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第73節: 巡礼者たち

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援のおかげで、物語は無事に第三巻『技術革新と交易の始まり』を終え、本日より第四巻『都市計画と法の制定』編へと突入いたします。


フロンティア村が外の世界へ放った一石は、ささやかな、しかし確かな波紋となって大陸に広がり始めました。それは、希望の噂であると同時に、新たな混沌の予兆でもあります。

絶望の淵から這い上がった亜人たちが、次なるステージへと進むための、新たな挑戦。その始まりを、どうぞお見届けください。

フロンティア村が、その門戸を世界に開いてから、季節は一巡りした。

あの、命知らずの商人たちが、恐怖と、それを上回る野心を胸に、この村を訪れてから、一年。ケイが放った「噂」という名の種は、大陸の裏街道を駆け巡り、やがて、陽の当たらない場所で、静かに、しかし、確実に芽吹き始めていた。


その噂は、奇妙な物語として、語り継がれていた。

曰く、『見捨てられた土地』の奥深くには、亜人たちが築き上げた、楽園がある、と。

そこでは、ドワーフが鍛え上げた鋼の刃が、銀貨数枚で手に入り、エルフが編んだ魔法の布が、旅人の命を、冬の寒さから守ってくれる。天才的な薬師が作る、奇跡のポーションは、どんな傷さえも、たちどころに癒してしまう、と。

そして、何よりも、そこでは、種族も、生まれも、過去も、一切問われることはない。ただ、互いを尊重し、助け合う意志のある者ならば、誰であろうと、温かい食事と、安全な寝床が、約束されるのだ、と。


その噂は、当初、大陸の支配者層――王侯貴族や、ザルツガルド商業ギルドの上層部からは、一笑に付された。辺境の、取るに足らない、与太話。あるいは、亜人共の、誇大妄想。そう、断じて。

だが、その噂は、彼らが、決して光を当てようとしない、社会の、暗く、冷たい片隅で生きる者たちの心に、燎原の火のように、燃え広がっていった。


人間たちの、飽くなき領土欲に、故郷を追われた、獣人たち。

その、美しい毛皮や牙を狙われ、常に、奴隷狩りの恐怖に、怯えて暮らす、亜人たち。

あるいは、人間社会の中で、生まれや、貧しさ故に、正当な評価を得られず、日々の糧にさえ、苦しむ、者たち。


彼らにとって、フロンティア村の噂は、もはや、ただの儲け話ではなかった。

それは、救済の、福音。

この、理不尽な世界で、唯一、自分たちが、人間らしく、尊厳をもって生きられるかもしれない、最後の、希望の光だった。


そして、彼らは、歩き始めた。

なけなしの財産を、旅の支度に変え、愛する者の手を引き、あるいは、一人、故郷に背を向け。

ただ、その、真偽さえ定かではない、辺境の楽園の噂だけを、道標に。

彼らは、巡礼者だった。フロンティアという名の、新しい聖地を目指す、名もなき、巡礼者たちだった。


フロンティア村の、見張り台に立つ、若い狼獣人の戦士が、最初に、その「異変」に気づいたのは、春の、穏やかな陽光が、雪解けの大地を、暖め始めた、ある日の、昼下がりのことだった。


「……隊長!


街道の向こうから、何かが……!」


斥候部隊の隊長、ハクが、その鋭い黄金色の瞳を、細める。

自分たちが、血と汗で切り拓いた、北東街道の、遥か彼方。陽炎が揺らめく、その向こうに、小さな、黒い点の、集団が、見えた。

それは、魔物の群れではない。統率の取れた、軍隊でもない。

どこか、頼りなく、そして、ひどく、疲弊した、人々の、列だった。


警鐘が、鳴らされる。

村の、防衛を担うガロウの部隊が、即座に、城門の前へと展開した。ドゥーリンが鍛え上げた、鋼鉄の武具が、春の光を反射して、鈍い輝きを放つ。先の、ゴブリン・スタンピードとの死闘を、生き抜いた彼らは、もはや、ただの村の自警団ではなかった。少数ながらも、大陸の、いかなる正規軍にも、引けを取らない、精鋭の、戦士たちだった。


やがて、その、巡礼者たちの、第一陣が、村の門の前へと、たどり着いた。

その姿は、あまりにも、みすぼらしく、そして、哀れだった。

一行は、二十人ほどの、蜥蜴人リザードマンの、一族だった。彼らの、硬い鱗を持つ肌は、長旅の、埃と、疲労で、その輝きを失い、あちこちに、生々しい傷跡が、刻まれている。背負った荷物は、ほとんどなく、その手に握られているのは、粗末な、木の棍棒だけ。何人かは、足を引きずり、あるいは、仲間の肩に、もたれかかるようにして、かろうじて、立っていた。


彼らは、城門の前で、完全武装した、狼獣人たちの、威容を目の当たりにし、恐怖に、足を止めた。その、爬虫類特有の、感情の読めない瞳に、深い、深い、警戒の色が浮かぶ。

彼らは、これまでの旅で、何度も、裏切られてきたのだろう。他の、亜人の集落からさえも、食料を、分け与えられるどころか、追い立てられ、時には、襲われさえしたのかもしれない。


