014
夜の路地は、息を潜めていた。
瓦屋根の影。
濡れた石畳。
逃げ場のない袋小路。
――ここまで追い詰めた。
父の剣を構え、
母の槍の気配を背に感じながら、
俺は“それ”を睨む。
相手の姿は、
若い男の顔をしていた。
だが、その輪郭はどこか曖昧で、
まるで“仮面を被った肉”のようだった。
「……もう終わりだ」
俺の声は冷えていた。
「逃げ場はない。
エルミナ=クロス」
その名を告げた瞬間、
相手の口元が歪んだ。
「……へえ。
もう“そこ”まで知ってるんだ?」
声が、微かに揺れる。
だが、
どこか演技めいている。
「ネクロマンサー狩り。
趣味が悪いね」
「黙れ」
刃を向ける。
「お前は街の人間を殺した。
それだけで、十分だ」
「……正義のつもり?」
死装の肉が波打つ。
頬骨がずれ、
目の位置が僅かに変わる。
「それとも――
“復讐者”のつもり?」
胸の奥が、ひくりと疼いた。
「質問に答えろ」
俺は低く言う。
「二十年前、
レインハルト村に来たことはあるか」
一瞬の沈黙。
敵の視線が、
わずかに細められた。
「……村の名前、覚えてるんだ?」
軽い口調。
だが、
その反応が、気にかかった。
俺の内心は冷静だった。
――違う。
能力が合わない。
当時のネクロマンサーは、
こんな術は使っていなかった。
しかも、
記憶の中では“男”だった。
「答えろ」
剣先を一歩近づける。
「行ったことはあるか」
相手は肩をすくめる。
「さあね。
小さな村はたくさんある」
「誤魔化すな」
「誤魔化してるのは、
あんたのほうじゃない?」
死装の顔が歪む。
「……二十年前。
家族を失った少年。
泣きながら死体を見ていた子ども」
その言葉に、
血の気が引いた。
「――どこで、それを知った」
声が低くなる。
「噂よ」
軽い調子。
「ネクロマンサー界隈では、
案外有名な話」
「……」
「“あの事件をきっかけに狂った男がいる”ってね」
俺の胸の奥で、
縁が軋んだ。
父の剣が、
わずかに震える。
母の槍の気配が、
ざわめいた。
「……お前じゃない」
ぽつりと零す。
「二十年前の犯人は、
お前じゃない」
敵は、
くすりと笑った。
「さあ、どうかな」
顔が、
一瞬だけ“別の誰か”に見えた。
男にも、
女にも、
どちらにも見える曖昧な輪郭。
「でもね」
死装の腕が、
刃の形へと変形する。
「――過去に縛られてる人間って、
だいたい弱いのよ」
踏み込む。
斬撃。
俺は父の剣で受け止める。
火花が散り、
金属音が夜に響く。
母の槍が追撃する。
相手の肩を貫き、
黒い煙が噴き上がった。
「……っ」
膝をつく敵。
追い詰めた。
今なら、終わらせられる。
剣を振り上げながら、
俺は最後に問いを投げた。
「レインハルト村で、
何をした」
敵は、
血の混じる笑みを浮かべた。
「……知りたい?」
「答えろ」
「だったら――
殺してから聞きなさい」
次の瞬間、
死装の肉体が大きく歪んだ。
逃走の構え。
あるいは、
まだ切り札がある。




