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第86節: 最初の亀裂(インシデント・レポート)

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援が、日々、アークシティの礎を、築いております。


前回、ついに、都市の急成長がもたらす歪みが、暴力という、最悪の形で、噴出しました。

些細な、しかし、根深い、種族間の、対立。

この、共同体の、根幹を揺るがしかねない、重大な、インシデントに対し、我らがリーダー、ケイ・フジワラが、下す、決断とは。

今回は、物語の、大きな、転換点となります。

それでは、第四巻の第十三話となる第八十六話、お楽しみください。

ゴッ!!!!


鈍い、肉と、骨が、ぶつかり合う、嫌な音。

中央広場に、集まっていた、住民たちの、悲鳴。

そして、大地に、叩きつけられた、巨体が、上げる、呻き声。

フロンティア村が、アークシティへと、その、名を、改めようとしていた、その、輝かしい、黎明期において、決して、起きてはならない、事件だった。


ケイが、庁舎の、最上階から、駆けつけた時には、既に、事態は、最悪の、結末を、迎えていた。

広場の、中央。

そこには、巨大な、酒樽の、無残な、残骸と、そこに、溜まっていたであろう、極上のエールが、大きな、水溜りを、作っていた。

そして、その、水溜りの、中で。

一人の、若い、狼獣人の戦士が、鼻から、血を流し、その、黄金色の瞳を、憎悪と、屈辱に、燃え上がらせながら、地面に、蹲っていた。

彼の、目の前に、仁王立ちになっていたのは、岩塊のような、身体を持つ、伝説の工匠、ドゥーリン・ストーンハンマー。

その、節くれだった、拳は、まだ、硬く、握りしめられ、その、白い髭は、怒りに、わなわなと、震えていた。


「……何が、あった」


ケイの、氷のように、冷たい声が、その場の、喧騒を、一瞬で、凍りつかせた。

全ての、視線が、リーダーである、彼へと、注がれる。

その、視線には、恐怖、困惑、そして、どう、この、前代未聞の、事態を、収拾してくれるのか、という、懇願の色が、浮かんでいた。


最初に、口を開いたのは、殴られた、狼獣人の、仲間であろう、数人の、戦士たちだった。

「大将!


聞いてくれよ!


この、ドワーフの、じじいが、いきなり、殴りかかってきたんだ!」

「そうだ!


俺たちは、ただ、資材を、運んでいただけだ!


それを、こいつが、邪魔だから、どけ、と言っても、聞かずに……!」


次に、口を、開いたのは、ドゥーリンの、数少ない、弟子である、若い、ドワーフたちだった。

「嘘を、つくな!


