第83節: 水車という名の心臓
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
皆様の温かい応援に、心より感謝申し上げます。
前回、ケイの化学知識とドゥーリンの窯業技術が融合し、都市の血管となる『セラミック・パイプ』の量産体制が確立されました。
石と、水。都市の、基本的な、骨格が、整い始めます。
しかし、ケイの、壮大な、青写真は、まだ、その、序章に過ぎません。
今回は、その、都市に、力強い、鼓動を与える、『動力』の、物語。
アークシティに、最初の、産業革命の、狼煙が、上がります。
それでは、第四巻の第十話となる第八十三話、お楽しみください。
アークシティ建設計画は、今や、一つの、巨大な、そして、極めて、効率的な、生命体と化していた。
北の石切り場では、連日、魔導爆薬の轟音が響き渡り、規格化された、美しい、花崗岩のブロックが、山のように、切り出されていく。
南の窯業地区では、巨大な登り窯が、休むことなく、煙を吐き出し、都市の、地下の血管網となる、強靭な、セラミック・パイプを、次々と、焼き上げていた。
そして、その、二つの、巨大な生産拠点を、結ぶように、ガロウ率いる、総務警備部が、敷設した、仮設の、トロッコ軌道の上を、大量の資材が、昼夜を問わず、行き交っている。
プロジェクトは、順調だった。
ケイが、最初に、描いた、ガントチャートの、スケジュールを、むしろ、前倒しで、進んでいるほどだ。
誰もが、この、圧倒的な、創造の、速度に、酔いしれていた。
だが、プロジェクトマネージャーの、青い瞳だけが、その、熱狂の、さらに、先にある、次なる、巨大な、ボトルネックを、冷静に、見据えていた。
『動力』。
全ての、生産活動の、根源となる、エネルギー。
今の、アークシティの、動力源は、あまりにも、脆弱だった。
それは、二百人を超える、住民たちの、腕力と、体力。ただ、それだけ。
ドゥーリンの、工房で、鋼鉄を、鍛えるのも。運び込まれた、丸太を、製材するのも。収穫された、小麦を、製粉するのも。その、全てが、属人的な、肉体労働に、依存していた。
このまま、都市の規模が、拡大すれば、いずれ、必ず、労働力の、限界に、突き当たる。
それは、火を見るより、明らかだった。
その日の、昼下がり。
ケイは、三人の、部門責任者――ガロウ、ドゥーリン、そして、エリアーデを、都市の、西側を、悠々と流れる、大河の、ほとりへと、呼び出していた。
「……なんだ、大将。こんな、川っぺりに、呼び出して。……水浴びでも、するのか?」
ガロウが、不思議そうに、首を傾げる。
「フン。わしは、これから、新しい、炉の、設計で、忙しいんだがな。小僧の、川遊びに、付き合ってやる、暇など、ないぞ」
ドゥーリンもまた、不機嫌そうに、その、白い髭を、弄んでいた。
ケイは、そんな、彼らの、不満には、答えず、ただ、静かに、目の前を、流れていく、力強い、川の、流れを、指さした。
「……見てみろ。……この、無限の、エネルギーを」
「……エネルギー?」
「そうだ。この、川の流れ。それは、止まることを知らない、巨大な、力だ。僕たちは、これまで、この、宝の山を、目の前にしながら、それを、ただ、水浴びと、洗濯にしか、使ってこなかった。……あまりにも、非効率的すぎる」
ケイは、そう言うと、地面に、一つの、巨大な、円を、描いた。そして、その、円周上に、いくつもの、板を、取り付けた。
「――これが、僕たちの、都市の、新しい、『心臓』となる」
彼が、描いたのは、一つの、巨大な、『水車』の、設計図だった。
「この、水車を、川の流れの、中に、設置する。すると、水の力が、この、羽根板を、押し、車輪は、回転を始める。……永遠に、止まることのない、力強い、回転運動。……それこそが、僕たちが、手に入れる、新しい、動力だ」
その、あまりにも、シンプルで、しかし、あまりにも、革新的な、発想。
