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第61節: 自給自足の限界(ボトルネック)

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援のおかげで、物語は無事に第二巻『冬の攻防』を終え、第三巻『技術革新と交易の始まり』編へと、新たな一歩を踏み出すことができました。


絶望的な冬と、ゴブリンの大群による侵攻。その二つの大きな試練を、知恵と勇気、そして仲間との絆で乗り越えたフロンティア村。彼らが手にしたのは、束の間の平穏と、自らの力で未来を勝ち取ったという、揺るぎない自信でした。


しかし、我らがプロジェクトマネージャー、ケイ・フジワラの歩みは止まりません。彼の視線は、既に、村の、そしてこの大陸の、さらにその先にある未来へと向けられています。

新たな仲間、未知なる技術、そして、外の世界との接触。フロンティア村の、次なるステージが、今、幕を開けます。


それでは、第三巻の最初の物語、第六十一話をお楽しみください。

春の光は、フロンティア村の新しい心臓を、祝福するかのように照らし出していた。

村の西地区に新設された工業区画。その中心に鎮座する『反射炉』は、もはや休むことなくその赤い舌を覗かせ、村の技術革新を支える希望の炎を燃やし続けている。その隣に併設されたドゥーリン・ストーンハンマーの工房からは、これまでとは比較にならないほど高く、澄み渡った鋼を打つ音が、心地よいリズムとなって村中に響き渡っていた。


「――違うッ!

この、ど素人が!

焼き入れの温度が、コンマ二秒、早いわッ!

これでは、鋼の魂が、完全に目覚めん!

やり直せ!」


ドゥーリンの雷鳴のような怒声が、工房に響き渡る。

彼の前では、狼獣人とドワーフの若い弟子たちが、汗だくになりながら、必死に師匠の神業を学んでいた。彼らの作る農具や武具の品質は、この一ヶ月で、素人目には分からないレベルまで向上していた。だが、師である伝説の工匠の目には、まだ、ゴミの山にしか見えないようだった。


工房の片隅では、もう一つの、静かな技術革新が進行していた。

エリアーデ・ウィンドソング。フロンティア村に新たなる風を吹き込んだ、若きエルフの精霊術師。彼女は、ドゥーリンが呆れ顔をしながらも完璧に作り上げた、鋼鉄製の紡績機と織機の前に立ち、その美しい指先から、淡い緑色の魔力を放っていた。


「……風の精霊よ。糸に、加護を」


彼女の囁きに応え、紡がれる麻の糸に、風の精霊の力が宿っていく。それは、ただの糸ではなかった。驚くほど軽く、しなやかで、そして、風を通しにくい、魔法の布を織り上げるための、奇跡の素材だった。エルフ族に古くから伝わる「魔法付与エンチャント」の技術が、ドワーフの工業技術と融合した、歴史的な瞬間だった。


この光景は、フロンティア村の、ほんの一端に過ぎない。

農業、工業、医療、防衛。あらゆる分野で、エルフとドワーフという二つの古代種族の叡智が、ケイの異世界知識という触媒によって、爆発的な化学反応を起こしていた。

村は、豊かになっていた。そして、強くなっていた。誰もが、この平和が、この発展が、永遠に続くと信じ始めていた。


――だが、そのシステムの設計者だけが、その、穏やかな成長曲線の中に、やがて訪れるであろう、致命的な「限界」を、正確に予測していた。


その日の朝会は、穏やかな雰囲気の中で始まった。

各チームのリーダーからの報告は、どれも、希望に満ちたものばかりだった。

「畑の開墾は、計画を前倒しで進んでいる。新しい鋼鉄の鍬のおかげで、これまでの三倍の速度だ」

「備蓄倉庫も、第二、第三倉庫が、もうすぐ完成する。これで、次の冬は、枕を高くして眠れるぜ」

「負傷者も、病人も、一人もいない。ルナリア様の新しい薬は、奇跡のようだ」


その、満足げな報告の数々を、ケイは静かに頷きながら聞いていた。そして、全ての報告が終わったのを確認すると、彼は、静かに、しかし、その場の空気を一変させる、一つの爆弾を投下した。


