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第56節: 長老の拒絶と若き精霊術師の決断

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。皆様からのブックマーク、評価、そして温かい感想の一つ一つが、この物語を紡ぐ大きな力になっております。


前回、ついに排他的な『森の民』エルフと接触したケイたち。交渉は決裂寸前、数十本の矢に命を狙われる絶体絶命の状況に陥りました。しかし、我らがプロジェクトマネージャーは、その窮地を驚くべき方法で切り抜けます。彼の武器は、剣でも魔法でもない。ただ、絶対的な「真実」を見抜く、その瞳だけでした。


「この森は、死にかけている」


あまりにも残酷な真実を突きつけられたエルフたち。彼らの千年の誇りと、滅びの運命。その狭間で、若き精霊術師エリアーデが、一つの大きな決断を下します。物語が大きく動き出す第五十六話、どうぞお楽しみください。

「僕が、君たちの、その、滅びゆくシステムを、根本から、修正リファクタリングしてやる」


ケイの、静かな、しかし、絶対的な自信に満ちた宣告は、千年の淀みに満ちた森の空気を、完全に凍りつかせた。

それは、もはや交渉ではなかった。死にゆく患者に対する、天才外科医の、傲慢とさえ取れる手術提案。数十本の矢の切っ先が、未だにその小さな心臓に向けられているという現実が、まるで遠い世界の出来事であるかのように。


エルフたちは、完全に、思考を停止していた。

彼らの、美しい顔から、血の気が失せ、ただ、目の前の、あり得ない存在――自分たちの、聖域の、最も触れられたくない深部を、いとも容易く暴き出した、この人間の子供を、信じられないものを見るような目で見つめている。

長老樹の枯死。精霊の泉の汚染。そして、何よりも、自分たちの種の、緩やかな、滅びの運命。

それは、彼らが、この百年、薄々とは感じながらも、種族としての誇りが故に、決して認めることのなかった、最大の禁忌。その、膿の溜まった傷口を、この少年は、何の躊躇もなく、白日の下に晒したのだ。


「……ふ、ふざけるな……」

最初に、我に返ったのは、リーダーであるエリアーデ・ウィンドソングだった。だが、その声は、先ほどまでの、氷のような冷徹さを失い、明らかに、動揺に、震えていた。

「貴様……どこで、その、戯言を……! 我が森を、我らを、侮辱するにも、程があるぞ!」


「侮辱ではない。診断だ」

ケイは、きっぱりと訂正した。

「君たちの森は、重い病にかかっている。自己免疫疾患に、近いかもしれないな。外部の異物を拒絶するあまり、自らの免疫システムが、暴走し、自分自身の身体を、内側から、攻撃している。……君たちの、その、排他性という名の、誇りが、君たち自身を、殺しているんだ」


その、あまりにも、的確で、そして、無慈悲な比喩。

エリアーデは、ぐっと、言葉に詰まった。


その、張り詰めた空気を、切り裂いて。

森の、さらに奥深くから、一つの、荘厳な、しかし、どこか、弱々しい声が、響き渡った。


「――そこまでだ、エリアーデ」


その声がした瞬間、エリアーデをはじめ、その場にいた全てのエルフたちが、はっとしたように、背筋を伸ばし、声のした方向へと、深々と、頭を垂れた。

木々の、深い影の中から、ゆっくりと、一人の、老エルフが、姿を現した。

その顔には、大地の年輪そのもののような、深い皺が刻まれ、雪のように白い髪と髭は、地面に届くほどに、長い。その手には、まるで、生きているかのように、複雑な木目を持つ、白木の杖が握られている。その存在感は、エリアーデたちとは、比較にならないほど、重く、そして、古かった。

彼こそが、この森を、数百年以上もの間、治めてきた、エルフの長老、その人だった。


長老は、ゆっくりとした、しかし、一切の揺らぎない足取りで、ケイたちの前まで歩み寄ると、その、数世紀の時を見てきたであろう、深い、深い、瞳で、ケイを、値踏みするように、見つめた。

その瞳には、エリアーデのような、剥き出しの敵意はない。ただ、悠久の時を生きる者が、儚い命を持つ、 ephemeral な存在に向ける、底なしの、諦観と、そして、微かな、侮蔑の色だけが、浮かんでいた。