ガロウは、まだ、その、意味を、理解できずに、首を傾げている。
だが、ドゥーリンの、その、黒い瞳は、その、設計図を、見た、瞬間から、まるで、磁石のように、釘付けになっていた。
「……回転運動……だと……?」
彼の、しゃがれた声が、震えている。
「……その、回転を、歯車と、軸で、伝えれば……。……まさか、小僧……」
「その、まさかだ、ドゥーリン殿」
ケイは、不敵に、微笑んだ。
彼は、水車の、設計図の、横に、さらに、いくつかの、建物の、断面図を、描き加えていく。
「この、水車の、回転力を、一箇所に、集約し、そこから、ベルトコンベアや、ドライブシャフトを使って、複数の、作業場へと、分配する。……いわば、『動力の、集中管理システム』だ」
彼は、最初の一つの、建物を、指さした。
「例えば、製材所。この、巨大な、ノコギリを、人力ではなく、水車の力で、上下させる。そうすれば、テツカシの、大木でさえ、まるで、バターのように、切り裂くことができるだろう」
次に、彼は、隣の、建物を、指す。
「そして、製粉所。石臼を、二十四時間、休むことなく、回し続ける。食料の、生産性は、飛躍的に、向上する」
そして、最後に、彼は、ドゥーリンの、顔を、じっと、見つめた。
「そして、何よりも。……あなたの、工房だ、ドゥーリン殿。……あの、反射炉から、取り出した、灼熱の、鋼の塊を、人力の、何十倍もの、力を持つ、巨大な、機械式の、ハンマーで、叩き、鍛える。……そうなれば、あなたは、一体、どんな、伝説の、武具を、生み出すことができる?」
その、悪魔の、囁き。
ドゥーリンの、全身が、わなわなと、打ち震えた。
巨大な、機械式の、ハンマー。
それは、彼が、その、百五十年の、職人人生の中で、夢にさえ、見たことのない、究極の、仕事道具だった。
それさえ、あれば。
自分は、かつて、神話の時代にしか、存在しなかったという、あの、伝説の、魔剣さえも、この手で、再現できるかもしれない。
「…………」
ドゥーリンは、もはや、何も、言えなかった。
彼は、ただ、地面に描かれた、その、あまりにも、美しく、そして、あまりにも、挑戦的な、設計図を、食い入るように、見つめていた。
その瞳は、もはや、ただの、職人の、それではない。
一つの、新しい、時代を、自らの手で、創造しようとする、神の、それに、近かった。
◆
その日、アークシティ建設プロジェクトの、最優先事項が、変更された。
『第一次、産業革命の、断行』。
ケイが、そう、名付けた、その、壮大な、サブプロジェクトのために、工務部隊の、全ての、リソースが、この、大河の、ほとりに、集中投入された。
それは、これまでの、どの、建設作業とも、比較にならない、精密さと、そして、巨大さを、要求される、難工事だった。
まず、川の流れを、一部、堰き止め、水車を設置するための、強固な、石造りの、基礎を、築く。
その、基礎の上に、直径、十メートルを超える、巨大な、木製の、車輪を、組み上げていく。
車輪の、軸には、ドゥーリンが、この、プロジェクトのために、特別に、鍛え上げた、一本の、巨大な、鋼鉄の、シャフトが、通されている。
その、全ての、工程が、ケイが、作成した、精密な、設計図と、ドゥーリンの、一切の、妥協を許さない、鬼のような、現場監督の下で、進められていった。
そして、プロジェクト開始から、一ヶ月後。
春の、柔らかな、陽光が、大地に、満ち溢れる、ある、晴れた日の、朝。
ついに、アークシティの、新しい、心臓が、その、最初の、鼓動を、刻む時が、来た。
村の、全ての、住民が、固唾を飲んで、見守る中。
ケイの、静かな、号令で、川の、堰が、ゆっくりと、開かれていく。
轟音と共に、濁流が、水車へと、殺到する。
巨大な、羽根板が、水の、圧倒的な、圧力を、受け止め、ミシミシ、と、軋む音を、立てる。
そして、ついに。
巨大な、水車が、一つの、大きな、呻き声と、共に、ゆっくりと、しかし、力強く、回転を、始めた。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……。
