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第85節: 秩序という名の未実装機能

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。メリークリスマス!

皆様の温かい応援に支えられ、アークシティの建設は着実に進んでおります。


前回、都市の心臓となる「水車」と、免疫システムたる「衛生設備」の計画が動き出しました。輝かしい未来へ向かうアークシティ。しかし、どんなに優れたハードウェアも、それを動かす「ソフトウェア」がなければ、いずれ破綻します。

今回は、都市の急成長がもたらす、新たな、そして最も厄介な問題に、我らがプロジェクトマネージャーが直面します。

それでは、第四巻の第十二話となる第八十五話、お楽しみください。

アークシティ建設計画は、もはや誰の目にも明らかな形で、その偉容を現し始めていた。

ケイが描いた、あの光り輝く未来都市の青写真。それは、もはや幻影ではなかった。二百人を超える住民たちの、汗と、誇りと、そして、未来への希望が、一木一石に込められ、確かな現実として、この『見捨てられた土地』に、根を張り始めていた。


北の工業区では、ドゥーリンの工房から、昼夜を問わず、鋼を打つ音がリズミカルに響き渡る。その隣では、巨大な登り窯が、都市の血管となるセラミック・パイプを、休むことなく焼き上げていた。

西の大河のほとりでは、巨大な水車が、悠然と、しかし力強く回転し、その圧倒的な動力を、新設された製材所や製粉所へと、送り届けている。人々の労働は、劇的に効率化され、村には、以前とは比較にならないほどの、豊かさと、時間が、もたらされていた。


東の住居区では、新しいログハウスが、美しい碁盤の目状に、次々と、その姿を現していく。ガロウ率いる総務警備部が、解体した古い村の資材を、巧みに再利用しながら、建設のペースを、驚異的な速度で、維持していた。

そして、南の商業区画予定地では、未来の市場となるべき、広大な土地の、整地作業が、着々と進められていた。


全てが、順調だった。

ケイが、最初に描いた、ガントチャートの、マイルストーンを、むしろ、前倒しで、クリアしていく、完璧なまでの、プロジェクト進行。

住民たちの顔には、疲労の色よりも、自らの手で、理想の故郷を創り上げているという、深い、満足感と、充実感が、満ち溢れていた。

このまま、いけば。

このまま、何も、問題が起きなければ。

次の、冬が来る前には、アークシティは、その、基本的な骨格を、完成させるだろう。

誰もが、そう、信じていた。


――だが、その、システムの、設計者だけが、その、あまりにも、滑らかすぎる、進捗状況の、その裏側に、静かに、そして、確実に、蓄積されていく、巨大な、矛盾パラドックスの、存在に、気づいていた。


その日の、昼下がり。

ケイは、庁舎の、最上階にある、自らの執務室の窓から、活気に満ちた、建設現場の、全景を、静かに、見下ろしていた。

彼の、青い瞳は、目の前の、希望に満ちた光景に、安堵の色を浮かべながらも、その奥では、常に、冷静な、プロジェクトマネージャーとして、この、アークシティという名の、巨大な、有機的システムの、現在の、稼働ログを、解析し続けていた。


(……ハードウェアの、実装は、順調だ。……だが、問題は、ソフトウェアだ)


彼の、思考は、常に、システムエンジニアの、それだった。

どんなに、高性能なサーバーを、何台、並べようとも。

その上で、稼働する、OSや、アプリケーションが、貧弱であれば、システムは、その、真価を、発揮することはできない。

そして、今の、アークシティは、まさに、その、状態に、陥りつつあった。


最高の、ハードウェア(都市インフラ)。

最高の、リソース(住民たちの、高い能力と、士気)。

だが、それらを、円滑に、そして、持続的に、稼働させるための、最も、重要な、ソフトウェア――すなわち、『ルール』という名の、OSが、この都市には、まだ、実装されていなかったのだ。


これまでの、フロンティア村は、ケイという、絶対的な、リーダーの、トップダウンの、指示によって、動いてきた。それは、人口が、まだ少なく、そして、「村を作る」という、単一の、明確な目標があったからこそ、機能した、緊急時の、管理体制だ。

だが、今は、違う。

人口は、二百人を、超え、その、出身も、文化も、価値観も、多種多様。

そして、彼らが、目指すべき、目標もまた、「都市での、豊かな、生活」という、複雑で、そして、終わりなき、ものへと、変化している。


(……このままでは、いずれ、必ず、破綻する)


ケイの、脳内の、シミュレーションが、無慈悲な、未来予測を、弾き出す。

彼は、ここ数日、彼の元へと、持ち込まれるようになった、いくつかの、小さな、しかし、決して、無視できない、「報告」を、反芻していた。


『――大将!


工業区の、連中が、実験と称して、夜中まで、炉を、ガンガン、燃やすもんだから、隣の、住居区の、連中から、うるさくて、眠れねえ、って、苦情が、入ってる!』


『――ケイ様!


新しく、村に来た、蜥蜴人リザードマンたちが、彼らの、流儀だと言って、狩ってきた、獲物を、広場で、解体し始めたんです!


