第89節:第一条:法の下の平等
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
前回、共同体を揺るガス重大な亀裂を前に、我らがリーダー、ケイは『法』という新しいシステムの導入を決断しました。
今回は、その理想を形にする最初の、そして最も重要な一歩。ケイが三日三晩、魂を削って紡ぎ出した、この異世界初の基本法典、その核心が、ついにベールを脱ぎます。
それでは、第四巻の第十六話となる第八十九話、お楽しみください。
三日間の、完全な沈黙。
それは、アークシティの住民たちにとって、嵐の前の静けさのように、重く、そして期待に満ちた時間だった。庁舎の最上階、固く閉ざされた執務室の扉。その向こう側で、彼らの小さなリーダーが、たった一人で、この都市の未来そのものを設計している。その事実が、一種の荘厳な儀式のように、住民たちの心を一つにしていた。
そして、四日目の朝。
夜明けと共に、その扉は、静かに開かれた。
姿を現したケイ・フジワラは、明らかに疲弊していた。その青い瞳の奥には、常人には計り知れないほどの、深い思考の痕跡が刻まれ、普段は血色の良い頬も、青白くなっている。だが、その表情は、不思議なほどの、静かな達成感と、そして、絶対的な自信に満ち溢れていた。
彼の両脇には、ルナリアとガロウが、まるで守護神のように寄り添っている。彼が、この三日間で成し遂げた、偉業の、最初の証人として。
その日の昼前。ケイは、再び、中央広場に、全ての住民を招集した。
だが、その空気は、三日前の、あの、張り詰めた、重苦しいものとは、全く異なっていた。そこにあるのは、自分たちの未来が、どう変わるのかという、熱を帯びた、好奇心と、期待だった。
ケイは、演台の上に立つと、多くを語らなかった。
彼は、ただ、静かに、一枚の、巨大な羊皮紙を、広げた。それは、彼が、この三日間で、魂を込めて書き上げた、数百枚に及ぶ、法典草案の、その、最初の、一枚だった。
そこに、彼の、美しく、そして、力強い、文字で、記されていたのは、この、新しいOSの、全ての、根幹となる、その、荘厳な、名前だった。
『アーク憲章』
「――これが、僕たちの、都市の、新しい、魂の、名前だ」
ケイの声が、静まり返った広場に、響き渡る。
「アーク。僕たちの、理想を、未来へと運ぶ、箱舟。そして、憲章。全ての、法の、礎となる、根本的な、約束。……この、アーク憲章こそが、これから、僕たち、一人一人の、権利を守り、そして、僕たちの、この都市の、秩序を、維持していく、唯一無二の、最高法規となる」
彼は、そこで、一度、言葉を切った。
そして、その、憲章の、最も、上に、記された、たった、一行だけの、しかし、この世界の、歴史の、全てを、塗り替えるほどの、重みを持つ、その、条文を、ゆっくりと、そして、力強く、読み上げた。
「――第一条」
彼の、声が、全ての、魂に、響き渡る。
「『全ての、市民は、その、種族、信条、性別、あるいは、生まれによって、差別されることなく、法の下に、平等である』」
法の下の、平等。
その、あまりにも、シンプルで、しかし、あまりにも、革命的な、言葉。
広場は、沈黙した。
彼らは、今、自分たちの、耳にした、言葉の、本当の、意味を、理解しようと、必死に、思考を、巡らせていた。
狼獣人も、ドワーフも、エルフも、猫獣人も、兎人も。新しく来た、蜥蜴人も、鳥人も。
そして、いつか、この都市に、住むことになるかもしれない、人間さえも。
その、全ての、違いを、乗り越えて、ただ、一つの、『法』という、絶対的な、物差しの前では、誰もが、等しい、価値を持つ、『市民』なのだ、と。
この、少年は、そう、宣言したのだ。
それは、この、弱肉強食の、見捨てられた土地で、彼らが、これまで、信じてきた、全ての、価値観を、根底から、覆す、思想だった。
力が、強い者が、偉いのではない。
声が、大きい者が、正しいのではない。
数が、多い者が、支配するのではない。
支配するのは、ただ、一つ。
全ての、市民が、合意の上で、作り上げた、『法』という、見えざる、王。
「……そんな、馬鹿な……」
誰かが、か細い声で、呟いた。
「……狼と、兎が、同じ、だと……?」
「……ドワーフと、エルフが、対等、だと……?」
「……人間さえも、か……?」
ざわめきが、波のように、広がっていく。
それは、賛同ではなかった。純粋な、困惑と、そして、自らの、常識を、破壊されたことに対する、本能的な、拒絶反応だった。
その、空気を、読み取ったかのように、ガロウが、一歩、前に出た。
彼の、黄金色の瞳には、一切の、迷いはなかった。
「……黙って、聞け、てめえら!」
その、雷鳴のような、一喝。
「大将の、言葉の、本当の、意味が、分からねえのか!
