ“散った”。
「くそ……!」
俺は走る。
屋根を越え、
裏路地を抜け、
死の気配を追い続ける。
だが、
街中に“死の臭い”が増えていく。
あちこちに残る、
偽物の痕跡。
囮。
分身。
死肉の残滓。
斬るたびに、
空振り。
刺すたびに、
嘲笑。
「はは……焦ってるね」
どこからともなく声が響く。
「復讐者さん?」
背後。
振り向いた瞬間、
腕が“斧”に変形した死装が振り下ろされる。
間一髪で受ける。
だが――
衝撃が重い。
「……っ」
足がもつれる。
疲労。
出血。
精神の摩耗。
少しずつ、削られている。
「殺しすぎたんじゃない?」
声が近い。
「ネクロマンサー狩りさん。
“七人目”くん?」
心臓が跳ねる。
「名前は……」
囁き。
「ザイデル、だったっけ?」
刹那、
視界が赤く染まった。
縁が暴れ、
父の剣が唸る。
「黙れ……!」
振り払う。
だが、
斬った“それ”もまた、
偽物だった。
「無駄よ」
笑い声。
「私は“死装”。
顔も、体も、数も――
いくらでも作れる」
そのとき。
「――下がって!」
リリアの声が響いた。
白い光が夜を裂く。
聖魔術。
淡い光が、
死肉の残滓に触れた瞬間――
ぬるりと、蠢いた。
「……動いた?」
リリアの息が詰まる。
「違う……これは、
本体の“縁”に引き寄せられてる……!」
俺は悟る。
本体が、近い。
「リリア、導け!」
「わかった……!」
光が、
一本の線のように伸びる。
死肉が、
本体の方向を指し示す。
踏み込む。
跳躍。
屋根を越えた先――
鐘楼の影。
そこに、
“本物”がいた。
仮面がひび割れ、
死装の肉が剥がれ落ちる。
露わになる、
生身の輪郭。
だが、
まだ顔は完全には見えない。
「……見つけたぞ」
剣を構える。
「やだなあ」
相手は肩をすくめた。
「本気で追ってくるなんて。
楽しいけどさ」
「レインハルト村の件だ」
俺は低く言う。
「お前は、何をした」
その瞬間。
心底楽しそうに、笑った。
「……行ったことないよ」
軽い声。
「そんな村」
空気が凍る。
「私はただ、
噂を拾っただけ」
くすくすと笑う。
「二十年前、村が滅んだ。
家族を殺された少年が、
ネクロマンサー狩りになった――って」
目が細められる。
「それを言えば、
あんたがどんな顔するか
見たかっただけ」
「……ふざけるな」
声が震えた。
「ふざけてるよ?」
即答。
「私はね、
愉悦と快楽だけで殺してる」
「復讐もない。
思想もない。
使命もない」
「あるのはただ――」
にやりと笑う。
「楽しいかどうか」
胸の奥で、
何かが冷えた。
怒りでもなく、
悲しみでもなく、
虚無。
「だからさ」
囁き。
「村なんて知らないし、
あんたの過去にも興味ない」
「……ただ、
壊れる顔を見るのが好きなだけ」
俺は剣を振り抜いた。
父の剣。
母の槍の縁。
ネクロマンスの干渉。
断ち切る。
死装の肉体が崩れ、
仮面が砕け、
血と闇が夜に散った。
敵は、
地面に崩れ落ちる。
それでも――
笑っていた。
「残念だね……」
かすれた声。
「本物の“犯人”じゃなくて」
「……」
「でも、
あんたの旅はもっと楽しくなりそう」
最後の息で囁く。
「だって――
あんた、絶対に後戻りできない顔してるから」
命が消える。
静寂。
俺は、
剣を下ろしたまま動けなかった。
リリアが近づく。
「……終わった、の?」
「……ああ」
短く答える。
だが、胸の奥で、
虚しさだけが膨らんでいく。
――また、空振りだ。
――また、真実には届かなかった。




