表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/62

第60節:再生のアルゴリズム:千年の淀みの終わり

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。皆様からのブックマーク、評価、そして温かい感想の一つ一つが、この物語を紡ぐ大きな力になっております。


前回、森を蝕む病の根源である、暴走した古代の遺物を前に、ケイはついにユニークスキルの第三権能、《システム・インテグレーション》を解放しました。しかし、その神業を実行するには、あまりにも膨大なエネルギーが必要でした。絶体絶命の状況の中、若き精霊術師エリアーデの魂の叫びが、千年の憎しみという壁を越え、森の民の心を一つにします。


種族を越えた想いが、虹色の魔力の奔流となって、今、一人の少年に託されました。

今回は、その奇跡が、どのような結末を紡ぐのか。物語が大きく、そして温かく動き出す第六十話、どうぞお楽しみください。

「――受け取りなさいッ! 我ら、森の民の、魂をッ!!!!」


エリアーデの絶叫が、古代の洞窟の最深部に木霊した。

彼女の両の手から放たれた虹色の魔力奔流は、もはや単なるエネルギーの塊ではなかった。それは、千年の長きにわたり、人間への不信と、外界への拒絶という、厚い壁の内側で、静かに、しかし、確かに受け継がれてきた、森を愛し、生命を慈しむ、エルフという種族の、魂そのものだった。


その、あまりにも純粋で、そして、あまりにも強大な想いの奔流が、ケイ・フジワラの、その小さな背中へと、激突する。

だが、それは破壊の衝撃ではない。

創造のための、最後のピース。

枯渇しかけていたケイの魔力リソースは、外部から供給された、この、無限とも思えるエネルギーによって、爆発的に、いや、指数関数的に増大していく。彼の身体の内側で、蒼い光の柱が、それまでの比ではないほどの、凄まじい輝きを放ち、天を衝いた。


「……う……おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


ケイの口から、苦痛ではない、歓喜の雄叫びが迸った。

それは、たった一人で、絶望的なデスマーチのゴールテープを切った時の、あの空虚な達成感とは、全く違う。信頼できる仲間から、最高のパスを受け取り、ゴールへと叩き込む、エクスタシーにも似た、純粋な高揚感。

彼の脳内で、停止しかけていた術式の構築プロセスが、何百倍もの速度で加速していく。暴走する古代の遺物――自律型魔力蓄積装置の、五千年分の、複雑怪奇なレガシーコード。その、全ての構造を、彼は、今や、完全に理解し、そして、掌握していた。


(……見つけたぞ。全てのバグの、根源ルート・コーズを)


それは、システムの、ほんの、些細な記述ミスだった。

経年劣化により、安定化術式の一部が破損した際、本来であれば、システム全体を安全に停止させるはずの、フェイルセーフ機能。その、条件分岐の、一行が、間違っていたのだ。

『IF "ERROR" THEN "SHUTDOWN"』

となるべきところが、何らかの要因で、

『IF "ERROR" THEN "ABSORB_MANA(MAX)"』

と、書き換わってしまっていた。

エラーが発生した場合、停止するのではなく、無限に、魔力を吸収し続ける。

たった、それだけの、一つのバグが、この森を、五千年もの間、緩やかな死へと、追いやっていたのだ。


(……ならば、僕がやるべきことは、一つだ)


