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第55節:システムの脆弱性診断(セキュリティスキャン)

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援に支えられ、物語は第三巻、新たな仲間との出会いを求める章へと進んでおります。


前回、ついにケイたちは排他的な『森の民』エルフたちと接触しました。しかし、彼らの人間に対する憎しみは想像以上に根深く、交渉は開始と同時に決裂の危機を迎えます。数十本の矢に命を狙われる絶体絶命の状況。


しかし、我らがプロジェクトマネージャーは、決して諦めません。彼の武器は、剣でもなければ、腕力でもない。ただ、絶対的な「真実」を見抜く、その瞳だけ。

言葉が通じない相手に、彼はどうやって「対話」のテーブルをこじ開けるのか。物語が大きく動き出す第五十五話、どうぞお楽しみください。

「我々は、フロンティア村からの、使者だ。……あなた方、森の民に、対等な、盟約を、結ぶために、やって来た」


ケイの、どこまでも澄み切った声が、千年の淀みに満ちた森の空気を、静かに、しかし、確かに震わせた。

それは、あまりにも場違いで、そして、あまりにも不遜な言葉だった。

数十本の、白木の矢の切っ先が、寸分の狂いもなく、その小さな心臓に向けられているという、絶対的な死の宣告を前にして、この人間の子供は、臆面もなく「対等な盟約」を口にしたのだ。


森の静寂が、一瞬、深まった。

風の音も、木の葉のざわめきも、まるで呼吸を止めたかのように、消え失せる。

最初に、その静寂を破ったのは、エルフのリーダーである、金髪の女性の、鈴を転がすような、しかし、絶対零度の冷たさを帯びた、嘲笑だった。


「……くくっ。……あはははは!」

その笑い声は、美しい楽器の音色のようでありながら、聞く者の背筋を凍らせる、無慈悲な響きを持っていた。

「盟約、だと? 対等な? ……面白い冗談を言う、人間もいたものだ。死を前にして、恐怖で、頭がおかしくなったか?」


彼女の、翡翠のような緑色の瞳が、侮蔑と、純粋な殺意の色に、ぎらりと輝く。

「貴様ら、穢れた者どもが、我ら、聖なる森の民と、対等? 千年経っても、人間の、その、身の程を知らぬ、傲慢さだけは、変わらんな」


その言葉に、ケイの後ろに控えていたガロウの、全身の毛が、ぶわりと逆立った。彼の喉の奥から、グルルル、という、獣の、威嚇の唸り声が漏れる。目の前のエルフたちが放つ、剥き出しの敵意と、種族そのものへの侮蔑は、彼の、心の奥底に刻まれた、古い傷を、容赦なく抉っていた。


「……てめえら……」

ガロウが、その手に握りしめた鋼鉄の槍を、一歩、前に突き出そうとした、その瞬間。

「待て、ガロウ」

ケイの、静かな、しかし、絶対的な制止の声が、彼の衝動を、寸前で押しとどめた。


(……ダメだ。ここで、感情的になれば、交渉は、完全に決裂する)

ケイの頭脳は、極限の状況下でさえ、冷静に、状況を分析していた。

相手の反応は、完全に、想定の範囲内。リリナからの事前情報と、《アナライズ》による、彼女たちの感情パラメータの分析結果が、それを裏付けている。

『対象:エリアーデ・ウィンドソング』

『感情パラメータ:憎悪(人間に対して):85%、侮蔑(亜人に対して):60%、警戒:95%』

この、凝り固まった、負の感情の塊を、言葉だけで、解きほぐすのは、不可能に近い。


(……だが、交渉の基本は、相手の土俵に上がらないことだ。彼らの価値観(OS)の上で議論しても、勝ち目はない。ならば、全く新しい、彼らが、決して無視できない、別の論点アジェンダを、提示するしかない)


ケイは、時間稼ぎと、情報収集を兼ねて、あえて、エルフのリーダー、エリアーデの挑発に乗ることにした。

「……傲慢、か。そうかもしれないな」

彼は、静かに、頷いた。

「だが、僕たちの提案を、聞くこともなく、ただ、生まれや、種族だけで、相手を断罪し、その命を、一方的に奪おうとすること。……それは、傲慢とは、言わないのか?」


「黙れ、人間」

エリアーデの声が、さらに、冷たさを増す。

「貴様らに、我らの、千年の苦しみが、分かって、たまるか。貴様ら人間が、この大陸で、どれほどの、愚行を、繰り返してきたか。どれほどの、森を焼き、どれほどの、命を、弄んできたか。我らは、もう、うんざりなのだ。貴様らという、世界を蝕む『病』に」


