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第54節:拒絶の森:最初のフィルタリング

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援に支えられ、物語は第三巻、新たな仲間探しの章へと進んでおります。

前回、絶望の淵にいた猫獣人族のリリナたちを救出したケイ。彼女たちがもたらした情報は、フロンティア村の未来を左右する、次なる目標を照らし出しました。

今回は、その目標――排他的な『森の民』エルフとの接触に向け、ケイたちが未知なる森へと足を踏み入れます。しかし、その出会いは、決して穏やかなものではありませんでした。

それでは、第三巻の第五話となる第五十四話、お楽しみください。

ケイの提案は、あまりにもシンプルで、しかし、リリナ・テールウィップの心を、根底から揺さぶるものだった。


「――君たちに、この村の、正式な住民になってほしい」


執務室の静寂の中で、ケイは静かに、しかし、その青い瞳に、一切の揺らぎない光を宿して、告げた。

「君たちが持つ、この土地の地理に関する知識、そして、君たち猫獣人族が持つ、優れた隠密行動能力は、僕たちの村が、これから発展していく上で、必要不可欠なリソースだ。だから、これは、施しではない。対等な、ビジネスパートナーとしての、オファーだ」


彼は、続ける。

「君たちには、新設する『斥候部隊』の、中核を担ってもらいたい。村の周辺の、安全なルートを開拓し、未知の脅威を事前に察知し、そして、まだ見ぬ、我々の同胞を探し出す。それは、危険を伴う、重要な任務だ。その代わり、この村は、君たちに、安全な住居と、温かい食事、そして、誰にも、二度と、尊厳を脅かされることのない、穏やかな生活を、約束する」


その言葉に、リリナは、息を呑んだ。

彼女の、金色の瞳が、困惑と、そして、信じられない、という色に、大きく見開かれる。

施しではない。対等な、パートナー。

自分たちが、ただ、守られるだけの、か弱い存在ではなく、この、奇跡の村の、未来を担う、重要な一員として、「必要」とされている。

その、あまりにも、真っ直ぐで、そして、誇り高い提案。

それは、故郷を追われ、全てを失い、ただ、生き延びるためだけに、泥水をすするような日々を送ってきた彼女の、凍りついていた心を、内側から、温かく、溶かしていくようだった。


彼女は、静かに、傍らに控えていた、仲間たちの顔を見回した。彼らの瞳にもまた、同じ、驚きと、そして、再生への、かすかな、希望の光が宿っていた。

彼らは、もう、決めていた。

この、不思議な、人間の少年が、差し出してくれた手を、掴むことを。


「……分かりました」

リリナは、深々と、その、まだ、あどけなさの残る顔を、下げた。

「私たち、テールウィップ一族は、今日この日より、フロンティア村の、そして、あなた、ケイ・フジワラの、目となり、耳となることを、誓います」


その、力強い誓いの言葉。

それは、フロンティア村の、歴史に、また一つ、新たな、多様性という名の、彩りが加わった、記念すべき瞬間だった。



猫獣人族という、最高の情報ソース(リソース)を手に入れたケイの、次の行動は、あまりにも、迅速だった。

翌日の朝会で、彼は、即座に、次のプロジェクトの始動を宣言した。


プロジェクト名:『ファースト・コンタクト』

目標:『嘆きの森』に住む、エルフ族との接触、および、友好関係の構築。

期間:未定。


「――という訳で、僕は、これから、少し、村を留守にする」

庁舎の会議室で、ケイは、集まったリーダーたちを前に、こともなげに言った。

「僕と、ルナリア、そして、ガロウの三名で、直接、彼らの元へ、交渉に向かう。その間の、村の運営は、各チームのリーダーに、一任する。ドゥーリン殿には、全体の、技術顧問として、皆のサポートを、お願いしたい」


