第78節: 衛生革命:水洗トイレという名の衝撃
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
皆様の温かい応援に支えられ、フロンティア村は、新たな、そして、あまりにも壮大な挑戦の、スタートラインに立ちました。
前回、ケイは、光の幻影をもって、未来都市『アークシティ』の全貌を、住民たちの前に示しました。その、あまりにも輝かしいビジョンは、彼らの心を一つにし、巨大なプロジェクトを動かす、力強い推進力となりました。
今回は、その未来都市の、さらに詳細な機能について、語られます。特に、彼らの生活を、そして、価値観を、根底から覆すことになる、ある「革命的なシステム」の概念。その衝撃の大きさを、ぜひ、お楽しみください。
それでは、第四巻の第六話となる第七十八話、お楽しみください。
熱狂は、一夜明けても、冷めることを知らなかった。
それどころか、フロンティア村の空気は、昨日までとは比較にならないほどの、具体的で、そして建設的な熱を帯びていた。ケイが示した、光の幻影。あの、あまりにも鮮烈な未来都市のビジョンは、住民一人一人の心に、深く、そして消えることなく刻み込まれていた。
彼らは、もはや、ただの難民や、寄せ集めの集団ではない。一つの、壮大な夢を共有する、「市民」としての、最初の自覚を、持ち始めていた。
その日の朝一番。ケイは、庁舎の大ホールに、再び、全ての住民を集めていた。
昨日の、感動的なプレゼンテーションとは、うって変わり、今日の彼は、完全に、プロジェクトマネージャーの顔に戻っていた。彼の目的は、住民たちの、夢見心地な熱狂を、具体的な「作業」へと、落とし込むための、詳細な、仕様説明会だった。
「――昨日、君たちに、僕たちの未来の姿、『アークシティ』の、全体像を見せた」
ケイは、再び、黒板として使っている巨大なボードの前に立ち、その、記憶に焼き付いているであろう、都市の、簡単な鳥瞰図を、描き始めた。
「今日は、その、さらに詳細な、機能設計について、説明する。なぜなら、これから始まる、この、巨大な建設プロジェクトにおいて、君たち一人一人が、『なぜ、これを作るのか』を、正確に理解していることが、何よりも、重要になるからだ」
彼の言葉に、住民たちは、真剣な眼差しで、頷いた。
ケイは、まず、都市を、大きく、三つの区画に分ける線を、引いた。
「アークシティは、ゾーニング――つまり、『土地の役割分担』という、考え方に基づいて、設計されている。まず、北側の、この区画。ここは、『工業区』だ。ドゥーリン殿の反射炉を中心に、鍛冶場、ガラス工房、そして、いずれは、製紙工場や、紡績工場も、ここに集約する。火や、煙、そして、騒音を、一箇所にまとめることで、他の区画の、快適な生活環境を、守るためだ」
次に、彼は、東側の、広大な区画を、指し示した。
「そして、ここが、僕たちの、生活の拠点となる、『住居区』だ。家々は、碁盤の目のように、整然と並べられる。それは、見た目の美しさのためだけではない。火災が発生した際の、延焼を防ぎ、そして、何よりも、全ての家に、平等に、太陽の光と、風が、行き渡るように、計算されている」
最後に、彼は、南側の、門に近い区画を、囲った。
「そして、ここが、僕たちの村の、新しい、心臓部となる、『商業区』だ。やがて、大陸中から、多くの、商人が、訪れることになるだろう。彼らのための、市場、宿屋、そして、ギルドの出張所も、ここに建設する。住居区と、商業区を、明確に分けることで、住民の、プライバシーと、安全を、確保する」
工業、住居、商業。
その、あまりにも、合理的で、そして、洗練された、都市の、機能分割の、考え方。
住民たちは、感嘆の、息を漏らした。自分たちが、これまで、いかに、無計画で、非効率な、生活を、送ってきたのかを、改めて、思い知らされたのだ。
だが、ケイが、次に語り始めた、システムの、詳細な設計は、彼らの、その、ささやかな、感嘆など、木っ端微塵に、吹き飛ばすほどの、衝撃を、孕んでいた。
「そして、これらの、全ての区画を、血管のように、結びつけるのが、昨日、幻影で見せた、あの、都市の、地下に、張り巡らされる、二つの、巨大な、インフラストラクチャだ」
彼は、黒板に、二本の、太い線を、都市全体を、貫くように、描き加えた。
一本は、青い石灰で。もう一本は、黒い石灰で。
「青い線は、『上水道』。都市の、西を流れる、大河の、上流から、清浄な水を、取り込み、それを、都市の、全ての、建物へと、供給する、水の、道だ」
「そして、黒い線は、『下水道』。それぞれの家から、排出された、全ての、汚れた水を、一箇所に集め、浄化し、そして、安全な形で、川の、下流へと、戻すための、道だ」
上下水道。
その、概念そのものが、彼らにとっては、革命だった。
蛇口をひねれば、いつでも、清潔な水が、手に入る。
汚れた水を、川まで、捨てに行かなくても、勝手に、どこかへ、流れていってくれる。
それは、彼らの、日々の、重労働を、劇的に、軽減する、魔法の、システムにしか、思えなかった。
だが、本当の、衝撃は、その、先にあった。
「そして、この、上下水道システムが、もたらす、最大の、恩恵。それは、僕たちの、生活様式そのものを、根底から、覆す、衛生革命だ」