その、張り詰めた、一触即発の空気を、破ったのは、ゆっくりと、城門から、姿を現した、一人の、銀髪の少年だった。

ケイ・フジワラ。

この村の、絶対的な、リーダー。


蜥蜴人たちの、リーダーであろう、ひときわ、体格のいい、壮年の男が、ケイの、その、人間と変わらない姿を認め、咄嗟に、警戒を最大に引き上げた。その、喉の奥から、シュー、という、蛇のような、威嚇音が漏れる。


だが、ケイは、動じなかった。

彼は、ただ、静かに、その、傷だらけの一行を、その、青い瞳で、見つめた。

彼の《アナライズ》は、彼らが、どれほどの、過酷な旅を、続けてきたのかを、その、バイタルデータから、正確に、読み取っていた。

極度の、栄養失調。脱水症状。そして、何よりも、その魂を、深く、蝕む、精神的な、疲労。


ケイは、何も、言わなかった。

彼は、ただ、静かに、背後で控えていた、リリナへと、目配せをした。

リリナは、こくりと頷くと、数人の、猫獣人の娘たちと共に、前へと進み出た。その手には、湯気の立つ、温かいスープの入った、木の椀と、焼きたての、パンが、乗せられた盆があった。


リリナは、蜥蜴人たちの、リーダーの前に立つと、その、金色の瞳で、にっこりと、微笑みかけた。

「……ようこそ、フロンティア村へ。……長い、旅だったでしょう。さあ、まずは、これを。……お腹が、空いているでしょう?」


その、あまりにも、真っ直ぐで、そして、あまりにも、温かい、歓迎の言葉。

そして、目の前に、差し出された、湯気の立つ、スープの、信じられないほど、芳しい、香り。

蜥蜴人のリーダーは、固まった。

彼の、これまでの、人生の、どの、経験則も、目の前で起きている、この、信じられない、光景を、説明することが、できなかった。


やがて、彼の、硬い鱗に覆われた、その目から、ぽたり、と、一筋の、熱い雫が、こぼれ落ちた。

それは、彼が、故郷を追われて以来、初めて、流す、涙だった。



その、蜥蜴人たちの、一団を、皮切りに。

フロンティア村には、まるで、堰を切ったかのように、次々と、新しい、巡礼者たちが、訪れるようになった。

湿地帯を追われた、蛙人フロッグマンの一族。

山岳地帯を追われた、鳥人ハーピィの姉妹。

人間社会の、貧民街から、逃げ出してきたという、鼠人ラットマンの、大家族。

彼らは皆、等しく、傷つき、飢え、そして、絶望していた。


ケイは、彼らを、誰一人、拒むことなく、全て、受け入れた。

『フロンティア村は、その門戸を、全ての、来訪者に、開く』

彼が、かつて、宣言した、その言葉の通りに。


村は、活気に、満ち溢れた。

人口は、ひと月で、五十人から、百人へ。

三ヶ月後には、二百人を、超えていた。

様々な、種族。様々な、文化。様々な、価値観。

それらが、この、小さな、理想郷で、混じり合い、ぶつかり合い、そして、新しい、活力を、生み出していく。

庁舎の前の中央広場は、毎日が、祭りのように、賑やかだった。見たこともない、楽器の音色が響き、聞いたこともない、言語が、飛び交う。


ケイは、その、あまりにも、急激な、成長を、誇らしい、気持ちで、眺めていた。

彼の、プロジェクトは、成功している。

彼の、理想は、今、確かに、形に、なりつつある。


だが、システムエンジEニアとしての、彼の、もう一つの、冷徹な、思考は、その、熱狂の、水面下で、静かに、しかし、確実に、蓄積されていく、巨大な、リスク(技術的負債)の、存在を、正確に、見抜いていた。

人口の、急増。

それは、システムの、キャパシティを、遥かに、超える、アクセス数の、急増と、同義だった。

そして、それは、必ず、システムの、どこかに、致命的な、歪みを、もたらす。


その、最初の、兆候は、彼の、足元で、静かに、そして、確実に、その、不吉な、芽を、出し始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


第四巻『都市計画と法の制定』、ついに、本格的に、幕を開けました。

フロンティア村の噂は、大陸の、片隅で、虐げられてきた、多くの、亜人たちの、希望の光となりました。

村は、活気に満ち、ケイの、理想は、順調に、実現しているかに、見えました。


しかし、物語は、そんなに、甘くは、ありません。

急激な、人口増加。それは、必ず、新たな、問題を生み出します。

次回、ついに、その、問題が、表面化します。住居不足、衛生問題、そして、種族間の、軋轢。

ケイは、この、『成長の痛み』に、どう、立ち向かうのでしょうか。


「面白い!」「新しい住民たち、どうなる!?」「成長の痛み、気になる!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、フロンティア村の、次なる、礎となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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