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第7節:環境構築:サバイバルという名のプロジェクト

いつもお読みいただき、ありがとうございます。ブックマーク、評価、そして温かい感想、全てが私の力になっています。

前回、ついに言葉を交わしたケイとルナリア。

利害の一致から始まった二人の関係は、この過酷な森でどのように変化していくのでしょうか。

今回は、二人のサバイバル生活が本格的にスタートします。元SEの知識と兎族の知恵が交差する、異世界生活の幕開けです。

それでは、本編をお楽しみください。

ケイがルナリアを連れてきたのは、彼が水場を探す途中で見つけておいた岩場の洞窟だった。

入り口は狭く、大柄な魔物では侵入が難しい。内部は大人二人が横になれる程度の広さで、地面は乾いており、奥には僅かながら外光が差し込む亀裂がある。防衛性、居住性、換気性。サバイバル環境における拠点として、及第点を与えられる物件だった。


「……ここを、当面の拠点とする」


ケイは、ルナリアの身体をそっと壁際に下ろしながら、プロジェクトの開始を宣言するように言った。

ルナリアは、まだ警戒を解いていない真紅の瞳で、洞窟の内部を素早く観察する。彼女の長い兎耳が、洞窟内に反響する微かな音を拾っていた。


「……確かに、雨風を凌ぐには十分。でも、水は? 食料は? ここでどうやって生きていくの」


彼女の問いは、極めて現実的で、生存という課題に対する本質的なものだった。感情的な混乱を見せず、即座に問題点を指摘してくるあたり、彼女もまた、ケイとは違う種類の合理的な思考の持ち主であることを窺わせた。


「問題は一つずつ解決する。最優先事項は、インフラの整備だ」


「いんふら?」


聞き慣れない言葉に、ルナリアの耳がぴくりと動く。

ケイは答えず、行動で示すことにした。彼はまず、先ほど見つけた泉へと向かう。そして、その周辺の土や石、木の枝などを、片っ端から《アナライズ》していった。


(……よし。使える素材は揃っている)


前世であれば、ホームセンターにでも行かなければ手に入らないような代物も、この世界では、知識とスキルさえあればその場で「生成」できる。これは、圧倒的なアドバンテージだった。


ケイは洞窟に戻ると、おもむろに《クリエイト・マテリアル》を発動させた。

彼の小さな手のひらの上に、光の粒子が収束し、一つの物体を形成していく。

現れたのは、底に小さな穴がいくつも空いた、素焼きの壺のようなものだった。


「何、それ?」


ルナリアが訝しげに尋ねる。

「コンテナだ。これから、簡易的な浄水装置を構築する」


ケイはそう言うと、今度は泉の近くで集めてきた砂利、砂、そして焚き火の跡から拾ってきた炭を、再び《アナライズ》にかけた。それぞれの粒子の大きさ、成分、不純物の有無を精密に計測する。


▼ 対象:川砂

┣ 主成分:二酸化ケイ素

┣ 特性:多孔質。物理的な濾過に適している。


▼ 対象:木炭

┣ 主成分:炭素

┣ 特性:微細な孔が多数存在。不純物や臭いを吸着する効果が高い。


(……問題ない。これなら、十分に機能する)


彼は、前世のアウトドア知識を総動員し、脳内で完璧な設計図を描き出す。

まず、生成した壺の底に、大きめの砂利を敷き詰める。次に、少し粒の細かい砂利。その上に、細かく砕いた炭の層を作る。さらにその上に、洗浄した砂の層を重ね、最後にまた少し粗い砂利を置く。

物理濾過と化学吸着を組み合わせた、多層式の濾過フィルターだ。


彼は、もう一つ、今度は穴の空いていない壺を生成し、それをフィルターの下に設置した。そして、川から汲んできた濁った水を、上からゆっくりと注ぎ入れる。

水は、幾重にも重なったフィルターの層を、ゆっくりと浸透していく。

やがて、下の壺に、ぽたり、ぽたりと、透明な雫が落ち始めた。


ルナリアは、その光景を信じられないものを見るような目で見ていた。

彼女たち亜人も、水を飲む前には煮沸する。それが、病を防ぐための古くからの知恵だった。だが、目の前の少年は、火も使わずに、ただ土や炭を重ねただけの奇妙な装置で、濁った水を透明な水滴に変えてみせたのだ。


「……すごい」


思わず、感嘆の声が漏れた。

ケイは、下の壺に溜まった水を指ですくい、舐めて確認する。そして、おもむろに《アナライズ》を実行した。


▼ 対象:濾過水

┣ 成分:H2O 99.9%、ミネラル成分0.1%

┣ 不純物レベル:98%除去(細菌類、重金属イオン含む)

┗ 飲用性:極めて安全。


「これで、安全な飲料水を安定して確保できる。インフラ整備の第一段階は完了だ」


ケイは、こともなげに言った。

ルナリアは、言葉を失っていた。目の前の少年が持つ「スキル」というものが、いかに規格外の力であるかを、改めて思い知らされた。


次にケイが取り掛かったのは、火の確保だった。

彼は、洞窟の隅に、周囲から集めてきた平たい石を積み上げ始めた。

前世の知識を元に、熱効率が良く、煙の排出もコントロールしやすい「ロケットストーブ」の構造を再現していく。石をL字型に組み、燃焼室と、煙突の役割を果たすヒートライザーを構築する。


