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第63節: 最初の交易所:未知とのインターフェース

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。皆様の温かい応援に支えられ、フロンティア村はついに、外の世界へとその扉を開く決意を固めました。


前回、ケイが提唱した「交易」という新たな戦争。それは、武力ではなく、圧倒的な技術力を武器に、この世界の経済を支配するという、あまりにも壮大な挑戦でした。しかし、その第一歩を踏み出すためには、売るべき商品も、そして、取引相手もいません。


今回は、その未知なる戦場で戦うための、最初の拠点作りが始まります。そして、この重要な任務を託されたのは、村の新たな仲間、猫獣人族のリリナでした。彼女たちの斥候としての真価が、今、発揮されます。

それでは、第三巻の第三話となる第六十三話、お楽しみください。

「――僕たちは、これから、『経済』という名の、全く、未知の、そして、全く、新しい、戦場へと、足を踏み入れる。……そして、今の僕たちには、その、物差しの、読み方さえ、分からないんだ」


ケイの、静かな、しかし、あまりにも重い宣告は、フロンティア村の最高幹部たちが集う会議室を、水を打ったような静寂に包み込んだ。

つい先ほどまで、彼らの心を支配していた、未知なる外の世界への、野心と興奮の炎。それは、ケイが突きつけた、「価値」という、あまりにも曖

昧で、そして、あまりにも根源的な、巨大な壁の前に、その勢いを失いかけていた。


最初に、その沈黙を破ったのは、やはり、ガロウだった。彼は、その傷だらけの顔に、純粋な困惑の色を浮かべ、頭をガシガシと掻きながら、唸った。

「……分かんねえ。俺には、さっぱり、分かんねえぞ、大将。俺たちの作った、この最高の鋼の剣が、なぜ、金貨一枚なのか、銀貨百枚なのか。そんなもん、欲しい奴が、出せるだけの金を、出せばいいだけの話じゃねえのか?」


その、あまりにも、シンプルで、そして、あまりにも、本質的な問い。それは、この場にいる、ほとんどの獣人たちの、偽らざる本音だった。

彼らの社会には、「市場」という概念が、存在しなかった。必要なものは、自ら作り出すか、あるいは、仲間内で、物々交換をする。そこに、第三者が介入する「価格」という、見えざる神の手は、存在しなかったのだ。


「その、『欲しい奴が出せるだけの金』を、どうやって、僕たちが知る?」

ケイは、静かに、問い返した。

「最初の客に、金貨一枚で売れたとしよう。だが、もし、その客が、本当は、金貨十枚を払うつもりだったとしたら?


僕たちは、金貨九枚分の、本来得られるはずだった利益を、失ったことになる。それは、プロジェクトにおける、機会損失オポチュニティ・ロスと呼ばれる、重大な失敗だ」


彼の、システムエンジニアらしい、どこまでも合理的な思考は、獣人たちの、素朴な価値観とは、あまりにも、かけ離れていた。


「逆に、僕たちが、金貨十枚という値をつけたとしよう。だが、もし、大陸の市場で、同程度の剣が、銀貨五十枚で取引されていたとしたら?


僕たちの剣は、一本も、売れないだろう。それどころか、『亜人の分際で、法外な値を吹っかける、強欲な連中だ』という、悪評だけが、広まるかもしれない。そうなれば、僕たちが目指す、経済による支配など、夢のまた夢だ」


その、あまりにも、的確な、リスクの指摘。

リーダーたちは、ぐっと、言葉に詰まった。

そうだ。価値が分からない、ということは、自分たちが、一方的に、損をするか、あるいは、相手に、不快感を与えるかの、どちらかの未来しか、待っていない、ということなのだ。


「……では、どうするのだ、小僧」

沈黙を破ったのは、ドゥーリンだった。彼の、髭の奥の瞳には、先ほどの、職人としての反発心は消え、未知の課題に対する、技術者としての、純粋な探究心が宿っていた。

「わしらに、値付けの知識がない以上、打つ手なし、ということか」


「いや、手はある」

ケイは、きっぱりと言った。

「情報がないのならば、情報を、集めればいい。僕たちは、今、圧倒的に、インプットが不足しているんだ。この大陸の、経済という、巨大なシステムが、どのような、ルール(プロトコル)で動いているのか。その、仕様書を、手に入れる必要がある」


彼は、机の上に広げられた、大陸地図の、一点を、指さした。

それは、フロンティア村から、北東へ、約十キロ。自分たちが、汗と、血と、そして、希望を込めて切り拓いた、『北東街道』の、その、先端だった。


「――ここに、僕たちの、最初の『観測拠点』を、設置する」


ケイの、その宣言に、全員の視線が、地図上の一点へと、集中した。


「それは、店ではない。砦でもない。ただの、小さな、『交易所』だ。そこには、商品を並べるが、値札は、つけない。そして、訪れた、全ての商人に対し、ただ、こう、告げるんだ。『我々は、これらの品物に、見合うだけの、価値ある品を、求めている』、と」