「……面白いことを、言う、人間の子供よ」

長老の、古木の幹が擦れるような、しゃがれた声が、静かに響く。

「わしらが、滅びる、だと? この森が、死にかけている、だと? ……貴様は、我らの、千年の歴史を、愚弄するか」


「事実を、述べたまでだ」

ケイは、長老の、圧倒的な威圧感の前でも、一歩も、引かなかった。


「事実、だと?」

長老は、その、皺だらけの唇の端を、歪めた。

「貴様ら、人間が、口にする、事実など、我らは、一つも、信じぬ。貴様らの言葉は、全てが、嘘と、欺瞞と、そして、自らの、貪欲さを、満たすための、甘言でしかない。……そうやって、貴様らは、この大陸の、全てを、汚してきた」


長老の言葉は、エリアーデ以上に、凝り固まっていた。それは、もはや、憎しみというよりも、変更不可能な、世界の、法則。太陽が東から昇り、西に沈むのと、同じレベルの、絶対的な、真理だった。

人間は、悪である。故に、その言葉は、全て、偽りである。

その、完璧なまでの、思考のループ。


「長老様……。しかし、この者の言うことには、確かに……」

エリアーデが、意を決したように、口を挟もうとする。だが、長老は、それを、杖を、軽く、持ち上げるだけで、制した。


「エリアーデよ。お前も、惑わされるな。人間の、最も、得意とする術は、いつの世も、人心を、惑わす、その、小賢しい、舌先三寸よ」

長老は、再び、ケイへと、向き直った。

「小僧。貴様の、目的は、分かっておる。我らの、森の危機を、嘯き、我らの、警戒を解き、そして、この森に眠る、古代の知識か、あるいは、精霊の力を、盗み出す。……そういう、算段であろう?」


「……違う」

ケイは、静かに、否定した。

「僕が欲しいのは、あなた方の、信頼と、そして、未来だ」


「未来、だと? ほざけ」

長老は、杖の先で、地面を、コン、と突いた。

「貴様ら、人間に、未来を、語る資格などない。貴様らは、未来を、食い潰すだけの、イナゴの群れよ。……もう、よい。問答は、終わりじゃ。……エリアーデ。そやつらを、始末せよ。この、聖なる森を、これ以上、穢れた言葉で、汚させるな」


その、あまりにも、冷酷な、最終宣告。

エリアーデの顔に、苦悩の色が、浮かんだ。彼女は、ケイの言葉の、その、不吉なまでの、正確さを、感じ取っていた。だが、長老の命令は、絶対だ。

彼女は、唇を、強く、噛み締めると、一度は、下ろしかけた手を、再び、天へと、掲げようとした。


――その、瞬間だった。


「――お待ちください!」


凛とした、しかし、どこか、悲痛な響きを帯びた、声。

その場にいた、全ての者の視線が、声のした方向へと、向けられた。

声の主は、エリアーデだった。

彼女は、長老の、そして、仲間たちの、驚愕の視線を、一身に浴びながら、その、美しい顔を、蒼白にさせ、そして、わなわなと、震えながらも、真っ直ぐに、長老を、見据えていた。


「……エリアーデ? お前、何を……」

長老の、深い瞳に、初めて、困惑の色が、浮かぶ。


「長老様……。どうか、どうか、お考え直しください!」

エリアーデは、その場に、膝をつくと、必死に、懇願した。

「この者の言うことが、真実である、という、確証は、ありません。……しかし、嘘である、という、確証もまた、ないのです!」


彼女の、翡翠の瞳が、潤んでいた。

「もし……万が一、この者の言う通り、この森が、本当に、病に、侵されているとしたら……? 私たちが、誇りや、過去の憎しみに、囚われている間に、手遅れになってしまったとしたら……? それは、私たちが、守るべき、この森に対する、最大の、裏切りでは、ありませんか!?」


それは、彼女の、魂からの、叫びだった。

精霊を愛し、森と共に、生きてきた、彼女だからこその、偽らざる、言葉。

彼女は、ケイという、人間を、信じたわけではなかった。

彼女は、ただ、自らが、愛する、森の、その、かすかな、悲鳴を、聞き逃すことが、できなかったのだ。


「……お前は……」

長老は、言葉を、失っていた。

目の前で、自分に、異を唱えているのは、彼が、最も、信頼し、そして、いずれは、自分の後継者にとさえ、考えていた、最も、優秀な、精霊術師。その彼女が、たかが、一人の、人間の子供の、言葉のために、自分に、逆らっている。

