第81節: 石切り場のダイナマイト
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
皆様の温かい応援に支えられ、ついに壮大な『アークシティ建設計画』が、その第一歩を踏み出しました。
前回、ケイの魂の呼びかけに応え、村人たちの心は一つになりました。しかし、光り輝く未来都市の幻影を、現実のものとする道は、決して平坦ではありません。
今回は、その巨大なプロジェクトが、最初に直面する、圧倒的な「壁」の物語。そして、その壁を、我らがプロジェクトマネージャーと、伝説の工匠が、いかにして「破壊」するのか。
技術革新の、最初の狼煙が上がります。どうぞ、お楽しみください。
『アークシティ建設計画』という、途方もないプロジェクトが産声を上げた翌日。夜明け前の薄闇の中、フロンティア村――いや、生まれ変わるべき都市の予定地は、静かな、しかし、確かな熱気に満ちていた。
ケイの《プロジェクト・マニジメント》によって、自らの役割を魂のレベルで理解した住民たちは、まるで、一つの巨大な生命体のように、機能的に、そして、力強く動き始めていた。
「――よし、そこまでだ! 旧居住区画の解体、第一次フェーズ完了! 資材は、種類ごとに分別し、指定の集積場へ運搬しろ! 一本たりとも、無駄にするんじゃねえぞ!」
ガロウの野太い号令が、現場に響き渡る。
総務警備部の最高責任者として、彼は、この巨大な現場の、人的リソースの管理と、安全確保の全責任を担っていた。彼の、その黄金色の瞳には、もはや、一人の戦士としての、闘争心はない。自らが率いる、数百の仲間たちの命を預かる、指揮官としての、厳しい光が宿っていた。
彼が率いる狼獣人たちが、解体した古いログハウスの木材を、その強靭な肩に担ぎ、駆け足で、資材置き場へと運んでいく。その動きには、一切の無駄も、迷いもない。彼らは、この一本の古材が、やがて、未来都市の、どの部分の、礎となるのかを、完全に理解していた。
だが、プロジェクトが、その初期段階である「整地」と「資材の再利用」のフェーズを終え、本格的な「基礎工事」の段階へと移行しようとした、その時。
最初の、そして、あまりにも巨大な、ボトルネックが、その姿を現した。
「……大将。……こいつは、正直、骨が折れるぜ」
庁舎の、最上階。広げられた、アークシティの、巨大な設計図の上で、ガロウが、腕を組み、唸り声を上げた。
彼の、太い指が、なぞっていたのは、都市全体を、円形に囲む、外壁の、設計図だった。
高さ、十メートル。厚さ、五メートル。その、全てが、石造りの、堅固な、城壁。
「古い村の資材を、全部、かき集めても、足りねえ。話にならねえレベルで、圧倒的に、石が、足りねえんだ」
その、あまりにも、根源的な、問題。
その場にいた、他のリーダーたちも、難しい顔で、頷いた。
「うむ。わしの計算でも、あの城壁を作るには、この辺りの、丘の一つや二つ、丸ごと、削り取らねば、話にならんわい」
工務部の最高責任者、ドゥーリン・ストーンハンマーが、その白い髭をしごきながら、言った。
「そのための、石切り場は、既に、特定してある」
ケイは、冷静に、別の地図を、広げた。そこには、村の北側に連なる、山脈の、詳細な、地形データが、描き込まれている。
「この、黒曜石の丘。ここの、岩盤の質は、極めて、良好だ。《アナライズ》の結果、建材として、最適な、花崗岩の、巨大な鉱床が、地表近くに、眠っている」
「ほう。……小僧の、その、神の如き目は、相変わらず、気味が悪いのう」
「だが、問題は、その、採掘方法だ」
ケイは、きっぱりと、言った。
「ドゥーリン殿。あなたの、その、神業をもってすれば、確かに、この丘を、切り崩すことはできるだろう。だが、それでは、時間が、かかりすぎる。僕の計算では、城壁の、基礎に使う、石材を、集めるだけで、半年は、かかる」
「……むう。……それは、否定できんわい」
ドゥーリンは、悔しそうに、唇を噛んだ。
プロジェクトの、クリティカルパスが、いきなり、致命的な、遅延の危機に、瀕している。
その、重苦しい空気の中で、ケイは、静かに、そして、不敵に、微笑んだ。
「――だから、僕たちは、やり方を、変える。……いや、人類の、歴史を、数千年分、スキップする」
◆
その日の午後。ケイは、ドゥーリンと、彼が率いる、工務部隊の、精鋭たちを、黒曜石の丘へと、案内していた。
眼前に、そびえ立つ、巨大な、岩の壁。
ドゥーリンは、その、岩肌を、まるで、愛しい、恋人でも、撫でるかのように、その、節くれだった指で、なぞっていた。
「……うむ。確かに、極上の、花崗岩だ。一点の、曇りも、ない。これを、切り出せるとなれば、職人として、血が騒ぐわい」
彼は、弟子たちに、指示を飛ばした。
「いいか、小僧ども!