病。

その言葉が、ケイの思考の、片隅に、小さなフックとなって、引っかかった。


「我らが、この森に、閉じこもっているのは、我らの、意志だ。外部からの、あらゆる穢れを、拒絶し、この、聖なる森の、悠久の平穏を、守るため。その、我らの、崇高な、誓いを、貴様ら、穢れた者どもに、土足で、踏み荒らさせるわけには、いかんのだ」


彼女の言葉は、淀みなく、そして、絶対的な、正義の響きを持っていた。それは、長年、培われてきた、揺るぎない、信念の言葉だった。

周囲の木々の上にいる、他のエルフたちもまた、その言葉に、深く、頷いている。


(……なるほど。彼らの、行動原理の根幹は、『森を守る』という、使命感か。だが、その、あまりにも、純粋で、そして、排他的な使命感が、逆に、彼ら自身の、視野を、狭めている)


ケイは、会話を続けながら、その、ユニークスキルの権能を、水面下で、フル稼働させていた。

《アナライズ》の、索敵範囲を、最大に。対象を、目の前のエルフたちだけでなく、この、『嘆きの森』、そのものへと、広げていく。

彼の脳内に、この森を構成する、膨大な、環境データが、リアルタイムで、ストリーミングされてくる。

大気の、魔素濃度。土壌の、成分。植物の、生命活動レベル。そして、この森全体の、魔素の、循環サイクル。


最初は、ルナリアが指摘した通り、閉鎖的な、淀んだ魔素の流れが、観測されるだけだった。

だが、ケイの、常人離れした、情報処理能力は、その、膨大なデータの中に、いくつかの、微細な、しかし、見過ごすことのできない、「異常値アノマリー」を、発見した。


(……なんだ、これは……?)


彼の、青い瞳が、僅かに、見開かれる。

それは、まるで、完璧に書かれたはずの、美しいプログラムコードの中に、一つだけ、場違いな、そして、致命的な、バグを、見つけてしまった時のような、感覚だった。


「……もう、よい。問答は、終わりだ」

エリアーデが、その、美しい顔に、氷のような、無慈悲な表情を浮かべた。

「穢れた者どもよ。我が森の、土に還ることを、光栄に思うがいい」


彼女が、その、白く、細い、指を、すっと、天に掲げる。

それは、一斉射撃を、命じる、合図だった。

数十本の、矢の切っ先が、最後の、狙いを定める。

ガロウが、ケイとルナリアを庇うように、その、巨大な身体を、盾にしようと、前に躍り出た。

絶体絶命。


その、全ての時が、止まったかのような、一瞬の、静寂の中で。

ケイの、声が、響き渡った。

それは、もはや、交渉の言葉ではなかった。

それは、システムの、致命的な、脆弱性を発見した、セキュリティ・アナリストの、冷徹な、診断結果の、宣告だった。


「――この森は、死にかけている」


その、たった一言が、エルフたちが、作り上げていた、完璧な、殺意の包囲網に、最初の、そして、致命的な、亀裂を入れた。


「……なんだと……?」

エリアーデの、掲げられた手が、ぴたり、と止まる。彼女の、翡翠の瞳が、信じられない、という色に、揺れた。


ケイは、構わずに、言葉を続けた。その声は、もはや、目の前のエルフたちではなく、この森、そのものに、語りかけているかのようだった。

「君たちが、聖なる、悠久の森と信じている、この場所は、内側から、ゆっくりと、しかし、確実に、腐り落ちている。……君たちは、それに、気づいてさえ、いないのか?」


「黙れ、下郎ッ! 我が森を、侮辱する気か!」

木の上にいた、エルフの一人が、怒りに、声を震わせた。


「侮辱ではない。事実だ」

ケイは、きっぱりと言い切った。彼の、青い瞳が、神の視点から得た、絶対的な、真実の光を、宿す。

「君たちは、『森を守る』と言ったな。ならば、聞こう。この森の、北東の谷にある、樹齢二千年を超える、長老樹。その、枝の、三分の一以上が、既に、完全に、枯死している理由を、説明できるか?」