その、信じがたい、光景。


「……お願いします、長老様!」

エリアーデは、額を、地面に、擦り付けた。

「どうか、この者に、機会を、お与えください! 自らの言葉が、真実であることを、証明する、機会を! もし、この者が、我らを、欺こうとしていたのならば、その時は、この、エリアーデ・ウィンドソングが、我が命に代えても、必ずや、始末いたします! ですから……!」


その、あまりにも、痛切な、覚悟の言葉。

森は、再び、沈黙した。

木々の上にいた、エルフたちも、ただ、固唾を飲んで、リーダーと、長老の、対峙を、見守っている。


ケイは、その、あまりにも、劇的な、展開を、冷静に、観察していた。

彼の《アナライズ》は、エリアーデの、感情パラメータが、『憎悪』から、『苦悩』、そして、『使命感』へと、劇的に、変化していく様を、正確に、捉えていた。


(……賭けは、成功した、か)


彼は、最初から、分かっていた。

この、凝り固まった、組織を、動かすには、トップダウンの、説得では、不可能だ、と。

必要なのは、組織の、内部にいる、改革の意志を持つ、キーパーソンを、見つけ出し、その人物を、突き動かすこと。

エリアーデこそが、その、キーパーソンだったのだ。


長い、長い、沈黙。

やがて、長老は、天を仰ぎ、一つの、深いため息を、ついた。

その、皺だらけの顔には、深い、深い、疲労の色が、浮かんでいた。


「…………分かった」

やがて、彼が、絞り出した、その言葉は、森全体に、重く、響き渡った。

「……エリアーデ。お前の、顔を、立てよう」


彼は、その、古木の杖の先を、ケイの、喉元へと、突きつけた。


「……聞け、人間の小僧」

その、深い瞳には、もはや、侮蔑の色はない。ただ、どこまでも、冷たい、絶対的な、取引相手としての、目が、そこにあった。


「三日、だ」


「……え?」


「三日、くれてやる。その、三日の間に、貴様の言葉が、真実であることを、我らが、納得できる形で、証明してみせろ。……貴様が言った、あの、長老樹。あの、枯れかけた、大樹に、少しでも、癒しの兆しを、見せることができたなら、……貴様の、戯言に、耳を、傾けてやらんでも、ない」


それは、あまりにも、厳しく、そして、あまりにも、一方的な、条件だった。

樹齢二千年の、大樹の、枯死。その、原因さえ、分かっていない、未知の病を、たった、三日で、癒せ、と。

それは、不可能を、強いているのと、同義だった。


「……だが、もし、それが、できなかった場合は」


長老の、瞳が、再び、氷のような、光を宿す。


「貴様だけでなく、そこの、獣も、兎も、そして、貴様を、庇った、この、エリアーデも、……全員、この森の、肥やしにしてくれるわ」


究極の、最後通牒。

ガロウが、息を呑む。

ルナリアの顔が、絶望に、引き攣った。


だが、ケイは。

その、絶望的な、条件を、前にして、静かに、そして、不敵に、微笑んだ。


「……三日も、いらない」

彼は、きっぱりと、言い放った。


「――一日で、充分だ」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ケイの、あまりにも、大胆な交渉術が、ついに、エルフたちの、固い、心の扉を、こじ開けました。その、鍵となったのは、若き精霊術師、エリアーデの、森を想う、強い、強い心でした。

しかし、彼らに与えられたのは、あまりにも、短く、そして、あまりにも、過酷な、猶予期間。

樹齢二千年の大樹を、たった一日で、癒す。

そんな、神の領域の奇跡を、果たして、ケイは、起こすことができるのでしょうか。


次回、ついに、ケイの【ワールド・アーキテクト】の、真の力が、この、病める森に、解き放たれます。


「面白い!」「エリアーデ、かっこいい!」「一日で、どうするんだ!?」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、ケイの、奇跡の、力となります!


次回の更新もどうぞ、お楽しみに。

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