まずは、岩の目に沿って、楔を、打ち込む!
角度を、間違えるなよ!
石の、魂の声を、聞け!」
弟子たちが、巨大な、鉄のハンマーと、鋼鉄の楔を手に、岩壁へと、取り付く。
カン!
カン!
と、甲高い、金属音が、谷間に、響き渡る。
それは、ドワーフ族に、古くから伝わる、正攻法の、採掘技術だった。経験と、勘、そして、圧倒的な、腕力で、岩盤の、最も、脆い部分を、叩き、割り、切り出していく。
確かに、それは、一つの、完成された、技術だった。
だが、ケイが、これから創り上げようとしている、都市の、その、圧倒的な、物量の前には、あまりにも、非力だった。
「――ドゥーリン殿。その、やり方では、日が暮れてしまう」
ケイの、静かな、しかし、有無を言わせぬ声が、響いた。
「……なんだと、小僧。……ならば、貴様に、これ以上の、やり方が、あるとでも、言うのか」
ドゥーリンが、不機嫌そうに、振り返る。
「ある」
ケイは、きっぱりと、断言した。
彼は、ルナリアと、エリアーデに、事前に、依頼して、集めさせておいた、いくつかの、素材を、取り出した。
硫黄の、黄色い粉末。硝石の、白い結晶。そして、ドゥーリンの工房で、特別に、作らせておいた、最高品質の、木炭の、黒い粉。
「これは……?」
ドゥーリンが、訝しげに、その、三色の粉を、覗き込む。
「僕が、いた世界の、叡智だ」
ケイは、そう言うと、前世の、化学の知識を、総動員し、その三つの粉末を、極めて、慎重に、そして、正確な、比率で、混合し始めた。
硫黄、15%。硝石、75%。木炭、10%。
黒色火薬。人類の、歴史を、良くも、悪くも、変えてしまった、禁断の、錬金術。
「エリアーデ殿。この粉末に、着火用の、火の、魔術を、付与してほしい。ただし、僕の、魔力信号がなければ、決して、発火しないように、安全装置を、かけて」
「……分かりました」
エリアーデは、ケイの、その、得体の知れない、黒い粉に、一抹の、不安を覚えながらも、その、美しい指先から、淡い、炎の、魔力を、注ぎ込んだ。
ケイは、その、魔術が付与された、黒い粉――彼が、『魔導爆薬』と、名付けた、それを、麻布に、固く、包むと、岩壁の、ある、一点へと、向かった。
「《アナライズ》」
彼の、青い瞳が、岩盤の、内部構造を、完全に、透視する。
そして、彼は、岩盤の、内部に存在する、最も、効果的に、力を伝えられる、微細な、亀裂を、特定した。
「――ここだ」
彼は、その亀裂の、奥深くに、魔導爆薬を、慎重に、仕掛けていく。
「……小僧、貴様、何を……」
ドゥーリンが、その、あまりにも、不可解な行動に、眉をひそめた、その時。
「――全員、伏せろッ!!!!」
ケイの、絶叫が、響き渡った。
彼は、仲間たちが、慌てて、岩陰に、身を隠すのを、確認すると、自らも、飛び込むようにして、地面に、伏せた。
そして、彼は、自らの、魔力で、遠隔操作の、トリガーを、引いた。
一瞬の、沈黙。
そして、次の瞬間。
世界から、音が、消え、そして、光が、生まれた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
それは、ゴブリン・スタンピードの時の、ホブゴブリンの魔法さえも、霞んでしまうほどの、圧倒的な、純粋な、破壊の、轟音だった。
