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第91節:対話と軋轢:合意形成(コンセンサス・ビルディング)への道

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。2025年も、残すところ、あと僅かとなりました。

本年最後の更新となります。


前回、ケイが提示した、あまりにも革新的な、刑法と司法制度の草案。それは、リーダーたちの常識を、根底から揺さぶりました。

理想は、示された。だが、それを、現実のルールとして、人々の心に根付かせる道は、決して、平坦ではありません。

今回は、その、理想と、現実の、狭間で、繰り広げられる、熱い、議論の物語。

それでは、第四巻の第十八話となる第九十一話、お楽しみください。

ケイが提示した、あまりにも先進的な、法体系の草案。

それは、アークシティの、リーダーたちの間に、静かな、しかし、深刻な、波紋を、広げていた。

『私的復讐の禁止』。

『功利主義に基づく、労働刑』。

そして、『陪審員による、市民裁判』。

その、どれもが、彼らが、これまでの人生で、肌で、学んできた、生存のための、掟や、慣習とは、あまりにも、かけ離れていた。


その日の、リーダー会議は、結論が出ないまま、解散となった。

ケイは、リーダーたちに、一つの、宿題を、課した。

「――この、草案を、それぞれの、民の元へと、持ち帰り、議論を、尽くしてきてほしい。そして、その、民の、声を、懸念を、反対意見を、全て、この場に、持ち寄ってほしい。……法とは、僕一人が、作るものではない。僕たち、全員で、創り上げていくものだからだ」


その、言葉に従い、リーダーたちは、それぞれの、コミュニティへと、戻っていった。

そして、その日から、アークシティは、これまでに、経験したことのない、知的で、そして、熱い、興奮の、渦に、包まれることになった。


夜になると、村の、あちこちで、小さな、集会が、開かれるようになった。

狼獣人たちは、ガロウを中心に、焚き火を囲み、酒を酌み交わしながら、夜通し、議論を、戦わせた。

「仲間を殺した奴を、殺さねえ、だと!?


そんな、甘っちょろいことで、本当に、秩序が、守れるのか!」

「だが、大将の言う通り、復讐が、復讐を呼ぶ、というのも、分かる気がする。俺たちも、人間への憎しみで、何度も、過ちを、犯しかけた……」

「市民が、市民を、裁く、だと?


俺みてえな、脳筋に、そんな、大役が、務まるもんか!」

「いや、だからこそ、いいんじゃねえか。偉い奴だけが、決めるんじゃねえ。俺たち、一人一人の、声が、届くってことだろう?」


ドワーフたちは、ドゥーリンの工房で、槌音を、響かせながら、ぶっきらぼうに、しかし、真剣に、言葉を、交わしていた。

「所有権、だと?


フン、馬鹿馬鹿しい。わしが、打った、このハンマーは、わしの、魂の、一部だ。誰にも、渡さんし、誰にも、文句は、言わせん」

「だが、師匠。もし、そのハンマーを、誰かに、盗まれたとしたら?


その時、都市が、総力を挙げて、それを取り戻してくれる、というのなら、悪い話では、ないのでは?」


エルフたちは、エリアーデを中心に、月明かりの下で、静かに、瞑想しながら、その、哲学的な、問いに、向き合っていた。

「法の下の、平等……。それは、美しい、響き。だが、千年の時を生きる、我らと、百年も生きられぬ、他の種族を、本当に、同じ、物差しで、測ることが、できるのでしょうか」

「……分かりません。ですが、エリアーデ様。……私たちは、あの、閉ざされた森の中で、緩やかな、死を、待っていました。……あの、人間の少年が、示してくれたのは、変化を、恐れない、という、新しい、生き方でした。……私たちも、変わらなければ、ならないのでは……?」


猫獣人たちも、兎人たちも、新しく来た、蜥蜴人たちも。

誰もが、それぞれの、立場で、それぞれの、価値観で、この、新しい、OSを、どう、受け入れるべきか、必死に、考え、そして、語り合った。

それは、アークシティの、住民たちが、初めて、経験する、「政治」という、営みだった。


そして、数日後。

再び、リーダー会議が、招集された。

その、空気は、以前とは、全く、違っていた。

そこには、ただ、ケイの言葉を、待つだけの、受動的な、聴衆は、いなかった。

そこには、それぞれの、民の、声を、その背に、背負った、誇り高き、代表者たちの、熱気が、渦巻いていた。


「大将!


うちの、若い連中が、言ってる!


傷害罪の、『十年以下の、労働刑』は、重すぎる、と!


獣人同士の、喧嘩なんざ、日常茶飯事だ。いちいち、そんな、重い罰を、与えられたんじゃ、たまらん、と!」

ガロウが、口火を切った。


「フン!


甘ったれるな、狼ども!」

即座に、ドゥーリンが、反論する。

「わしの、弟子たちが、言っておるわ!


お前たちの、その、『じゃれ合い』で、わしらの、精密な、道具が、壊されたら、どうしてくれる、と!