子供たちの、教育に、悪いと、母親たちが……』


『――ケイさん……。あの、ドワーフの、ドゥーリンさんが……。また、自分の、工房の前に、誰も、近づくな、って、頑固な、結界を……』


工業区の、騒音問題。

異文化間の、生活習慣の、対立。

そして、個人の、権利と、公共の、利益の、衝突。

それらは、全て、共同体が、都市へと、成長する過程で、必ず、発生する、必然的な、問題だった。

そして、それらの、問題を、解決するための、明確な、『ルール』が、この都市には、まだ、存在しなかったのだ。


今は、まだ、ケイという、絶対的な、調停者が、存在することで、辛うじて、バランスが、保たれている。

だが、彼が、いつまでも、全ての、問題を、一人で、裁き続けるわけには、いかない。

そんな、属人的な、システムは、あまりにも、脆弱すぎる。


(……必要なのは、人による、支配ではない。……『法』による、支配だ)


彼は、前世の、歴史の中で、人類が、何千年もの、血と、涙を、流しながら、ようやく、たどり着いた、その、偉大な、叡智の、重みを、噛み締めていた。

個人の、感情や、権力に、左右されない。

全ての、市民が、その、生まれや、種族に、関係なく、平等に、従うべき、絶対的な、行動規範。

それこそが、この、多様性に満ちた、理想郷を、真の、共同体へと、昇華させるための、最後の、そして、最も、重要な、ピースだった。


ケイは、静かに、机の上の、真っ白な、羊皮紙を、引き寄せた。

そして、彼が、ドゥーリンに、特別に、作らせておいた、ガラスペンを、インク壺に、浸した。

彼の、脳内では、既に、その、新しい、OSの、グランドデザインが、描かれ始めていた。

前世の、近代法の、精神。

三権分立、基本的人権、罪刑法定主義。

それらの、普遍的な、原則を、ベースとしながら。

この、異世界の、多種多様な、種族の、文化と、価値観を、いかにして、融合させるか。

それは、彼が、これまで、手掛けてきた、どの、システム設計よりも、遥かに、複雑で、そして、遥かに、創造的な、挑戦だった。


その、歴史的な、第一筆を、記そうとした、まさに、その時。


ドッゴオオオオオンッ!!!!


庁舎の、外から、大地を、揺るがすような、轟音と、そして、それに続く、複数の、獣人たちの、怒号と、悲鳴が、響き渡った。

ケイは、はっとしたように、顔を上げ、窓の外へと、駆け寄った。


彼の、視線の、遥か、下方。

中央広場の、一角で、もうもうと、土煙が、上がっている。

そして、その、中心で。

二つの、巨大な、影が、もつれ合うようにして、激しく、ぶつかり合っていた。


一人は、狼獣人族の、若い、戦士。その、筋骨隆々の、身体は、怒りで、膨れ上がっている。

そして、もう一人は。

その、岩塊のような、身体と、腰まで、届く、見事な、編み込みの、髭。

――ドゥーリン・ストーンハンマー。


二人の、足元には、無残に、砕け散った、巨大な、酒樽の、残骸が、転がっていた。

周囲には、ドワーフが、命よりも、大切にする、極上の、エールが、水溜りのように、広がっている。


「……てめえ……!


この、ドワーフの、クソじじい……!


人が、汗水、垂らして、運んでる、資材の、ど真ん中を、歩きやがって……!


危ねえだろうが!」


「……フン。……この、わしが、どこを、歩こうが、わしの、勝手だろうが。……その、図体で、前も、見えんのか、この、狼の、出来損ないが。……それより、どうしてくれる、この、わしの、十年物の、エールを」


明らかに、些細な、きっかけ。

だが、その、些細な、火種は、日頃、鬱積していた、互いの、種族に対する、偏見と、不満に、火をつけ、一瞬で、燃え上がった。

暴力。

この、都市が、最も、避けなければならない、最悪の、バグ。

それが、今、まさに、目の前で、実行されようとしていた。


ケイの、青い瞳が、氷のように、冷たく、細められる。

彼の、脳内で、一つの、アラートが、鳴り響いた。


『――イベント・トリガー、検知。……これより、フェーズは、移行する。……OSの、緊急、インストールを、開始せよ』


アークシティの、輝かしい、未来。

その、光の、下に、潜んでいた、最初の、そして、最大の、影。

その、影が、ついに、その、醜い、牙を、剥いた、瞬間だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


アークシティの、発展の、光の裏で、静かに、進行していた、崩壊の、兆候。

ついに、それは、暴力という、最悪の形で、表面化してしまいました。

些細な、きっかけ。だが、その、根は、深く、そして、暗い。

この、あまりにも、根源的な、問題を、我らが、プロジェクトマネージャーは、どう、解決するのでしょうか。


次回、ついに、ケイは、『法』という、名の、新しい、OSの、導入を、決断します。

彼の、口から、語られる、統治の、理想。

それは、獣人たちの、そして、ドワーフの、心を、動かすことが、できるのでしょうか。


「面白い!」「ついに、問題が!」「法の、制定、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、アークシティの、最初の、法典の、礎となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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