010
城壁は煤に汚れ、
門の鉄格子には乾いた血の跡が残っていた。
――灰境の街・ヴァルグレイ。
鉱山で栄え、
死と噂だけが残った街。
門をくぐった瞬間、
肌にまとわりつく空気が変わったのを感じた。
湿り気を帯びた重さ。
どこか腐ったような、死の匂い。
通りを歩くと、
人々の視線が露骨に刺さる。
黒い外套。
武器を携えた旅人。
そして、ネクロマンサーの気配を隠しきれない俺。
ひそひそと囁き声が広がる。
「……また来たぞ」
「死者使いじゃないだろうな」
「関わるな……不吉だ」
リリアが小さく眉をひそめる。
「……相変わらず、ですね」
「ああ。慣れている」
慣れてしまった自分が、少しだけ嫌だった。
「まずは情報を集める」
「ネクロマンサーの、ですか?」
「ああ。
この街には“何か”がいる」
確信に近い勘だった。
ヴァルグレイは、
死に寄り添いすぎている。
酒場に入ると、
会話が一瞬で止んだ。
だが、金と酒は沈黙を溶かす。
俺はカウンターに銀貨を置いた。
「最近、妙な死体の話は?」
酒場の男は渋い顔をする。
「……森の外れでな。
獣も人間も、骨だけ残して干からびてやがる」
「魔術の痕跡は?」
「さあな。
だが、“死体が歩いた”って噂はある」
――当たりだ。
店を出た後、
リリアが心配そうにこちらを見る。
「……クロウさん、肩……」
戦闘で受けた裂傷が、まだ塞がっていない。
「問題ない」
「問題あります」
珍しく、きっぱり言われた。
裏通りの治療院に入ると、
年老いた治療師が眉をひそめた。
「……随分と荒れているね」
「応急でいい」
「無茶をする人だ」
消毒液の匂い。
布で血を拭われるたび、痛みが走る。
リリアは少し視線を逸らしながら、
小さく詠唱した。
「……微光の癒し(ルミナ・ヒール)」
淡い光が、傷口を覆う。
完全ではないが、
痛みが和らいでいく。
「……ありがとうございます」
治療師が感心したように言う。
「聖魔術が使えるとはね。
ネクロマンサーの隣で、珍しい組み合わせだ」
リリアが一瞬だけ身構える。
俺は気にせず答えた。
「だからこそ、都合がいい」
アンデッドに対する切り札。
そして――
俺自身を止められる可能性。
治療を終え、外に出る。
夕暮れの街は、
どこか沈んだ色をしていた。
「情報は集まりましたね」
「ああ。
森の外れ……
そこに、次の標的がいる」
リリアが小さく息を吸う。
「また……戦いになりますか?」
「なる」
短く答える。
通りを歩きながら、
ふと、胸の奥に引っかかる感覚があった。
ネクロマンス体の“縁”が、
わずかに強くなっている。
父の剣の動きが、
ほんの少しだけ滑らかになった気がした。
母の槍の気配も、
かすかに“意思”を帯び始めている。
――成長している。
それが、
嬉しいのか、
恐ろしいのかは、
まだ分からない。




