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第53節:情報という名の新大陸

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。皆様の温かい応援に支えられ、物語は第三巻へと突入いたしました。

前回、斥候部隊が発見したのは、絶望の淵で倒れる猫獣人族の集団でした。ケイの指揮のもと、村を挙げての救出作戦が実行され、彼らの命はかろうじて繋ぎ止められました。

今回は、彼らがフロンティア村で目覚め、その瞳に映る「常識外れ」の光景を描きます。そして、彼らがもたらす新しい情報が、ケイの次なるプロジェクトの扉を開きます。

それでは、第三巻の新たな一歩、第五十三話をお楽しみください。

意識は、温かく、柔らかな毛布に包まれて、ゆっくりと浮上した。

最初に感じたのは、飢えでも、寒さでも、絶望でもない。それは、最後に食事を口にしたのがいつだったかさえ思い出せない彼女の身体が、とうに忘れてしまっていた、穏やかな「安堵感」だった。

次に、嗅覚。鼻孔をくすぐるのは、血と泥の匂いではない。焼きたてのパンの香ばしい匂いと、薬草が穏やかに香る、清潔な匂い。そして、遠くから聞こえてくるのは、子供たちの、屈託のない笑い声だった。


(……天国……?)


リリナ・テールウィップは、ぼんやりと、そう思った。

自分は、あの冷たい森の中で、とうに死んだのだ、と。でなければ、こんな、あり得ないほど平和な光景が、存在するはずがない。

彼女は、重い瞼を、ゆっくりと持ち上げた。

視界に映ったのは、見慣れた森の木の枝ではない。綺麗に削り出された木材が、寸分の狂いもなく組まれた、美しい天井だった。身体の下には、ふかふかの寝台。掛けられている毛布は、驚くほど、肌触りが良い。


「……気が、つきましたか?」


穏やかな、しかし、どこか芯の通った声。

視線を横に向けると、そこには、銀色の髪を三つ編みにした、兎の耳を持つ少女――ルナリアが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。その手には、湯気の立つ、栄養満点のスープが入った、木製の椀がある。

リリナは、その顔を見て、ようやく、意識を失う直前の、断片的な記憶を、手繰り寄せた。

そうだ。自分たちは、森の中で、倒れていた。そして、この少女と、もう一人……人間の、少年に、助けられたのだ。


「……ここは……」

掠れた声で、リリナは問いかけた。

「フロンティア村です。……ようこそ、私たちの、故郷へ」

ルナリアは、そう言うと、優しく微笑んだ。


それから、三日間。

リリナと、彼女の仲間たちは、夢の中にいるかのような、非現実的な時間を過ごした。

彼らは、フロンティア村の、仮設診療所として使われている一室に保護され、ルナリアと、彼女が指導する炊き出しチームの女性たちによる、献身的な看病を受けた。

毎日、三食、温かく、そして、信じられないほど美味しい食事が、当たり前のように、提供される。飢えで縮こまっていた胃が、悲鳴を上げるほどだった。ルナリアが調合した、驚くほど効果の高い滋養強壮剤のおかげで、彼らの体力は、奇跡的な速度で、回復していった。


そして、体力が戻るにつれて、彼らは、この村の「異常さ」を、目の当たりにすることになる。

この村には、狼獣人、猫獣人、兎人、そして、ドワーフまでもが、当たり前のように、共に暮らしているのだ。屈強な狼の戦士が、小さな兎人の子供と、笑いながら話をしている。気難しいはずのドワーフが、猫獣人の若者に、鍛冶の技術を、怒鳴り散らしながらも、熱心に教えている。

そこには、彼らが知る、弱肉強食の、亜人同士の、警戒心や、縄張り争いなど、微塵も存在しなかった。


そして、何よりも、彼らの常識を、根底から覆したのは、この村の、指導者の存在だった。

ケイ・フジワラ。

銀髪に、青い瞳を持つ、まだ十歳ほどの、人間の、少年。

彼が、この、奇跡の村の、創設者であり、絶対的なリーダーなのだという。


リリナは、最初、それを信じることができなかった。人間は、敵だ。自分たちの全てを奪い、同胞を殺した、憎むべき存在。その人間が、亜人のために、これほどの理想郷を、築き上げるなど、あり得るはずがない。何か、裏があるに違いない。自分たちは、結局、奴隷として、ここに連れてこられたのではないか。