むしろ、十年でも、軽いくらいだ!」


「エリアーデです」

エルフの、若きリーダーが、静かに、手を上げた。

「私の、同胞たちは、陪審員制度に、深い、懸念を、示しています。……感情的になりやすい、他の、短命な種族の方々と、同じ、テーブルで、人の、罪を、裁くなど、我らの、理性と思慮深さには、そぐわない、と」


「それは、私たち、猫獣人への、侮辱ですか!?」

リリナが、その、金色の瞳を、吊り上げて、抗議する。


会議は、紛糾した。

それぞれの、種族が、それぞれの、立場から、自らの、利益と、価値観を、主張する。

それは、ケイが、最も、恐れていた、しかし、決して、避けては、通れない、対立の、顕在化だった。


だが、ケイは、それを、止めなかった。

彼は、ただ、黙って、その、全ての、意見を、非難を、そして、時には、罵声さえも、静かに、受け止めていた。

彼の、脳内では、《アナライズ》が、その、全ての、発言を、データとして、記録し、その、背後にある、本当の、要求ニーズと、懸念リスクを、冷静に、分析し続けていた。


(……ガロウの、要求の、本質は、『文化の尊重』だ。獣人同士の、儀式的な、闘争を、一方的に、犯罪と、断罪されたくない。……ドゥーリンの、要求は、『財産の保護』。自らの、仕事の、成果を、他者の、不注意から、守りたい。……エリアーデの、懸念は、『能力への、不信』。自分たち、エルフの、優れた、判断能力が、他の、劣った種族によって、薄められることを、恐れている……)


全ての、意見は、エゴイスティックに、聞こえる。

だが、その、根源には、自分たちの、共同体を、より良くしたい、という、純粋な、想いが、あった。

問題は、その、「良さ」の、定義が、種族によって、バラバラであること。ただ、それだけだ。


会議が、怒号と、罵声の、渦に、包まれ、完全に、膠着状態に、陥った、その時。

ケイは、静かに、手を、上げた。

その、たった一つの、仕草が、全ての、音を、支配した。


「――ありがとう。……全ての、意見は、聞いた」


彼の、声は、静かだったが、その場の、誰よりも、重かった。

「君たちの、懸念は、もっともだ。僕の、最初の、草案は、あまりにも、理想に、偏りすぎていた。君たちの、多様な、文化と、価値観を、十分に、考慮できていなかった。……それは、僕の、設計ミスだ。……謝罪する」


その、あまりにも、潔い、リーダーの、自己批判。

あれほど、激しく、対立していた、リーダーたちの、顔に、戸惑いの、色が、浮かんだ。


「だから、修正リファクタリングしよう」

ケイは、きっぱりと、言った。

「君たちの、その、全ての、意見を、取り込み、この、法典を、より、強固で、そして、より、公平な、システムへと、アップデートする」


彼は、黒板の、前に立つと、驚くべき、速度で、新しい、条文を、書き加え始めた。

「まず、傷害罪。……これに、但し書きを、加える。『ただし、双方の、合意の上で、行われる、儀式的な、闘争は、この限りではない。その際の、ルールは、各種族の、自治に、委ねる』。……これならば、君たちの、文化を、尊重しつつ、一方的な、暴力を、禁じることが、できる。……どうだ、ガロウ?」

「……お、おう……。それなら、文句はねえ……」


「次に、財産の保護。……これは、刑法とは、別の、『民法』の、中で、より、詳細に、規定しよう。『他者の、所有物を、過失によって、破損させた者は、その、損害を、賠償する、責任を、負う』。……そして、その、賠償額の、算定は、専門的な、知識を持つ、『鑑定人』が、行う。……ドゥーリン殿。あなたに、その、初代、鑑定人の、長を、お願いしたい。……どうだろうか?」

「……フン。……まあ、わしが、やらねば、誰にも、できんだろうからな。……仕方あるまい」


そして、最後に、彼は、エリアーデへと、向き直った。

「そして、陪審員制度。……エリアーデ殿の、懸念は、もっともだ。だから、こうしよう。陪審員は、十二人。その、内訳は、事件の、当事者と、同じ、種族から、それぞれ、三人ずつ。そして、残りの、六人を、全ての、市民の中から、無作為に、選出する。……これならば、当事者の、種族の、文化的な、背景を、十分に、考慮しつつ、都市全体の、公平性も、担保できる。……これでは、不満か?」

「…………。……いえ。……それならば、私の、同胞たちも、納得するでしょう」


魔法のような、光景だった。

あれほど、複雑に、絡み合い、決して、解決しないと、思われた、対立。

それが、ケイの、その、神の如き、調整能力によって、一つ、また一つと、解きほぐされていく。

彼は、誰か一人を、勝たせるのではない。

全ての、当事者が、「自分も、勝った」と、思える、絶妙な、落とし所を、提示しているのだ。


会議が、終わる頃には。

リーダーたちの、顔には、もう、対立の、色は、なかった。

そこにあるのは、自分たちの、声が、確かに、この、都市の、ルールを、創り上げたのだという、深い、満足感と、そして、目の前の、この、恐るべき、調整能力を持つ、リーダーに対する、絶対的な、畏敬の念だけだった。


合意は、形成された。

アーク憲章は、今、リーダーたちの、総意という、強固な、土台を、手に入れたのだ。

だが、本当の、審判は、まだ、終わってはいなかった。

最後の、関門。

それは、この、法典を、この都市の、全ての、住民の、総意として、受け入れさせること。

その、ための、壮大な、儀式が、今、始まろうとしていた。

最後までお読みいただき、そして、本年一年、この物語に、お付き合いいただき、誠に、ありがとうございました!


理想と、現実の、軋轢。

ケイは、それさえも、自らの、プロジェクトマネジメント能力で、乗り越え、リーダーたちの、合意を、取り付けました。

まさに、コンセンサス・ビルディングの、極意でしたね。


ついに、この、アーク憲章の、是非を問う、『住民投票』が、行われます。

この、都市の、全ての、民が、自らの、意志で、未来を、選択する、その、歴史的な、瞬間。

どうぞ、お見逃しなく。

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