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第72節: 文明の斥候

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

前回、フロンティア村の噂はついに、この地の支配者であるギュンター辺境伯の耳に届きました。彼は、その存在を「反乱の芽」とみなし、不快感を露わにします。

今回は、その獅子が、ついに最初の具体的な行動を起こします。フロンティア村のささやかな平穏に、文明社会からの最初の斥候が、その足音を忍ばせます。

第三巻、クライマックスに向けて、物語はさらに加速します。どうぞ、お楽しみください。

ギュンター・フォン・ロックウェルの執務室は、ザルツガルド商業ギルドの支部長ゴードンが這うように退出した後、再び、支配者だけが享受できる、静寂に包まれた。

暖炉の炎が、壁に飾られた魔物の剥製の、ガラスの眼球に、不気味な光を反射させている。

ギュンターは、窓辺に立ったまま、動かなかった。その灰色の瞳は、先ほどまでゴードンが立っていた、空虚な空間を、冷たく見つめている。


(……使えぬ男だ)

彼は、内心で、吐き捨てた。

金勘定と、保身しか頭にない、典型的な商人の末路。あの男は、目の前に転がってきた、千載一遇の好機を、自らの臆病さ故に、見過ごしたのだ。

だが、その臆病さこそが、ギュンターにとっては、好都合だった。ギルドが、この件に、表立って介入してくることはないだろう。これで、心置きなく、自らの「庭」の、掃除ができる。


彼は、執務机の上にある、小さな銀の鐘を、鳴らした。

チリン、という、澄んだ音が、響く。

すると、部屋の影の中から、音もなく、一人の騎士が、姿を現した。全身を、漆黒のプレートメイルで固めた、ギュンター直属の親衛隊長、ヴォルフラム。彼は、主の影として、この城の、あらゆる場所に、存在する。


「……閣下。お呼びでしょうか」

兜の奥から、くぐもった、しかし、感情のない、平坦な声が響いた。


「うむ」

ギュンターは、重々しく、頷いた。彼は、窓辺から離れ、自らの、巨大な執務机の、主の席へと、腰を下ろした。

「……斥候を出す。……ヴォルフラム、お前が、自ら、選りすぐりの、十名を率いて、行け」


「……目標は?」

騎士は、短く、問い返す。その、兜の奥の瞳は、静かに、主の、次の言葉を、待っていた。


「『見捨てられた土地』の、奥地。例の、亜人の村だ」

ギュンターは、指を組み、その上に、自らの、たるんだ顎を乗せた。その姿は、まるで、獲物を前にした、巨大な、肉食獣のようだった。

「……噂の、真偽を、確かめてこい」


彼は、ゆっくりと、その、ミッションの、詳細な、パラメータを、定義し始めた。それは、商業ギルドの、曖昧な情報とは、比較にならない、軍事行動としての、緻密な、要求仕様だった。


「第一に、街道の、実態。本当に、人間が作ったとしか思えない、規格化された道が存在するのか。その、構造、材質、そして、どこまで、続いているのか。全て、記録しろ」

「御意」


「第二に、村の、防衛施設。城壁の、高さ、厚さ、材質。見張り台の数と、配置。そして、何よりも、その、防御能力が、我が、王国の、正規軍の、攻撃に、どの程度、耐えうるものなのか。お前の、専門家としての、目で、正確に、査定アセスメントしろ」

「御意」


「第三に、奴らの、戦力。村に、いる、亜人の、正確な、数と、種族構成。そして、武器の、質と、量。噂にあるような、ドワーフ製の、鋼の武具が、本当に、存在するのか。存在するならば、それは、量産されているのか。……可能であれば、サンプルを、一つ、持ち帰れ」

その言葉には、隠しきれない、貪欲な、響きが、混じっていた。


「そして、最後に、……奴らの、指導者だ」

ギュンターの、灰色の瞳が、氷のように、細められる。

「噂では、人間の、子供だという。……その、正体を、探れ。何者で、どこから来て、そして、何を、目的としているのか。……決して、接触はするな。だが、その目で、確かに、見て、その特徴を、報告しろ」


「…………御意」

ヴォルフラムは、短く、しかし、重々しく、答えた。

彼は、音もなく、一礼すると、再び、影の中へと、溶けるように、消えていこうとした。


「待て、ヴォルフラム」

ギュンターの、声が、彼を、引き止めた。


「……閣下?」


「……もし、万が一、だ。……万が一、奴らが、お前たちの、存在に、気づき、敵対行動を、取ってきた、場合は……」

ギュンターは、そこで、一度、言葉を切った。

そして、その、薄い唇に、残酷な、三日月のような、笑みを、浮かべた。


「――皆殺しに、してこい。……女子供は、生かしておけ。……良質な、労働力は、いつだって、歓迎だ」


その、あまりにも、冷酷な、命令。

だが、ヴォルフラムの、兜の奥の瞳は、微動だに、しなかった。

「……御意」

彼は、再び、一礼すると、今度こそ、音もなく、影の中へと、完全に、姿を消した。


一人、残された、執務室で。

ギュンター・フォン・ロックウェルは、銀の杯に、残っていた、極上のエールを、一気に、飲み干した。

そして、彼は、満足げに、息を吐いた。

これで、いい。

これで、全ての、駒は、動き出した。

噂が、真実であろうと、虚偽であろうと、もはや、どちらでも、よかった。

真実であれば、その、技術と、富を、奪い、そして、脅威の芽を、摘み取る。

虚偽であれば、秩序を乱した、不届きな、獣共を、見せしめに、処刑する。

どちらに転んでも、自分に、損はない。

それこそが、支配者としての、絶対的な、特権だった。


フロンティア村の、穏やかな、日常。

その、温かい光に、気づいたのは、一攫千金を夢見るハイエナたちだけではなかった。

より冷酷で、より貪欲で、そして、より圧倒的な「文明の暴力」を体現する、獅子の斥候が、確かに、その、飢えた牙を、研ぎ澄ましながら、静かに、しかし、確実に、その、足音を、近づけてきていた。

ケイたちの、本当の戦いは、まだ、始まってもいなかった。


――第三巻・了――

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

これにて、第三巻『技術革新と交易の始まり』は、完結となります。


冬を乗り越え、新たな仲間と技術を手に入れたフロンティア村。ついに、外の世界との接触を果たしましたが、その出会いは、彼らの未来に、無限の可能性と、そして、避けられぬ、大きな脅威の両方を、もたらしました。

商人バートが持ち帰った噂は、野心的な商人たちを動かし、そして、ついに、物語の最初の、本格的な「敵」となるであろう、ギュンター辺境伯の、冷たい視線を、彼らに向けさせることになりました。


次回より、第四巻『都市計画と法の制定』が、スタートします!

交易の噂を聞きつけ、フロンティア村には、さらに多くの、亜人たちが、集まり始めます。村は、急速に、その規模を拡大させ、やて、一つの「都市」へと、変貌を遂げようとしていました。

しかし、その成長は、新たな、内部の問題を生み出します。そして、外からは、ギュンター辺境伯の、軍事的な圧力が、刻一刻と、迫ってきます。


もし、この物語の続きが気になる、ケイたちの、次なる挑戦を、応援したい、と思っていただけましたら、ぜひ、ブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価を、何卒、よろしくお願いいたします。

皆様からの応援が、作者が、第四巻の、壮大な都市を、設計するための、何よりの力となります。


それでは、また、新しい章で、お会いしましょう!

本当に、ありがとうございました!

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