ケイの意識は、もはや、彼の肉体を、離れていた。

彼は、蒼い光の化身となり、暴走するシステムの、さらに奥深く、その、魂とも言えるべき、中枢制御核セントラル・コアへと、ダイブしていく。

そして、彼は、その、エラーコードを、自らの、魂の指で、書き換えた。


――《システム・インテグレーション》。

それは、単なる、システムの統合ではない。

世界の、ことわりそのものを、再定義し、新しい、秩序を、創造する、神の領域の、権能。


ケイが、最後の、一行を、コミットした、瞬間。


世界から、音が、消えた。


洞窟の最深部で、禍々しい紫色の光を放ち続けていた、黒い水晶体。その、明滅が、ぴたり、と止まる。

周囲の空間を、歪ませていた、圧倒的な、負の魔力の瘴気が、まるで、朝霧が、晴れるかのように、すうっと、消え失せていった。

そして、黒い水晶体は、その、表面から、ぱら、ぱら、と、まるで、風化した砂のように、崩れ始めた。

五千年の、長きにわたり、この森を、呪い続けてきた、古代文明の負債。

その、あまりにも、あっけない、最期だった。



森が、歌っていた。

最初に、その変化に気づいたのは、洞窟の外で、息を殺して、成り行きを見守っていた、エルフたちだった。

ざわ、ざわ、と、全ての木々の葉が、一斉に、喜びの声を、上げている。

それは、エリアーデが歌った、『精霊の唄』への、アンサーソング。

ありがとう、と。

もう、苦しくないよ、と。

森全体が、その、生命力に満ちた、歓喜の歌を、歌っていた。


「……終わった……のか……?」

誰かが、か細い声で、呟いた。

その言葉を、証明するかのように。

彼らが、ずっと、その異変に、胸を痛めていた、北東の谷の方角。樹齢二千年の、長老樹が、立つ、その場所から、淡い、しかし、力強い、緑色の光の柱が、天に向かって、真っ直ぐに、立ち上った。

それは、長老樹が、再び、その生命力を、取り戻したことを告げる、再生の、狼煙だった。


「おお……! 長老樹が……!」

「精霊たちの、声が……! 帰ってきた……!」


エルフたちは、互いに、顔を見合わせ、そして、その、美しい顔を、くしゃくしゃに歪めて、泣き始めた。

それは、悲しみの涙ではない。

失われたはずの、故郷が、その、温かい胸の中に、再び、帰ってきた、歓喜の涙だった。


その、歓喜の輪の中心に。

洞窟の、暗い入り口から、三つの、人影が、ゆっくりと、姿を現した。

exhaustion しきって、蒼白な顔をしながらも、その青い瞳に、確かな、達成感の光を宿した、ケイ。

その、小さな身体を、必死に、支える、ルナリアと、エリアーデ。


その、三人の姿を、認めた、瞬間。

エルフたちの、歓喜の涙は、感謝と、そして、畏敬の念へと、変わった。

彼らは、誰に、言われるでもなく、その場に、深々と、膝をつき、この、小さな、森の救世主たちに、最大級の、敬意を、示した。



「……信じられん……」


エルフの集落の、中央。長老が住まう、巨大な樹の家で、ケイは、その、驚くべき報告を、聞いていた。

報告をしていたのは、エリアーデだった。彼女の顔には、まだ、疲労の色は濃いが、それ以上に、自らが、成し遂げた、偉業への、興奮と、誇りが、満ち溢れていた。


ケイたちが、森の汚染を浄化した、あの日から、三日が、経過していた。

長老は、ケイたちを、客人として、丁重に、自らの集落へと、招き入れたのだ。

そして、この三日間で、森は、奇跡的な、変化を、遂げていた。


「長老樹の、枯れていた枝からは、既に、新しい若葉が、芽吹き始めています。泉の、黒いヘドロも、一夜にして、完全に消え失せ、今では、五百年前の、純度を、取り戻した、と」

エリアーデの報告は、続く。

「そして、何よりも……。この三日間で、集落に、二人の、新しい命が、誕生しました。……この、百年、一人の、赤子も、生まれなかった、この村で……」

その声は、感動に、震えていた。


その報告を、長老は、ただ、黙って、聞いていた。

その、数世紀の時を、見てきた、深い瞳には、もはや、人間への、侮蔑の色は、なかった。

彼は、ゆっくりと、立ち上がると、ケイの前に、進み出た。

そして、その、古木の幹のような、身体を、深く、深く、折り曲げた。

エルフという、誇り高い種族の、長としての、最大限の、謝罪と、感謝の、形だった。


「……すまなかった、人間の子供よ。……いや、賢者殿」

その、しゃがれた声には、心からの、敬意が、込められていた。

「わしらは、間違っておった。千年の、憎しみに、目を曇らせ、本当に、見るべきものを、見失っておった。……この森を、そして、我ら、エルフの未来を、救ってくれたこと、……心より、礼を、言う」