黒曜石の丘、そのものが、巨大な、獣の、断末魔のように、叫びを上げ、大地が、地震のように、激しく、揺れた。
ケイが、爆薬を仕掛けた、岩壁の、一点が、閃光と、黒煙を、噴き上げ、そして、そこから、亀裂が、蜘蛛の巣のように、放射状に、広がっていく。
そして、ついに。
数千トンはあろうかという、巨大な、岩盤が、まるで、熟した、果実が、木から、落ちるかのように、ゆっくりと、しかし、抗いようもなく、剥離し、轟音と共に、地面へと、崩れ落ちた。
後に、残されたのは、耳を、つんざくような、静寂と、もうもうと、立ち上る、粉塵。そして、その、粉塵の、向こう側で、あまりの、出来事に、声も出せずに、立ち尽くす、獣人と、ドワーフたちの、姿だった。
彼らの、目の前には、先ほどまで、絶壁として、そびえ立っていたはずの、岩壁が、嘘のように、消え失せ、代わりに、都市を、築くのに、十分すぎるほどの、夥しい、量の、石材が、まるで、子供の、積み木のように、転がっていた。
「…………」
ドゥーリンは、無言だった。
彼は、ただ、呆然と、その、自らの、常識の、全てを、粉砕する、破壊の、跡を、見つめていた。
そして、その、剥き出しになった、あまりにも、滑らかで、美しい、岩盤の、断面を。
それは、彼が、その、神業の、槌をもってしても、決して、創り出すことのできない、完璧な、平面だった。
彼は、理解した。
これは、ただの、暴力ではない。
これは、破壊の、形を、した、完璧な、創造だ、と。
「…………くくっ……」
やがて、彼の、髭の奥から、乾いた、笑い声が、漏れた。
「……く、くははは……。……くはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
その、狂気じみた、しかし、どこまでも、楽しげな、哄笑。
それは、一人の、伝説の工匠が、自らの、ちっぽけな、プライドを、完全に、捨て去り、未知なる、技術という、新しい、神の、前に、ひれ伏した、歓喜の、叫びだった。
アークシティ建設、最初の、そして、最大の、ボトルネックは、今、確かに、粉砕された。
それは、この、異世界に、火薬という、新しい、文明の、理が、もたらされた、歴史的な、瞬間でもあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、ケイの前世の知識が、異世界に、最初の、そして、最大の、技術革新を、もたらしました。
魔導爆薬。
その、圧倒的な、破壊力は、頑固な、ドワーフ爺様の、プライドさえも、粉々に、打ち砕きましたね。
これで、アークシティ建設の、資材問題は、大きく、前進しました。
さて、石の、次は、水。
次回は、都市の、血管となる、上下水道の、要、『水道管』の、製造が、始まります。
ここでもまた、ケイの、異世界の知識が、ドワーフの、伝統技術と、融合し、新たな、奇跡を、生み出します。
「面白い!」「ダイナマイト、きたー!」「ドワーフ爺様の、高笑い、最高!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、アークシティの、最初の、礎石を、積み上げる、力となります!
次回もどうぞ、お楽しみに。