その、あまりにも、唐突な、そして、危険な提案。

ガロウが、即座に、猛然と、反対した。

「馬鹿野郎! 大将、正気か!? リリナの話じゃ、そいつらは、人間を、目の敵にしてる、排他的な連中なんだぞ! あんたが、のこのこ出向いていって、無事で済むわけがねえ!」


「だからこそ、僕が行くんだ」

ケイは、冷静に、ガロウの、感情的な反論を、いなした。

「第一に、この交渉の成否は、僕の《アナライズ》による、リアルタイムの、情報分析能力にかかっている。相手の、嘘や、隠し事を、見抜くためには、僕が、直接、対面する必要がある。第二に、この交渉は、おそらく、武力では、解決できない。僕たちの、純粋な戦闘力では、森に住む、エルフ全員を、相手にするのは、不可能だ。必要なのは、対話。そして、相手の、懐に飛び込み、その、凝り固まった、価値観を、内側から、破壊するための、ロジックだ。……それは、僕にしか、できない」


その、揺るぎない、自信。

そして、リーダーとしての、絶対的な、覚悟。

ガロウは、ぐっと、言葉に詰まった。


「……だがよ、大将。だったら、なぜ、俺まで……。あんたの、護衛なら、もっと、身軽な、ハクたちの方が、適任じゃねえか?」

「君には、君にしかできない、役割がある」

ケイは、ガロウの、黄金色の瞳を、まっすぐに見据えた。

「君は、この村の、軍事の、最高責任者だ。君が、僕と共にいる、ということ自体が、この交渉が、フロンティア村の、総意であることを示す、何よりの、メッセージになる。それに……」


彼は、少しだけ、意地悪そうに、口の端を、上げた。

「君の、その、馬鹿正直な、実直さは、時に、僕の、理屈っぽい交渉よりも、相手の心を、動かすことがある。……君は、僕たちの、最終兵器だ」


その、最大級の、賛辞。

ガロウは、一瞬、きょとんとした顔をしたが、やがて、その意味を理解すると、傷だらけの顔を、真っ赤にして、照れくさそうに、そっぽを向いた。

「……へ、へん! 大将が、そこまで言うなら、仕方ねえな! 行ってやるよ!」


こうして、フロンティア村の、未来を左右する、最初の、外交使節団は、いささか、即席で、そして、いささか、無謀な形で、結成された。

絶対的な、頭脳である、ケイ。

最高の、癒し手であり、交渉の、緩衝材となる、ルナリア。

そして、最強の、武力であり、交渉の、切り札ともなる、ガロウ。

三人は、リリナから受け取った、詳細な地図と、村人たちの、心配そうな、しかし、信頼に満ちた、眼差しを、背中に受けて、未知なる、『嘆きの森』へと、その、第一歩を、踏み出した。



『嘆きの森』は、その名の通り、訪れる者の心を、重く、沈ませる、場所だった。

フロンティア村の、生命力に満ちた森とは、全く、異質。

木々は、どれも、天を突くように、高く、そして、その枝葉は、まるで、空を、拒絶するかのように、鬱蒼と、茂り、昼間だというのに、森の中は、薄暗い、夕暮れのようだった。

空気は、湿っぽく、そして、冷たい。どこからともなく、風が、木の葉を揺らす音が、まるで、誰かの、すすり泣きのように、聞こえてくる。


「……嫌な、森だ」

先頭を歩くガロウが、その、鋭い嗅覚で、周囲の匂いを、探りながら、吐き捨てるように、言った。

「獣の気配が、ほとんど、しねえ。……まるで、森全体が、死んじまってるみてえだ」


「いいえ、ガロウ」

彼の、すぐ後ろを歩いていたルナリアが、静かに、首を横に振った。

「死んでは、いません。……むしろ、逆。……生きすぎて、いるんです」

彼女の、薬師としての、鋭敏な五感は、この森に満ちる、異常なまでの、魔素の濃度を、肌で、感じ取っていた。

「この森は、あまりにも、永い時を、生きすぎた。その結果、外部からの、変化を、拒絶する、淀んだ、閉鎖的な、生態系を、作り上げてしまった。……それが、この森の、『嘆き』の、正体……」