それは、あまりにも、原始的な、物々交換の、提案だった。

だが、その、真の狙いは、別の場所にあった。


「僕たちの目的は、取引そのものではない。取引の『過程』で、相手から、情報を引き出すことだ。彼らが、どんな品物を、どれくらいの量、提示してくるのか。彼らが、我々の、どの商品に、最も、興味を示すのか。そして、彼らが、何気なく口にする、街の噂話、商品の相場、そして、ギルドの動向。その、全ての、生きた情報ログデータを、僕の《アナライズ》で、収集し、分析する。そうすれば、いずれ、この、巨大なブラックボックスの、アルゴリズムが、見えてくるはずだ」


それは、まさに、システムエンジニアの、発想だった。

未知のAPIの仕様を探るために、様々な、リクエストを投げ、その、レスポンスを、一つ一つ、解析していく。地道で、そして、根気のいる、リバースエンジニアリング。


「そして、その、最も、重要な任務を、託せるのは、君たちしかいない」


ケイの視線が、会議室の、末席に、静かに座っていた、一人の、猫の少女へと、向けられた。

リリナ・テールウィップ。

この村の、新たな仲間となった、猫獣人族の、若き、リーダー。


「――リリナ」


名を呼ばれ、リリナの、華奢な肩が、びくりと震えた。その、美しい、金色の瞳が、驚きと、戸惑いに、大きく、見開かれる。

「……は、はい!」


「君と、君の仲間たちに、この、『観測拠点』の、運営と、そして、周辺を行き交う、商人を探し出す、任務を、一任したい」


その、あまりにも、唐突な、そして、あまりにも、重大な、任命。

リリナは、言葉を、失った。

自分たちは、この村に来て、まだ、日も浅い。ただ、食料を、恵んでもらい、命を、救われただけの、新参者。そんな自分たちが、村の、未来を左右する、かくも、重要な、プロジェクトを、任されるなどと。


「……で、ですが、大将様……!」

彼女は、慌てて、立ち上がった。

「わ、私たちのような、新参者に、そんな、大役は……!


もっと、古くから、村に貢献してきた、ガロウさんたち、狼獣人族の方々こそが、相応しいのでは……!」


その、あまりにも、謙虚で、そして、誠実な、言葉。

だが、ケイは、静かに、首を、横に振った。


「これは、信頼の証だ、リリナ。そして、僕の、合理的な、判断でもある」

彼の、青い瞳が、リリナの、その、不安げに揺れる、金色の瞳を、まっすぐに、射抜いた。

「この任務に、必要なのは、腕力ではない。必要なのは、忍耐力、観察眼、そして、相手の、懐に、警戒されずに、スッと、入り込む、コミュニケーション能力だ。……それは、誇り高く、そして、いささか、猪突猛進な、狼たちには、向いていない」


その言葉に、ガロウが、「うぐっ」と、呻き声を上げる。あまりにも、的確な、評価だった。


「君たち、猫獣人族は、生まれながらの、斥候であり、そして、交渉人だ。その、しなやかな、思考と、人懐っこい、気質こそが、この、繊細な、情報戦において、最強の、武器となる。……僕は、君たちの、その、ポテンシャルに、賭けたいんだ」


そして、彼は、少しだけ、声を、和らげて、付け加えた。

「それに、君は、僕が、最初に、助けた、仲間の一人だ。……僕が、君を、信じなくて、誰を、信じる?」


その、あまりにも、真っ直ぐで、そして、あまりにも、温かい、信頼の言葉。

リリナの、金色の瞳が、潤んだ。

彼女は、心の、奥の、奥が、じわりと、熱くなるのを、感じていた。

この少年は、自分を、ただの、保護対象としてではなく、一人の、能力ある、仲間として、認めて、くれている。

その、事実が、彼女の、心の奥底にあった、故郷を失った、無力感を、完全に、溶かしてくれた。


「…………はいッ!」


彼女は、顔を上げた。その、美しい顔には、もう、迷いも、戸惑いもなかった。

そこにあるのは、自らに与えられた、重要な、任務を、必ずや、成し遂げてみせるという、フロンティア村の、初代、諜報部長としての、誇りと、決意の光だけだった。


「この、リリナ・テールウィップ!


大将様の、ご期待に、我が、一族の、全てを懸けて、応えてみせます!」


その、力強い宣言。

それは、フロンティア村の、歴史に、また一つ、新たな、そして、極めて、重要な、歯車が、噛み合った、瞬間だった。


こうして、ケイの、壮大な、経済戦争は、その、最初の、一歩を、踏み出した。

それは、まだ、誰も、その、本当の価値を知らない、街道沿いの、小さな、小さな、交易所から、始まる。

だが、その、小さな、一点から、やがて、この、大陸の、全ての、富と、情報が、流れ込み、そして、流れ出ていく、巨大な、奔流が、生まれようとしていることを、まだ、誰も、知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、フロンティア村の、最初の「交易所」の建設計画が、始動しました。そして、その、重要な任務を、我らが猫獣人族のヒロイン、リリナが、引き受けることになりました。

彼女の、斥候としての、そして、交渉人としての、才能が、これから、どう、開花していくのか。どうぞ、ご期待ください。


さて、交易所は、作られることになりました。しかし、肝心の、「客」は、来るのでしょうか。

次回、ついに、フロンティア村に、最初の、人間の、商人が、訪れます。

亜人の村と、侮っていた彼が、そこで、目の当たりにする、常識外れの、光景とは。


「面白い!」「リリナ、頑張れ!」「経済戦争、本格的に始まってきた!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、交易所を、訪れる、最初の、お客さんを、呼び込む力となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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