「顔を、上げてください、長老」

ケイは、静かに、言った。

「僕が、やったことではない。この森を救ったのは、あなた方の、森を愛する、その、強い想いだ。僕は、ただ、その、手助けをしたに、過ぎない」


その、どこまでも、謙虚な、言葉。

長老は、ゆっくりと、顔を上げ、そして、その、皺だらけの顔に、何百年ぶりかの、穏やかな、笑みを、浮かべた。

「……賢者殿。……わしらに、何か、できることは、ないか。この、大恩に、報いるために、わしらが、差し出せるものがあるのなら、何でも、言ってもらいたい」


その、言葉を、ケイは、待っていた。


「……では、一つだけ」

ケイは、静かに、しかし、その、青い瞳に、強い、意志の光を宿して、言った。

「僕たちと、盟約を、結んでほしい。そして、あなた方の、その、優れた知識と、技術を、僕たちの、新しい国作りに、貸してはくれないだろうか」


その、あまりにも、真っ直ぐな、要求。

長老は、一瞬、ためらった。

だが、彼は、すぐに、力強く、頷いた。

「……よかろう。……いや、ぜひ、そうさせて、もらいたい。我ら、エルフ族は、今日この日より、フロンティア村の、そして、賢者殿の、永遠の、友となることを、この、森の名において、誓おう」


こうして、フロンティア村は、最初の、そして、最強の、同盟相手を、手に入れた。


その、歴史的な、会談が、終わった、夜。

エリアーデが、一人、ケイの、元を、訪れた。

月明かりが、差し込む、バルコニーで、二人は、静かに、言葉を、交わしていた。


「……ケイ」

エリアーデが、初めて、彼のことを、呼び捨てにした。

「……私も、フロンティア村へ、行っても、いいだろうか」

その、問いに、ケイは、驚かなかった。


「あなたは、エルフの、次期リーダー候補だ。この森を、離れて、いいのか?」

「だからこそ、行くのです」

エリアーデは、きっぱりと、言った。

「私は、この目で、見たい。あなたが、これから、創り上げていく、世界を。そして、学びたい。あなたの、その、知識と、そして、その、理想を。それが、いずれ、この森を、真の意味で、豊かにすると、私は、信じているから」

その、翡翠の瞳は、どこまでも、真っ直ぐに、ケイを、射抜いていた。

そこには、もう、憎しみも、侮蔑も、ない。

ただ、一人の、技術者として、そして、一人の、女性としての、純粋な、憧憬と、そして、淡い、恋慕の光が、宿っていた。


ケイは、その、あまりにも、真っ直ぐな、想いを、前にして、少しだけ、照れくさそうに、しかし、嬉しそうに、頷いた。

「……歓迎するよ、エリアーデ。……僕たちの、村へ」


こうして、ケイは、また一人、かけがえのない、仲間を、手に入れた。

それは、フロンティア村の、技術レベルを、飛躍的に、向上させる、大きな、大きな、一歩。

そして、ケイ自身の、個人的な、人間関係の、複雑さを、少しだけ、増すことになる、小さな、小さな、一歩でも、あった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


これにて、第三巻の、大きな山場であった、エルフ編が、完結となります。

千年の、憎しみの連鎖は、断ち切られ、フロンティア村は、エルフという、強力な、仲間を、手に入れました。そして、我らがヒロイン(?)、エリアーデも、ついに、ケイへの、想いを、自覚したようです。ルナリアとの、三角関係にも、ご期待ください(笑)。


さて、エルフと、ドワーフ。二つの、古代種族の、叡智を手に入れた、フロンティア村。

次回より、物語は、ついに、村の外の世界――人間の、経済圏との、接触を描く、『交易編』へと、突入します。

ケイの、社畜時代の知識が、今、異世界の、経済を、相手に、火を噴きます!


「面白い!」「エルフ編、感動した!」「エリアーデ、可愛い! 三角関係、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、フロンティア村の、最初の、交易品となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