その、地響きのような、重い、鼓動。
それは、アークシティという、新しい、生命が、その、力強い、心臓を、手に入れた、産声の、音だった。
回転は、徐々に、その、速度を、増していく。
水車に、連結された、巨大な、歯車が、噛み合い、その、回転力は、地上に、新しく建てられた、三つの、工場へと、伝達されていく。
製材所。製粉所。そして、ドゥーリンの、新しい、鍛冶工房。
最初に、その、奇跡の、産声を、上げたのは、製材所だった。
水力で、駆動する、巨大な、帯鋸が、甲高い、起動音を、上げた、次の瞬間。
狼獣人、五人がかりでも、動かすのが、やっとだった、テツカシの、巨大な、丸太が、まるで、柔らかな、チーズのように、滑らかに、そして、正確に、切り裂かれていく。
その、あまりにも、非現実的な、光景に、住民たちから、どよめきが、上がる。
次に、製粉所。
十基の、巨大な、石臼が、一斉に、回転を始める。これまで、女性たちが、一日がかりで、ようやく、数キログラムしか、作れなかった、小麦粉が、まるで、滝のように、袋の中へと、流れ込んでいく。
そして、最後に。
ドゥーリンの、工房で。
全ての、住民たちの、度肝を、抜く、最後の、そして、最大の、奇跡が、起きた。
水力で、駆動する、巨大な、スチームハンマー。その、数トンはあろうかという、鋼鉄の、塊が、ゆっくりと、持ち上がり、そして――。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
大地そのものが、揺れた。
ハンマーが、叩きつけた、金床の上には、まだ、何も、置かれていない。
だが、その、一撃が、生み出した、圧倒的な、衝撃波と、轟音。
それは、この、都市が、手に入れた、新しい、力の、象徴。
もはや、人の、腕力などでは、決して、太刀打ちできない、絶対的な、工業力の、咆哮だった。
その、圧倒的な、力の、顕現を、前に。
住民たちは、もはや、歓声を、上げることさえ、できなかった。
彼らは、ただ、呆然と、自分たちの、常識が、また一つ、目の前で、粉々に、砕け散っていく、その、瞬間を、見つめていた。
アークシティは、今、確かに、新しい、時代へと、その、第一歩を、踏み出したのだ。
アークシティ建設計画は、今や、一つの、巨大な、そして、極めて、効率的な、生命体と化していた。
北の石切り場では、連日、魔導爆薬の轟音が響き渡り、規格化された、美しい、花崗岩のブロックが、山のように、切り出されていく。
南の窯業地区では、巨大な登り窯が、休むことなく、煙を吐き出し、都市の、地下の血管網となる、強靭な、セラミック・パイプを、次々と、焼き上げていた。
そして、その、二つの、巨大な生産拠点を、結ぶように、ガロウ率いる、総務警備部が、敷設した、仮設の、トロッコ軌道の上を、大量の資材が、昼夜を問わず、行き交っている。
プロジェクトは、順調だった。
ケイが、最初に、描いた、ガントチャートの、スケジュールを、むしろ、前倒しで、進んでいるほどだ。
誰もが、この、圧倒的な、創造の、速度に、酔いしれていた。
だが、プロジェクトマネージャーの、青い瞳だけが、その、熱狂の、さらに、先にある、次なる、巨大な、ボトルネックを、冷静に、見据えていた。
『動力』。
全ての、生産活動の、根源となる、エネルギー。
今の、アークシティの、動力源は、あまりにも、脆弱だった。
それは、二百人を超える、住民たちの、腕力と、体力。ただ、それだけ。
ドゥーリンの、工房で、鋼鉄を、鍛えるのも。運び込まれた、丸太を、製材するのも。収穫された、小麦を、製粉するのも。その、全てが、属人的な、肉体労働に、依存していた。
このまま、都市の規模が、拡大すれば、いずれ、必ず、労働力の、限界に、突き当たる。
それは、火を見るより、明らかだった。
その日の、昼下がり。