先に、手を出したのは、そっちだろうが!」

「師匠の、命よりも、大事な、十年物の、エールを、こぼしておいて、その、態度は、なんだ!」


双方の、言い分。

それらは、食い違い、互いを、非難し、そして、事態を、さらに、悪化させていくだけだった。

広場は、再び、それぞれの、種族を、擁護する、野次と、怒号の、渦に、包まれようとしていた。


「――静かにしろ」


ケイの、その、たった一言が、全ての、音を、支配した。

その、声には、魔力が、込められていたわけではない。

だが、その、あまりにも、絶対的な、リーダーとしての、威厳が、その場にいた、全ての者の、魂を、鷲掴みにした。


ケイは、騒ぎの、中心へと、ゆっくりと、歩みを進めた。

彼は、まず、地面に、蹲っている、狼獣人の、若者の前に、膝を、ついた。

そして、その、血の滲む、鼻を、指し示した。

「《アナライズ》」


彼の、脳内に、瞬時に、データが、表示される。

『対象:狼獣人族、男性、23歳。

損傷:鼻軟骨の、微細な、骨折。全治、三日。……生命に、別状なし』


次に、彼は、仁王立ちになったまま、不動の、ドゥーリンを、見上げた。

その、岩塊のような、拳。

「《アナライズ》」

『対象:ドゥーリン・ストーンハンマー。

損傷:右拳、第四、第五、中手骨、打撲。……軽微な、損傷』


そして、最後に、彼は、地面に、広がっている、エールの、水溜りに、その、小さな、指先を、浸した。

「《アナライズ》」

『対象:液体。

主成分:大麦、ホップ、酵母、水。……アルコール度数、12%。

熟成期間:10年2ヶ月。

……ドワーフ族の、伝統的な、製法で、作られた、極めて、高品質な、エール。……市場価値、推定、金貨、五枚以上』


客観的な、事実。

それらが、彼の、脳内で、一つの、タイムラインとして、再構築されていく。

誰が、何を、失い、何を、得たのか。

その、全ての、損益計算が、完了した。


だが、彼が、本当に、知りたいのは、そんな、表面的な、データではなかった。

彼は、静かに、立ち上がると、その場の、全ての、住民たちに、聞こえるように、問いかけた。


「誰か、この、一部始終を、最初から、見ていた者は、いるか?」


その、問いに、住民たちは、気まずそうに、顔を、見合わせた。

やがて、人混みの、後ろの方から、おずおずと、一人の、か細い手が、上がった。

それは、最近、村に、加わった、鼠人ラットマンの、小さな、男の子だった。


「……ぼ、僕……。見て、た……」

「……話して、くれるか。……君が、見た、ありのままを」


ケイの、その、穏やかな、声に、促され、少年は、震えながらも、ぽつり、ぽつりと、語り始めた。

狼獣人の、若者が、仲間と、ふざけ合いながら、重い、木材を、運んでいたこと。

そこに、ドゥーリンが、大きな、酒樽を、嬉しそうに、抱えながら、通りかかったこと。

若者が、気づかずに、後ろに、下がった、その、肩が、酒樽に、ぶつかってしまったこと。

そして、酒樽が、地面に、落ち、砕け散り、……その、次の瞬間、ドゥーリンの、拳が、唸りを上げて、若者の、顔面を、捉えていたこと。


それは、どちらが、一方的に、悪い、という話ではなかった。

不注意と、不運が、重なって、起きてしまった、不幸な、事故。

だが、その、事故が、引き起こした、結果は、あまりにも、大きかった。


ケイは、その、小さな、証言者に、静かに、礼を言うと、再び、当事者である、二人へと、向き直った。


「……ドゥーリン殿」

ケイの、声は、冷たかった。

「あなたの、大切な、エールが、失われたこと、心から、同情する。……だが、いかなる、理由があろうと、仲間に対して、先に、拳を上げた、あなたの、その、行為は、決して、許されるものではない」


その、あまりにも、厳しい、断罪の、言葉。

ドゥーリンの、白い髭が、わなわなと、震えた。

「……なんだと、小僧……!


この、わしが、悪いと、言うのか!」


「ああ、悪い」

ケイは、きっぱりと、断言した。

「この都市は、まだ、法を、持たない。だが、もし、法があったなら、あなたの、その行為は、『傷害罪』という、明確な、犯罪だ」


次に、彼は、地面に、蹲ったままの、狼獣人の若者へと、視線を移した。

「そして、君もだ。君の、不注意が、この、悲劇の、引き金になった。君は、ドゥーリン殿が、命の、次に、大切にしていた、十年分の、時間を、一瞬で、奪ったんだ。……その、罪の、重さを、理解しているか?」


その、公平な、指摘。

若者は、憎悪に、燃えていた、その、黄金色の瞳を、伏せ、ただ、唇を、噛み締めることしか、できなかった。


ケイは、その場の、全ての、住民たちへと、向き直った。

その、小さな、身体から、放たれる、プレッシャーは、もはや、一人の、子供の、ものではなかった。

それは、一つの、共同体の、未来を、その、両肩に、背負う、絶対的な、指導者の、それだった。


「――これが、今の、僕たちの、村の、現実だ」

彼の、声が、静まり返った、広場に、響き渡る。

「僕たちは、種族も、文化も、価値観も、違う。その、違いが、時として、今日のような、不幸な、事故を、引き起こす。……それは、避けられないことなのかもしれない」


彼は、そこで、一度、言葉を切った。

そして、その、青い瞳に、深い、深い、悲しみの色を、浮かべた。


「だが、僕が、本当に、悲しいのは、その、事故そのものではない。僕が、悲しいのは、その、事故が、起きた後、君たちが、取った、行動だ」

彼の、視線が、その場にいた、全ての、獣人、ドワーフ、そして、他の、全ての、種族の、顔を、ゆっくりと、なぞっていく。

「君たちは、何が、起きたのか、その、真実を、知ろうとは、しなかった。ただ、自らの、『仲間』の、言葉だけを、信じ、相手を、一方的に、非難した。……そこに、『対話』は、あったか?


……そこに、『理解』しようとする、努力は、あったか?」


その、あまりにも、根源的な、問い。

誰も、答えることが、できなかった。

誰もが、己の、胸に、手を当て、その、問いの、重さに、ただ、頭を、垂れることしか、できなかった。


「……今の、僕たちの村には、ルールが、ない。だから、問題が、起きた時、その、解決を、委ねられるのは、個人の、『感情』と、『力』だけだ。……そして、その、二つが、支配する世界では、必ず、声の、大きい者が、勝ち、力の、強い者が、正義となる。……それは、僕たちが、最も、嫌悪し、そして、逃れてきたはずの、あの、理不尽な、人間の、社会と、一体、何が、違うというんだ?」


その、魂を、抉るような、言葉。

ガロウは、その、傷だらけの顔を、まるで、殴られたかのように、歪めた。

そうだ。

自分たちは、また、同じ、過ちを、繰り返そうとしていたのだ。

ただ、その、支配者が、人間から、自分たち、自身に、変わっただけで。


ケイは、静かに、息を、吸い込んだ。

そして、彼は、この、共同体の、未来を、決定づける、最後の、そして、最も、重要な、提案を、口にした。

それは、彼が、この、数日間、ずっと、その、必要性を、痛感していた、新しい、OSの、導入宣言だった。


「――だから、僕たちは、変わらなければならない」


彼の、声が、その場にいる、全ての、魂に、響き渡る。


「僕たちの、この、アークシティに、新しい、心臓の、柱を、打ち立てる。……それは、僕でも、ガロウでも、ドゥーリン殿でもない。……それは、この、都市に住む、全ての者が、等しく、従うべき、絶対的な、『ルール』。……僕が、『法』と、呼ぶ、新しい、システムだ」


法。

その、厳粛な、響き。

それは、この、無法の、荒野に、初めて、灯される、文明の、光の、名前だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、アークシティに、最初の、そして、最大の、亀裂が、入ってしまいました。

些細な、しかし、根深い、種族間の、対立。

その、あまりにも、現実的な、問題を、前にして、ケイは、ついに、『法』の、導入を、決断します。

人による、支配から、法による、支配へ。

それは、この、共同体が、真の、『都市』へと、進化するための、避けられない、試練でした。


次回、ケイの、口から、語られる、『法』の、本質。

彼の、前世の、知識と、この、異世界の、現実が、融合する時、どのような、新しい、統治の、形が、生まれるのでしょうか。


「面白い!」「ついに、法治国家へ!」「ケイの、裁き、痺れた!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、アークシティの、最初の、憲法の、礎となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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