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第88節: 最初のコミット:法典の起草

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援が、日々、アークシティの礎を、築いております。メリークリスマス!


前回、ついに、ケイの口から、アークシティの、新しい、統治の、理念、『法治』と、『三権分立』が、語られました。

人による支配ではなく、全ての民が、等しく従うべき、ルールによる支配。

その、あまりにも、先進的な、理想は、住民たちの心を、一つにしました。


今回は、その、理想を、現実の、形にする、最初の、そして、最も、困難な、作業。

我らが、プロジェクトマネージャーが、この、異世界、初の、基本法典の、起草に、挑みます。

それでは、第四巻の第十五話となる第八十八話、お楽しみください。

その日、アークシティは、静かだった。

中央広場で、ケイが『法』という、新しい、統治の理念を語ってから、三日が過ぎていた。暴力沙汰を起こした、ドゥーリンと、狼獣人の若者には、ケイの、独断による、裁定が下された。

ドゥーリンには、「三日間の、禁酒と、公共奉仕(セラミック・パイプの、追加製造)」。

若者には、「ドゥーリンの工房の、三日間の、手伝い」。

罰としては、あまりにも、温く、そして、どこか、ユーモラスでさえあった。だが、その、本質は、罰ではない。「対話」の、強制的な、機会の、創出だった。

最初は、ぎこちなく、互いに、目を合わせようともしなかった、二人が、三日目の、夕暮れには、炉の火を、囲みながら、酒(ドゥーリンが、こっそり、隠し持っていたものだ)を酌み交わし、互いの、仕事の、流儀について、熱く、語り合っていた、という、目撃情報が、ガロウの元へと、届けられていた。


村の、表面的な、平穏は、戻ってきた。

だが、その、水面下では。

全ての、住民たちの、心の中に、ケイが、投げかけた、あまりにも、大きく、そして、重い、問いが、静かな、波紋を、広げ続けていた。

『法』とは、何なのか。

自分たちは、これから、どう、変わっていくべき、なのか。


その、答えを、出すことが、できるのは、この、都市では、ただ、一人しか、いなかった。


庁舎の、最上階。ケイの、執務室。

その、扉は、この三日間、固く、閉ざされていた。

食事は、ルナリアが、扉の前に、置くだけ。眠っているのか、起きているのか、それさえも、誰にも、分からなかった。

だが、誰も、その、静寂を、破ろうとは、しなかった。

誰もが、知っていたからだ。

彼らの、小さなリーダーが、今、たった一人で、この、都市の、未来の、全ての、礎となる、途方もない、大事業に、挑んでいることを。


その、扉の、内側で。

ケイ・フジワラは、かつて、前世の、デスマーチでさえ、経験したことのない、極限の、集中状態に、あった。

床にも、壁にも、天井にさえ、びっしりと、貼り付けられた、巨大な、羊皮紙。

その、一枚一枚に、彼の、ガラスペンの、カリカリという、乾いた、音だけが、昼も、夜も、響き渡っていた。

そこに、書き込まれていくのは、この、世界の、どの、言語でもない、彼だけが、理解できる、記号と、数式と、そして、フローチャートの、奔流だった。


彼は、今、一つの、巨大な、OSを、ゼロから、設計していた。

『アークシティ基本法』。

それは、この、多種族共栄都市の、全ての、活動の、根幹となる、憲法であり、刑法であり、そして、民法でもあった。


彼の、頭脳は、二つの、全く、異なる、世界を、同時に、参照していた。

一つは、彼が、生きていた、二十一世紀の、地球。

そこにあった、法の、精神。

基本的人権の、尊重。個人の、自由と、尊厳。法の下の、平等。

それらの、人類が、数千年の、血の歴史の果てに、ようやく、手に入れた、普遍的な、価値。

それは、この、異世界においても、決して、揺らいではならない、絶対的な、バックボーンだった。


だが、もう一つ。

彼が、参照しなければならないのは、この、エルドラという、世界の、あまりにも、過酷で、そして、あまりにも、多様な、現実だった。

ここでは、人間と、亜人は、対立している。

ここでは、狼は、兎を、喰らうのが、自然の、摂理だ。

ここでは、エルフは、千年を生き、ドワーフは、二百年の、時を、生きる。

その、あまりにも、異なる、生態。文化。価値観。

それらを、無視して、ただ、地球の、法律を、コピー&ペーストしただけでは、システムは、決して、正常に、稼働しない。

それは、Windowsの、アプリケーションを、Macで、動かそうとするような、愚かな、試みだ。


(……例えば、『殺人罪』)

ケイの、ペンが、止まる。

『人を、殺した者は、死刑、または、無期、もしくは、五年以上の、懲役に処す』

前世の、刑法の、条文。

だが、この、『人』とは、何を、指すのか?

狼獣人か?


ドワーフか?


ゴブリンは?


そして、家畜として、飼われている、豚や、牛は?