「――皆、聞いてくれ。このままでは、この村は、いずれ、緩やかに、死ぬ」


その、あまりにも衝撃的な言葉に、会議室は、水を打ったように静まり返った。

リーダーたちの、誇らしげだった顔が、一瞬で、困惑と、不信の色に変わる。


「……ど、どういうことだ、大将?」

ガロウが、代表して、その問いを口にした。彼の黄金色の瞳には、「この村の、どこに、死の影があるというのだ」という、純粋な疑問が浮かんでいた。


「僕たちの村は、今、完璧な『自給自足』のシステムを、ほぼ完成させつつある」

ケイは、机の上に広げられた村の発展計画図を、指でなぞりながら、説明を始めた。

「食料も、武器も、衣服も、全てを、自分たちの手で作り出す。外部からの、いかなる干渉も、受け付けない。それは、一見、完璧な、理想郷のように見える。……だが、それは、大きな、間違いだ」


彼の視線が、エリアーデへと向けられる。

「エリアーデ殿。あなたの故郷、エルフの森が、なぜ、滅びかけていたか、覚えているか?」

「……それは……」

エリアーデは、はっとしたように、顔を上げた。

「……あまりにも、閉鎖的すぎたから。外部との、交流を断絶し、淀んだ魔素の中で、緩やかに、生命力を、失っていった……」


「その通りだ」

ケイは、力強く頷いた。

「共同体も、システムも、同じだ。外部から、新しい情報、新しい技術、新しい資源、そして、新しい『価値観』を取り込むことをやめた組織は、必ず、内側から、硬直し、腐敗し、そして、滅びる。今の僕たちの村は、まさに、その、一歩手前にいる」


彼は、ドゥーリンへと、向き直った。

「ドゥーリン殿。あなたの反射炉は、最高の鋼を生み出す。だが、その鋼を作るための、鉄鉱石は、無限ではない。村の近くの鉱床は、僕の計算では、あと五年で、枯渇する。より高品質な鋼を作るための、希少な金属レアメタルは、この土地には、存在しない。……その時、あなたはどうする?」

「……む……」

ドゥーリンは、ぐっと、言葉に詰まった。


ケイは、次に、ルナリアを見た。

「ルナリア。君の作る薬は、多くの命を救う。だが、この土地に、自生していない薬草は、どうする?

君の知識の中には、海の向こうの、未知の大陸にしか存在しない、万病に効く、幻の薬草の記録もあるはずだ。それを、手に入れたいとは、思わないか?」

「……それは……」

ルナリアの、真紅の瞳が、薬師としての、純粋な探究心に、揺れた。


ケイは、立ち上がると、集まった全てのリーダーたちを、見渡した。

「僕たちの村は、今、一つの、大きな岐路に立っている。このまま、この、小さく、しかし、安全な箱庭の中で、満足して、緩やかな衰退を待つのか。……あるいは、リスクを冒してでも、外の世界と、関わり、無限の、可能性の扉を開くのか」


彼は、そこで、一度、言葉を切った。そして、彼の、本当の、提案を、口にした。

「僕は、後者を、選ぶ。……これより、フロンティア村は、『交易』を、始める」


交易。

その言葉が持つ、本当の意味を、その場にいた、ほとんどの者は、理解できなかった。

彼らにとって、外の世界とは、人間とは、ただ、自分たちを、虐げ、搾取するだけの、敵でしかなかったからだ。


「……正気か、大将!」

やはり、最初に、声を上げたのは、ガロウだった。

「交易だと!?

誰と、取引するってんだ!

人間共と、か!?

奴らは、信用できねえ!

必ず、俺たちを、騙し、裏切り、そして、全てを、奪いに来るぞ!」


その、魂からの叫びに、他の獣人たちも、次々と、頷いた。彼らの心に、深く刻まれた、人間への不信感は、まだ、癒えてはいなかった。


「フン。わしの、魂を込めて打った、この鋼を、価値も分からん、下賤な人間に、売り渡すなど、反吐が出るわ」

ドゥーリンもまた、侮蔑の色を、隠そうともしない。


その、あまりにも、真っ当な、感情的な反発。

だが、ケイは、それを、完全に、予測していた。

彼は、冷静に、彼らの、感情という名の、ファイアウォールを、突破するための、ロジックを、展開した。


「君たちの、懸念は、もっともだ。だが、それは、僕たちの、『力』を、過小評価している」

ケイの、青い瞳が、強い光を宿す。

「僕たちが、人間と、対等に渡り合えなかったのは、なぜか?