これは、俺たち、狼獣人族が、弱い兎人と、同じになる、という話じゃねえ!
これは、俺たちが、あの、理不尽な、人間の、王様と、同じ、権利を、手に入れる、という話なんだぞ!」
その、あまりにも、分かりやすく、そして、あまりにも、本質を、突いた、解釈。
広場の、空気が、変わった。
そうだ。
自分たちは、これまで、常に、虐げられる側だった。獣だから、数が少ないから、力が弱いから。その、理不尽な、理由だけで、全てを、奪われてきた。
だが、この、法の下では。
自分たちは、誰からも、奪われない。
自分たちの、命も、財産も、そして、何よりも、その、『誇り』さえも。
あの、傲慢な、人間の、王侯貴族と、何ら、変わることのない、一人の、『市民』として、その、尊厳を、保障されるのだ。
その、認識の、変化。
それが、彼らの、心の、最も、深い場所に、突き刺さった。
ケイは、静かに、その、変化を、見守っていた。
そして、彼は、その、熱を帯び始めた、空気の中に、次なる、石を、投じた。
「この、第一条は、僕たちの、都市の、魂だ。そして、この、魂から、全ての、具体的な、ルールが、生まれる」
彼は、羊皮紙の、次の、一枚を、めくった。
「例えば、『所有権』。全ての、市民は、自らが、正当な、労働によって、得た、財産を、所有する、権利を持つ。その、権利は、たとえ、僕であろうと、誰であろうと、不当に、侵害することは、許されない」
「例えば、『契約の自由』。全ての、市民は、他者と、自由な、意志の下で、約束を、交わすことができる。そして、その、約束は、法によって、守られる」
「そして、『身体の自由』。全ての、市民は、奴隷とされたり、不当に、拘束されたりすることはない。全ての、命は、等しく、尊い」
所有、契約、自由。
それらの、輝かしい、言葉の、一つ一つが、彼らが、これまで、決して、手にすることの、できなかった、新しい、世界の、扉を、次々と、開いていくようだった。
彼らの、瞳に、宿る光が、困惑から、驚きへ、そして、やがて、熱狂的な、希望へと、変わっていく。
ケイは、最後に、こう、締めくくった。
「もちろん、権利には、義務が伴う。僕たちは、この都市に、税を納め、この都市の、ルールを守り、そして、この都市が、危機に瀕した時には、共に、戦わなければならない。……だが、それは、誰かに、強制される、隷属ではない。僕たちが、自らの、手で、築き上げた、この、理想郷を、自らの、意志で、守るための、誇り高き、『市民の義務』だ」
彼は、その、最初の、羊皮紙を、高く、天に、掲げた。
その、背景には、建設途上の、アークシティの、骨格が、未来への、希望のように、そびえ立っている。
「――これが、僕たちの、都市の、最初の、そして、永遠の、誓いだ。……この、誓いの下に、集う、意志のある者は、いるか?」
その、問い。
それは、もはや、問いではなかった。
それは、新しい、時代を、共に、創り上げる、仲間たちへの、魂の、呼びかけだった。
その、答えは。
広場を、揺るがす、地鳴りのような、歓声となって、春の、青空へと、響き渡っていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、アークシティの、憲法、その、第一条が、示されました。
『法の下の平等』。
その、あまりにも、革命的な、理念は、住民たちの、心を、完全に、一つにしました。
これにて、第23章『アーク憲章』の、導入部は、終わりとなります。
次回は、その、憲章の、さらに、具体的な、内容。
『刑法』と、『裁判制度』について、語られます。
多種族が、共存する、この都市において、ケイが、どのような、ユニークな、そして、公平な、司法システムを、構築するのか。
どうぞ、ご期待ください。
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次回もどうぞ、お楽しみに。