「……その通りだ、ルナリア」

ケイは、常に《アナライズ》を起動させながら、彼女の、的確な分析を、肯定した。

「この森の、魔素循環は、極めて、閉鎖的だ。外部からの、新しい魔素の流入を、拒絶し、内部の魔素だけを、延々と、循環させ続けている。その結果、魔素は、少しずつ、劣化し、そして、汚染され始めている。……この森は、病んでいるんだ」


その、ケイの、衝撃的な、分析結果を、裏付けるかのように。

森の、奥深くから、複数の、鋭い、殺気の気配が、彼らへと、向けられた。


ヒュッ、と、空気を切り裂く、鋭い音。

次の瞬間、ケイたちの、足元、数センチの場所に、一本の、白木の矢が、深々と、突き刺さっていた。

それは、警告だった。


「――止まれ」


凛とした、しかし、氷のように冷たい、女性の声が、森の、木霊のように、響き渡った。

ざわ、と、周囲の木々の、上から、いくつもの、人影が、音もなく、姿を現す。

緑色の、衣服を身に纏い、その、美しい顔には、一切の、感情が浮かんでいない。長く、尖った耳。そして、その手に、構えられた、美しい、白木の弓。

エルフ。

この、森の、絶対的な、守護者たち。


彼らは、ケイたちを、完全な、包囲網の中に、捉えていた。その、全ての矢の、先端は、寸分の狂いもなく、ケイの、心臓へと、向けられている。


「……何者だ」

包囲網の中から、リーダーであろう、一人の、金髪の、美しいエルフの女性が、ゆっくりと、地面に、降り立った。

彼女の、翡翠のような、緑色の瞳は、まず、ガロウと、ルナリアを、値踏みするように、一瞥した。

「……獣人と、兎人か。……穢れた、血族が、我らが、聖なる森に、何の用だ」

その、あまりにも、自然な、侮蔑の言葉。

ガロウの、眉が、ぐっと、吊り上がる。


そして、彼女の視線が、最後に、ケイの、その、人間と、全く、変わらない姿を、捉えた、瞬間。

彼女の、美しい顔が、まるで、汚物でも見るかのように、嫌悪に、歪んだ。


「……そして、人間……。最も、穢れ、最も、愚かで、最も、醜悪な、種族……」


彼女の、声のトーンが、絶対零度まで、下がる。

その、翡翠の瞳に、明確な、殺意の光が、宿った。


「……答えろ、穢れた者たちよ。貴様らは、なぜ、この森を、汚しに来た? 最後に、言い残す言葉は、あるか?」


それは、交渉ではなかった。

ただの、害虫を、駆除する前の、最後の、宣告。

ケイが、事前に、リリナから聞いていた、情報以上の、純粋で、そして、凝り固まった、排他性の、壁。


ガロウが、堪えきれずに、一歩、前に出ようとするのを、ケイは、再び、手で、制した。

そして、彼は、自分に向けられた、数十本の、死の矢を、前にして、静かに、そして、堂々と、口を開いた。

その声は、この、千年の淀みにも、決して、染まることのない、どこまでも、澄み切った、響きを持っていた。


「我々は、フロンティア村からの、使者だ。……あなた方、森の民に、対等な、盟約を、結ぶために、やって来た」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、ケイたちは、排他的な、森の民、エルフたちと、接触しました。しかし、彼らの、人間に対する、憎しみは、想像以上に、根深いようです。

ケイの、あまりにも、大胆な、交渉の第一声。それは、彼らの、固く閉ざされた心を、開くことができるのでしょうか。


次回、ケイの《アナライズ》が、エルフたちでさえ、気づいていない、森の、恐るべき「病」を、暴き出します。


「面白い!」「エルフ、美人だけど、怖い!」「ケイの交渉、どうなる!?」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、ケイの、次なる、一手となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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