「なっ……!?」

エルフたちの間に、動揺が走る。長老樹の不調は、彼らの間でも、最大の懸案事項だったからだ。


「南の泉。君たちが、『精霊の涙』と呼んで、崇めている、あの泉の水。その、魔素純度が、この十年で、17%も、低下している事実を、知っているか? そして、その水底に、原因不明の、黒い、ヘドロ状の物質が、堆積し始めていることに、気づいている者は、いるか?」


「……なぜ、貴様が、それを……」

エリアーデの声が、震えていた。泉の異変は、ごく一部の、上級の精霊使いしか、知らない、極秘情報のはずだった。


ケイの、告発は、止まらない。

「そして、何よりも、致命的なのは、君たち、エルフ自身だ!」


彼の、小さな指が、エリアーデと、その、仲間たちを、真っ直ぐに、指し示した。

「この、百年。君たちの間に、生まれた、子供の数は、何人だ? 僕の《アナライズ》によれば、新生児の、出生率は、限りなく、ゼロに近い。それどころか、君たちの、体内の魔素器官そのものが、緩やかに、退化し始めている。……このままでは、あと、二百年。いや、百年もすれば、君たち、エルフという種族は、誰に、滅ぼされるでもなく、自らの、閉鎖的な環境の中で、静かに、緩やかに、そして、確実に、……絶滅する」


それは、もはや、予言ではなかった。

膨大な、客観的データに基づいた、無慈悲なまでの、未来予測。

システムの、脆弱性診断セキュリティスキャンによって、暴き出された、致命的な、バグ報告書だった。


森は、沈黙した。

エルフたちは、誰一人、言葉を、発することが、できなかった。

彼らの、美しい顔から、血の気が、引いていく。

ケイが、突きつけてきた、言葉の一つ一つが、彼らが、薄々とは、感じていながら、しかし、決して、認めたくはなかった、目を背け続けてきた、不都合な、真実の、核心を、あまりにも、正確に、抉っていたからだ。


森が、病んでいる。

自分たちが、緩やかに、滅びに向かっている。

その、漠然とした、不安。

その、正体を、目の前の、この、穢れたはずの、人間の子供が、絶対的な、論理の刃で、白日の下に、晒してみせたのだ。


「……信じ、られん……」

エリアーデが、か細い声で、呟いた。

「……貴様は、一体、何者なのだ……。なぜ、そこまで……」


「言ったはずだ。僕は、システム・アーキテクトだ、と」

ケイは、静かに、答えた。

「僕の仕事は、システムの、脆弱性を見つけ、その、原因を特定し、そして、最適な、解決策パッチを、提示すること。……君たちの、この、閉鎖的で、時代遅れの、レガシーシステムは、今、まさに、致命的な、システムダウンの、瀬戸際にある」


彼は、一歩、前に出た。

数十本の、矢の切っ先が、彼の動きに合わせて、揺れる。だが、もはや、その矢が、放たれることはないだろう、と、彼は、確信していた。


「……もう一度、提案しよう、森の民よ」


彼の、青い瞳が、動揺する、エルフたち、一人一人の顔を、見渡した。


「僕たちと、盟約を、結べ。……僕が、君たちの、その、滅びゆくシステムを、根本から、修正リファクタリングしてやる」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


交渉決裂、絶体絶命のピンチから、ケイは、自らの、ユニークスキルを、最大限に活用し、逆に、相手の、喉元に、ナイフを突きつけるという、離れ業を、やってのけました。

エルフたちが、神聖視していた森が、実は、死にかけていた。その、衝撃の事実。そして、自分たちの、種族の、緩やかな、滅びの運命。

あまりにも、残酷な真実を突きつけられた彼らは、どう、動くのでしょうか。


次回、エルフの、長老が登場。そして、若き、精霊術師、エリアーデが、一つの、大きな、決断を下します。


「面白い!」「ケイの交渉術、えげつない!」「エルフたちの、プライドが、ズタズタに……」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、病める森を、救う、最初の、一歩となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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