ケイは、三人の、部門責任者――ガロウ、ドゥーリン、そして、エリアーデを、都市の、西側を、悠々と流れる、大河の、ほとりへと、呼び出していた。
「……なんだ、大将。こんな、川っぺりに、呼び出して。……水浴びでも、するのか?」
ガロウが、不思議そうに、首を傾げる。
「フン。わしは、これから、新しい、炉の、設計で、忙しいんだがな。小僧の、川遊びに、付き合ってやる、暇など、ないぞ」
ドゥーリンもまた、不機嫌そうに、その、白い髭を、弄んでいた。
ケイは、そんな、彼らの、不満には、答えず、ただ、静かに、目の前を、流れていく、力強い、川の、流れを、指さした。
「……見てみろ。……この、無限の、エネルギーを」
「……エネルギー?」
「そうだ。この、川の流れ。それは、止まることを知らない、巨大な、力だ。僕たちは、これまで、この、宝の山を、目の前にしながら、それを、ただ、水浴びと、洗濯にしか、使ってこなかった。……あまりにも、非効率的すぎる」
ケイは、そう言うと、地面に、一つの、巨大な、円を、描いた。そして、その、円周上に、いくつもの、板を、取り付けた。
「――これが、僕たちの、都市の、新しい、『心臓』となる」
彼が、描いたのは、一つの、巨大な、『水車』の、設計図だった。
「この、水車を、川の流れの、中に、設置する。すると、水の力が、この、羽根板を、押し、車輪は、回転を始める。……永遠に、止まることのない、力強い、回転運動。……それこそが、僕たちが、手に入れる、新しい、動力だ」
その、あまりにも、シンプルで、しかし、あまりにも、革新的な、発想。
ガロウは、まだ、その、意味を、理解できずに、首を傾げている。
だが、ドゥーリンの、その、黒い瞳は、その、設計図を、見た、瞬間から、まるで、磁石のように、釘付けになっていた。
「……回転運動……だと……?」
彼の、しゃがれた声が、震えている。
「……その、回転を、歯車と、軸で、伝えれば……。……まさか、小僧……」
「その、まさかだ、ドゥーリン殿」
ケイは、不敵に、微笑んだ。
彼は、水車の、設計図の、横に、さらに、いくつかの、建物の、断面図を、描き加えていく。
「この、水車の、回転力を、一箇所に、集約し、そこから、ベルトコンベアや、ドライブシャフトを使って、複数の、作業場へと、分配する。……いわば、『動力の、集中管理システム』だ」
彼は、最初の一つの、建物を、指さした。
「例えば、製材所。この、巨大な、ノコギリを、人力ではなく、水車の力で、上下させる。そうすれば、テツカシの、大木でさえ、まるで、バターのように、切り裂くことができるだろう」
次に、彼は、隣の、建物を、指す。
「そして、製粉所。石臼を、二十四時間、休むことなく、回し続ける。食料の、生産性は、飛躍的に、向上する」
そして、最後に、彼は、ドゥーリンの、顔を、じっと、見つめた。
「そして、何よりも。……あなたの、工房だ、ドゥーリン殿。……あの、反射炉から、取り出した、灼熱の、鋼の塊を、人力の、何十倍もの、力を持つ、巨大な、機械式の、ハンマーで、叩き、鍛える。……そうなれば、あなたは、一体、どんな、伝説の、武具を、生み出すことができる?」
その、悪魔の、囁き。
ドゥーリンの、全身が、わなわなと、打ち震えた。
巨大な、機械式の、ハンマー。
それは、彼が、その、百五十年の、職人人生の中で、夢にさえ、見たことのない、究極の、仕事道具だった。
それさえ、あれば。
自分は、かつて、神話の時代にしか、存在しなかったという、あの、伝説の、魔剣さえも、この手で、再現できるかもしれない。
「…………」
ドゥーリンは、もはや、何も、言えなかった。
彼は、ただ、地面に描かれた、その、あまりにも、美しく、そして、あまりにも、挑戦的な、設計図を、食い入るように、見つめていた。
その瞳は、もはや、ただの、職人の、それではない。
一つの、新しい、時代を、自らの手で、創造しようとする、神の、それに、近かった。
◆