「何をしているの? そんなところで火を焚いたら、煙で燻されるだけ」


ルナリアが、当然の疑問を口にする。

「問題ない。排煙システムも同時に構築する」


ケイは、洞窟の壁の粘土を《アナライズ》し、耐火性が高いことを確認すると、《クリエイト・マテリアル》でそれを練り上げ、簡易な煙突管を生成した。そして、それをロケットストーブの排気口と、天井近くの岩の亀裂へと繋げる。

火口で火打石(これもスキルで生成した)を打ち鳴らすと、乾いた葉に火がつき、燃焼室の中で勢いよく燃え上がった。

驚くべきことに、煙はほとんど洞窟内に広がることなく、そのほとんどが粘土の煙突を通って、岩の亀裂から外へと排出されていった。


ルナインは、その光景に再び目を見張った。

煙の出ない、かまど。

それは、彼女の常識を覆す発明だった。これならば、魔物に居場所を知られるリスクを最小限に抑えながら、火を使うことができる。


「……貴方、一体、何者なの」


ルナリアの問いに、ケイは薪をくべながら、淡々と答えた。

「ただの、システムエンジニアだ。今は無職だが」


その答えは、ルナリアにとって何の意味もなさなかった。


ケイがインフラ整備を進めている間、ルナリアもまた、自分の役割を果たしていた。

彼女の身体はまだ本調子ではなかったが、薬師としての知識と経験が、じっとしていることを許さなかった。

彼女は、洞窟の周辺をゆっくりと歩き回り、食べられる植物や、薬になる薬草を摘み集めていく。


彼女の知識は、ケイの《アナライズ》とは全く違うアプローチで、森の情報を引き出していく。

ケイのスキルが、対象をデジタルデータとして分解・解析するものだとすれば、ルナリアの知識は、長年の経験と伝承によって培われた、アナログで、しかし深い洞察に満ちたものだった。


「これは、ニガヨモギ。食べられないけど、煎じて飲めば、お腹の調子を整える。貴方が作ったポーションもどきより、よっぽど効く」

「こっちの赤い実は、そのまま食べると痺れるけど、一度茹でこぼせば、貴重な糖分になる」

「このキノコは……ケイ、貴方がさっき『毒キノコ』だって言ってたやつ。確かに毒はあるけど、少量なら、逆に身体を温める興奮剤になる。使い方次第」


ルナリアは、ケイが《アナライズ》で得た情報を、自らの知識で補完し、時には覆していく。

ケイは、その様子に素直に感心した。

彼のスキルは万能に見えて、完全ではなかった。《アナライズ》は、あくまで物質の成分や特性を客観的に分析するだけだ。それを、どのように「活用」するかという知恵、すなわち応用技術アプリケーションの面では、この世界の専門家であるルナリアに、遥かに及ばなかった。


(……なるほど。これが、専門家の知識か)


彼は、ルナリアという存在の価値を再評価した。彼女は、単なる保護対象ではない。この過酷な環境を生き抜くための、対等なパートナーになりうる存在だ。


その日の夕方。

洞窟の中では、ケイが作ったかまどで、ルナリアが集めてきた芋のような根菜と、香りの良いキノコを煮込んだスープが、ことことと音を立てていた。

ケイが生成した、歪な形の土鍋から立ち上る湯気は、食欲をそそる良い匂いがした。


二人は、無言で、その熱いスープを啜った。

味付けは、近くの岩場から採取した岩塩のみ。それでも、空腹の身体には、これ以上ないご馳走だった。

前世で、コンビニの弁当や、エナジードリンクばかりを流し込んでいた生活を思えば、天国のような食事だった。


食事を終え、洞窟の入り口から、夕闇に染まる森を眺める。

昼間とは打って変わって、森は不気味な鳴き声と、得体の知れない気配に満ちていた。


「……これから、どうするの」


ルナリアが、ぽつりと呟いた。

その声には、もう昼間の刺々しさはなかった。


「まずは、生き延びる。情報を集め、仲間を探し、安全な定住地を確保する。そのための、長期的なプロジェクトを、これから始める」


ケイは、まるでクライアントにプロジェクトの概要を説明するかのように、冷静に答えた。

その青い瞳は、暗い森の、さらにその先にある、まだ見ぬ未来を見据えているようだった。


ルナリアは、そんなケイの横顔をじっと見つめていた。

この少年は、一体どこまで見えているのだろう。

その、あまりにも大きなビジョンに、彼女は少しの畏怖と、そして、ほんの僅かな期待を感じ始めていた。


こうして、元・社畜SEと、兎族の薬師の、奇妙なサバイバル生活が始まった。

互いの能力を認め、互いの知識を補い合う。

それは、後に大陸全土を揺るがすことになる、巨大なプロジェクトの、最初のプロトタイプだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ケイの現代知識とルナリアの異世界知識、二人のスキルが合わさって、少しずつ生活の基盤ができてきました。

しかし、この森は、そんな彼らの穏やかな日常を許してくれるほど、甘くはないようです。

次回、ついに夜の森の脅威が、二人に襲いかかります。

「面白い!」「二人の今後が気になる!」と思っていただけましたら、

ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価で、応援のほどよろしくお願いいたします。皆様の応援が、毎日更新のガソリンです!

次回の更新は、本日19時半頃。どうぞ、お楽しみに。

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