ケイは、そこで、一度、言葉を切った。
そして、集まった、全ての仲間たちの、一人一人の、顔を、見渡しながら、静かに、しかし、はっきりと、その、禁断の、言葉を、口にした。
「――僕たちは、もう、穴を掘って、用を足す、生活を、終わりにする」
その、あまりにも、唐突な、そして、あまりにも、直接的な、宣言。
広場は、一瞬、静まり返った。
そして、次の瞬間。
困惑と、そして、かすかな、笑い声が、あちこちから、漏れ始めた。
何を、言っているのだ、この、大将は、と。
用を足すのに、穴を掘る、以外に、一体、どんな方法が、あるというのだ。
その、空気を、読み取ったかのように、ケイは、一枚の、巨大な、羊皮紙を、広げた。
そこに、描かれていたのは、彼らが、昨日、光の幻影の中に、確かに、見た、しかし、その、本当の、意味を、理解していなかった、一つの、奇妙な、白い、陶器の、椅子だった。
「――これが、『水洗トイレ』だ」
ケイは、その、奇妙な、椅子の、断面図を、描き加えながら、その、驚くべき、メカニズムを、説明し始めた。
「この、便器と呼ばれる、部分に、用を足す。そして、この、レバーを、引く、あるいは、ボタンを、押す。すると、この、タンクに、溜められた水が、一気に、便器の中に、流れ込み、汚物を、水の力で、完全に、洗い流し、そして、この、S字に、曲がった、トラップと呼ばれる、管を通って、地下の、下水道へと、流されていく。……この、S字トラップに、常に、水が溜まることで、下水道からの、悪臭が、部屋の中に、逆流してくるのを、防ぐことができる」
その、あまりにも、精巧で、そして、あまりにも、合理的で、そして、あまりにも、彼らの、常識から、かけ離れた、システム。
住民たちは、もはや、笑ってはいなかった。
彼らは、ただ、呆然と、その、魔法の椅子の、設計図を、見つめていた。
汚物が、一瞬で、消える。
悪臭も、ない。
ハエも、湧かない。
それは、もはや、ただの、道具ではなかった。
それは、彼らの、生活の、最も、汚く、そして、最も、不快な、部分を、完全に、この世から、消し去ってくれる、奇跡の、祭壇にさえ、見えた。
最初に、その、沈黙を、破ったのは、意外な、人物だった。
「……す、素晴らしい……」
その、震える、声の主は、ルナリアだった。
彼女は、薬師として、衛生管理の、最高責任者として、この、システムの、持つ、本当の、価値を、誰よりも、深く、理解していた。
「これさえ、あれば……!
これさえあれば、この村から、病気の、半分以上を、なくすことが、できる……!
赤痢も、コレラも、寄生虫も……!
ケイ……!
これは、私の、どんな薬よりも、多くの、命を、救うわ……!」
その、真紅の瞳は、涙で、潤んでいた。それは、一人の、医療従事者としての、純粋な、感動の、涙だった。
その、ルナリアの、魂の叫びが、広場全体の、空気を、一変させた。
そうだ。これは、ただ、便利だとか、快適だとか、そういう、次元の、話ではない。
これは、自分たちの、そして、自分たちの、愛する、子供たちの、命を、守るための、絶対に必要な、システムなのだ。
その、認識の、変化。
それが、最後の、引き金となった。
次の瞬間、広場は、昨日と、同じ、いや、それ以上の、熱狂の、渦に、包まれた。
だが、その、歓声の、意味は、昨日とは、全く、違っていた。
昨日の、それが、漠然とした、未来への、憧憬だったとすれば。
今日の、これは、その、未来を、自らの、手で、掴み取るのだという、具体的で、そして、力強い、意志の、爆発だった。
「「「すいせんトイレ!
すいせんトイレ!
すいせんトイレ!」」」
誰が、始めたのか。
広場は、いつしか、その、奇妙な、しかし、希望に満ちた、新しい、言葉の、大合唱に、包まれていた。
それは、フロンティア村の、住民たちが、初めて、自らの、意志で、一つの、未来を、選択した、記念すべき、瞬間だった。
ケイは、その、熱狂の、渦の中心で、静かに、微笑んでいた。
彼の、プロジェクトは、また一つ、大きな、そして、後戻りのできない、フェーズへと、移行した。
それは、ただの、都市建設ではない。
人々の、意識そのものを、アップデートする、壮大な、文明創造の、始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
未来都市アークシティの、詳細な、機能。そして、その、中でも、住民たちに、最大の、衝撃を与えた、『水洗トイレ』。
その、あまりにも、先進的な、概念が、彼らの、心を、完全に、掴みました。
これで、プロジェクトの、推進力は、確実なものと、なりましたね。
さて、都市の、青写真は、示されました。
次回は、その、壮大な、青写真を、現実の、形にするための、具体的な、役割分担が、決まります。
ドゥーリン、エリアーデ、そして、ガロウ。
ケイの、最初の、仲間たちが、それぞれ、この、巨大な、プロジェクトにおいて、どのような、重要な、役割を、担うことになるのか。
どうぞ、ご期待ください。
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次回もどうぞ、お楽しみに。