その、境界線を、どこに、引くのか。

それは、極めて、哲学的で、そして、極めて、危険な、問いだった。


(……『契約の自由』)

彼の、ペンが、再び、動く。

全ての、市民は、自由な、意志に基づいて、他者と、契約を、結ぶことができる。

だが、もし、その、契約が、明らかに、一方に、不利な、ものであった場合は?

例えば、文字の、読み書きができない、新参の、亜人が、狡猾な、人間に、騙され、自らを、奴隷として、売り渡す、契約書に、サインをしてしまったとしたら。

その、『自由な意志』を、どこまで、尊重すべきなのか。

『弱者保護』の、理念と、『契約の自由』の、原則は、時に、激しく、衝突する。


(……そして、『所有権』)

この、土地は、誰のものか。

この、森の、木々は、誰のものか。

川を、流れる、水は、誰のものか。

これまで、彼らは、その、全てを、共有財産コモンズとして、生きてきた。

だが、都市が、発展し、個人が、富を、蓄積し始めれば、必ず、そこに、境界線が、引かれることになる。

その、線を、どこに、どう、引くのか。

それは、この、共同体の、根幹を、揺るがしかねない、最も、デリケートな、問題だった。


問題は、山積みだった。

一つの、条文を、書くたびに、十の、矛盾と、例外が、顔を出す。

それは、まるで、終わりのない、デバッグ作業。

一つの、バグを、修正すれば、その、影響で、別の、十の、バ格が、生まれる。

複雑怪奇に、絡み合った、スパゲッティ・コード。


だが、ケイの、心は、折れなかった。

それどころか、彼の、魂は、燃えていた。

これこそが、自分が、本当に、やるべき、仕事だったのだ、と。

前世で、彼が、扱っていたのは、他人が、書いた、汚い、コードの、後始末ばかりだった。

だが、今は、違う。

彼は、今、たった一人で、一つの、世界の、新しい、ルールを、創造している。

これほどの、知的で、そして、創造的な、興奮が、他にあるだろうか。


彼は、食べることさえ、忘れた。

眠ることさえ、忘れた。

ただ、ひたすらに、ペンを、走らせ続けた。

彼の、脳内では、二百人を超える、全ての、住民たちの、顔が、そして、その、生活が、シミュレーションされ、そして、その、一人一人の、幸福を、最大化するための、最適解が、模索され続けていた。


そして、三日目の、夜が、明ける頃。

ついに、彼は、ペンを、置いた。

彼の、目の前には、数百枚の、羊皮紙の、束。

そこに、書かれていたのは、まだ、粗削りで、そして、多くの、課題を、残してはいたが、しかし、確かに、一つの、揺るぎない、理念と、哲学に、貫かれた、新しい、法の、体系だった。


その、最初の、一枚。

全ての、法の、頂点に、立つ、その、憲法の、前文に、彼は、震える、手で、最後の、一行を、書き加えた。

それは、彼が、この、世界で、成し遂げたい、全ての、理想の、集大成だった。


『――我ら、アークシティの、市民は、種族、信条、性別、あるいは、生まれによって、差別されることなく、個人の、尊厳が、重んじられ、法の下に、平等であることを、ここに、宣言する』

『――我らは、全ての、理不尽な、暴力と、搾取に、反対し、対話と、理性によって、全ての、問題を、解決することを、誓う』

『――そして、我らは、我ら自身の、幸福を、追求すると共に、世界の、恒久の、平和を、願い、その、高き、理想の、実現を、目指し、この、アーク憲章を、制定する』


彼は、その、羊皮紙の、束を、静かに、抱きしめた。

それは、まだ、インクの、匂いしかしない、ただの、紙の、束。

だが、彼には、分かっていた。

これが、やがて、この、都市に住む、全ての人々の、未来を、照らす、道標となることを。

そして、いつか、この、大陸の、全ての、理不-尽に、苦しむ、人々の、希望の、光と、なることを。


彼は、ゆっくりと、立ち上がった。

そして、三日ぶりに、その、重い、執務室の、扉を、開けた。

扉の、向こうには。

ルナリアが、ガロウが、そして、ドゥーリンまでもが、心配そうな、しかし、信頼に満ちた、目で、彼が、出てくるのを、ずっと、待ち続けていた。


ケイは、その、最高の、仲間たちに、向かって、静かに、そして、誇らしげに、微笑んだ。

「……できたぞ。……僕たちの、未来の、設計図が」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、アークシティの、最初の、法典、『アーク憲章』の、草案が、完成しました。

ケイの、前世の、知識と、この、異世界の、現実が、融合した、新しい、法の、形。

その、根底に、流れる、あまりにも、気高く、そして、温かい、理想が、少しでも、皆様の、心に、響いていれば、幸いです。


さて、法典は、作られました。

だが、それが、本当に、機能するかどうかは、また、別の、話。

次回、いよいよ、この、革新的な、法典が、住民たちの、審判に、かけられます。

果たして、彼らは、この、新しい、OSを、受け入れるのでしょうか。


「面白い!」「アーク憲章、感動した!」「ケイ、お疲れ様!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、この、新しい、法典を、承認する、最初の、一票となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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