それは、僕たちが、弱かったからだ。技術も、組織も、そして、何よりも、『経済力』という、力を持たなかったからだ」


彼は、机の上に、ドゥーリンが作った、一本の、美しい短剣を、置いた。

「この短剣。これを、もし、君たちが、人間から、金で買うとしたら、いくらで買う?

銀貨、百枚か?

二百枚か?

……だが、もし、僕たちが、この短剣を、銀貨、十枚で、売ったとしたら、どうなる?」


その、奇妙な問いに、リーダーたちは、首を傾げた。


「答えは、簡単だ。大陸中の、全ての戦士、全ての傭兵、全ての騎士が、喉から手が出るほど、この短剣を、欲しがるだろう。そして、彼らが、普段、使っている、ナマクラの剣は、一つも、売れなくなる。……つまり、僕たちは、この、たった一本の短剣で、大陸の、武器市場の、価格を、そして、秩序を、支配することができるんだ」


それは、彼らが、これまで、一度も、考えたことのない、戦い方。

武力ではなく、経済による、支配。


「僕たちが、これから始めるのは、ただの、物々交換ではない。僕たちの、圧倒的な『技術力』を、武器とした、新しい、戦争だ」

ケイは、宣言した。

「僕たちは、もはや、一方的に、搾取されるだけの、弱い存在ではない。僕たちは、大陸の、どの国も、無視できない、最高の、製品プロダクトを、生み出すことができる、唯一の、生産拠点だ。その、絶対的な、優位性を、最大限に、活用する。……僕たちは、買い手を選ぶ。売り手を選ぶ。そして、価格を、決める。僕たちの、ルールの上で、彼らに、取引をさせてやるんだ」


その、あまりにも、傲慢で、しかし、あまりにも、魅力的な、未来のビジョン。

リーダーたちの、瞳の色が、変わっていく。


「交易は、僕たちの村に、富をもたらす。その富は、僕たちの、防衛力を、さらに、高める。僕たちの、生活を、さらに、豊かにする。そして、何よりも、僕たちの、『理想』を、この大陸に、知らしめる、最高の、宣伝プロパガンダとなる」


彼は、最後に、こう、締めくくった。

「僕たちが、目指すのは、ただの、亜人の、理想郷ではない。大陸の、経済の、中心地。全ての、富と、技術と、情報が、この、フロンティア村に、集まる、新しい、時代の、震源地だ。……その、壮大な、プロジェクトに、君たちの、力を、貸してはくれないか?」


その、魂を、揺さぶるような、問いかけ。

ガロウも、ドゥーリンも、そして、他の、全てのリーダーたちも、もはや、反論の言葉を、持たなかった。

彼らの心には、人間への、不信感を、遥かに、上回る、とてつもない、野心と、そして、興奮の炎が、灯されていた。


こうして、フロンティア村は、その、固く閉ざされていた、門を、自らの意志で、外の世界へと、開くことを、決意した。

それは、彼らの、穏やかな日常の、終わり。

そして、この、大陸の、勢力図を、根底から、塗り替えることになる、壮大な、経済戦争の、始まりを告げる、狼煙だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


エルフとドワーフの技術協力により、飛躍的な発展を遂げたフロンティア村。しかし、我らがプロジェクトマネージャー、ケイの視線は、既に、その先を見ていました。

自給自足からの脱却、そして、「交易」による、外の世界への進出。それは、大きなリスクを伴う、しかし、無限の可能性を秘めた、新たな挑戦です。

ケイの、社畜時代の経験が、今、異世界の「経済」を相手に、火を噴きます!


さて、交易を始めると決めたものの、彼らには、まだ、売るべき商品も、そして、取引相手もいません。

次回、ついに、フロンティア村の、最初の「特産品」が、誕生します。


「面白い!」「経済戦争、ワクワクする!」「ケイのプレゼン、相変わらず凄い!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、フロンティア村の、最初の、輸出品となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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