その日、アークシティ建設プロジェクトの、最優先事項が、変更された。
『第一次、産業革命の、断行』。
ケイが、そう、名付けた、その、壮大な、サブプロジェクトのために、工務部隊の、全ての、リソースが、この、大河の、ほとりに、集中投入された。
それは、これまでの、どの、建設作業とも、比較にならない、精密さと、そして、巨大さを、要求される、難工事だった。
まず、川の流れを、一部、堰き止め、水車を設置するための、強固な、石造りの、基礎を、築く。
その、基礎の上に、直径、十メートルを超える、巨大な、木製の、車輪を、組み上げていく。
車輪の、軸には、ドゥーリンが、この、プロジェクトのために、特別に、鍛え上げた、一本の、巨大な、鋼鉄の、シャフトが、通されている。
その、全ての、工程が、ケイが、作成した、精密な、設計図と、ドゥーリンの、一切の、妥協を許さない、鬼のような、現場監督の下で、進められていった。
そして、プロジェクト開始から、一ヶ月後。
春の、柔らかな、陽光が、大地に、満ち溢れる、ある、晴れた日の、朝。
ついに、アークシティの、新しい、心臓が、その、最初の、鼓動を、刻む時が、来た。
村の、全ての、住民が、固唾を飲んで、見守る中。
ケイの、静かな、号令で、川の、堰が、ゆっくりと、開かれていく。
轟音と共に、濁流が、水車へと、殺到する。
巨大な、羽根板が、水の、圧倒的な、圧力を、受け止め、ミシミシ、と、軋む音を、立てる。
そして、ついに。
巨大な、水車が、一つの、大きな、呻き声と、共に、ゆっくりと、しかし、力強く、回転を、始めた。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……。
その、地響きのような、重い、鼓動。
それは、アークシティという、新しい、生命が、その、力強い、心臓を、手に入れた、産声の、音だった。
回転は、徐々に、その、速度を、増していく。
水車に、連結された、巨大な、歯車が、噛み合い、その、回転力は、地上に、新しく建てられた、三つの、工場へと、伝達されていく。
製材所。製粉所。そして、ドゥーリンの、新しい、鍛冶工房。
最初に、その、奇跡の、産声を、上げたのは、製材所だった。
水力で、駆動する、巨大な、帯鋸が、甲高い、起動音を、上げた、次の瞬間。
狼獣人、五人がかりでも、動かすのが、やっとだった、テツカシの、巨大な、丸太が、まるで、柔らかな、チーズのように、滑らかに、そして、正確に、切り裂かれていく。
その、あまりにも、非現実的な、光景に、住民たちから、どよめきが、上がる。
次に、製粉所。
十基の、巨大な、石臼が、一斉に、回転を始める。これまで、女性たちが、一日がかりで、ようやく、数キログラムしか、作れなかった、小麦粉が、まるで、滝のように、袋の中へと、流れ込んでいく。
そして、最後に。
ドゥーリンの、工房で。
全ての、住民たちの、度肝を、抜く、最後の、そして、最大の、奇跡が、起きた。
水力で、駆動する、巨大な、スチームハンマー。その、数トンはあろうかという、鋼鉄の、塊が、ゆっくりと、持ち上がり、そして――。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
大地そのものが、揺れた。
ハンマーが、叩きつけた、金床の上には、まだ、何も、置かれていない。
だが、その、一撃が、生み出した、圧倒的な、衝撃波と、轟音。
それは、この、都市が、手に入れた、新しい、力の、象徴。
もはや、人の、腕力などでは、決して、太刀打ちできない、絶対的な、工業力の、咆哮だった。
その、圧倒的な、力の、顕現を、前に。
住民たちは、もはや、歓声を、上げることさえ、できなかった。
彼らは、ただ、呆然と、自分たちの、常識が、また一つ、目の前で、粉々に、砕け散っていく、その、瞬間を、見つめていた。
アークシティは、今、確かに、新しい、時代へと、その、第一歩を、踏み出したのだ。