だが、彼女の、その、凝り固まった疑念は、日々の光景の中で、少しずつ、しかし、確実に、溶かされていった。

彼女は、見たのだ。

村の子供たちに囲まれ、困ったような、しかし、どこか嬉しそうな顔で、新しい遊具の設計図を描いてみせる、ケイの姿を。

頑固なドワーフの老人と、対等な立場で、新しい技術について、専門用語を交えながら、熱く議論を交わす、ケイの姿を。

そして、夜遅くまで、庁舎の窓に灯りをともし、この村の、未来のために、一人、黙々と、計画を練り続ける、その、小さな、しかし、あまりにも大きな、背中を。


彼は、確かに、人間だった。

だが、彼から感じるものは、彼女が知る、どの人間とも、全く、異なっていた。

そこには、亜人を見下す、傲慢さも、搾取しようとする、貪欲さも、一切、存在しない。

ただ、どこまでも、合理的で、そして、その奥に、計り知れないほどの、優しさを秘めた、一人の、絶対的な、「指導者」が、いるだけだった。


救出から、四日目の午後。

完全に体力を回復したリリナは、彼女の仲間たちの代表として、正式に、ケイの執務室へと、招かれた。


「体調は、もういいのか?」

執務机の向こうで、ケイが、静かに問いかけた。その青い瞳は、彼女の、身体的な健康状態だけでなく、その、精神的な状態までをも、見透かしているかのようだった。

「……はい。あなた方のおかげで」

リリナは、まだ、少し硬い声で、答えた。その、金色の瞳には、感謝と、警戒と、そして、純粋な好奇心が、ない交ぜになって、浮かんでいた。


「単刀直入に聞こう」

ケイは、前置きもなしに、本題を切り出した。それは、彼の、いつものスタイルだった。

「君たちは、何者で、どこから来て、そして、なぜ、あの森で、倒れていた? 可能な範囲で、構わない。情報を、共有してほしい」


それは、尋問ではなかった。プロジェクトマネージャーが、現状を把握するために行う、ヒアリング。その、どこまでも、事務的で、しかし、相手への配慮を忘れない、絶妙な距離感。


リリナは、一瞬、ためらった。だが、彼女は、正直に話すことを、選んだ。この、不思議な少年は、その価値がある、と、彼女の、生存本能が、告げていたからだ。

彼女は、自らの、壮絶な旅路を、ぽつり、ぽつりと、語り始めた。

彼らもまた、大陸西部の、人間の国境近くに、小さな隠れ里を作って、暮らしていたこと。だが、リオニス王国の、度重なる「獣狩り」によって、里は焼かれ、多くの仲間が、殺され、あるいは、奴隷として、連れ去られたこと。

生き残った者たちで、安住の地を求め、この『見捨てられた土地』へと、逃げ延びてきたこと。しかし、この土地は、彼らにとって、あまりにも過酷で、食料は尽き、仲間は、一人、また一人と、病と飢えで、倒れていったこと。


その語りは、淡々としていた。だが、その裏に、どれほどの、絶望と、苦しみが、あったのか。

隣で、話を聞いていたルナリアは、その瞳を潤ませ、ガロウは、悔しそうに、拳を握りしめていた。


ケイは、ただ、黙って、その報告を、聞いていた。彼の顔には、何の感情も浮かんでいない。だが、彼の脳内では、リリナの語る情報が、この大陸に蔓延る「人間至上主義」という、巨大なバグの、新たな、深刻な事例として、記録されていく。


「……辛いことを、話させて、すまなかった」

リリナが語り終えると、ケイは、静かに、そう言った。

「君たちの、境遇は、理解した。……それで、もう一つ、聞きたい。君たちは、この土地を、どのくらい、彷徨っていた? この村の、周辺の地理について、何か、知っていることは?」


「……半年、以上になります」

リリナは、記憶を辿るように、答えた。

「私たちは、南の海岸線から、この土地に入りました。そして、安全な場所を求めて、ひたすら、北へ、北へと……。この森の、地理は、おそらく、誰よりも、詳しいと、思います」


その言葉に、ケイの、青い瞳が、キラリと、光った。

斥候や、諜報を得意とする、猫獣人族。そして、この土地の、地理情報に、精通している。

彼女たちは、ケイが、今、最も、求めている、「リソース」そのものだった。


「……では、この森の、さらに北に広がる、『嘆きの森』のことは、知っているか?」

ケイは、机の上の地図を、指さしながら、尋ねた。


その名前に、リリナの、金色の瞳が、恐怖に、見開かれた。

「……『嘆きの森』……! ええ、知っています。長老からは、決して、近づいてはならない、と、固く、言い聞かされていました。……あの森は、呪われている、と」


「呪われている?」


「はい。あの森に入った者は、二度と、戻ってはこれない、と。森そのものが、意思を持っていて、侵入者を、拒絶するのだ、と。……森に住む、排他的な、『森の民』によって……」


森の民。

その言葉に、ケイの、思考が、加速する。


「……その、『森の民』について、何か、知っていることは?」


「……いいえ。誰も、その姿を、見た者は、いません。ただ、彼らは、人間を、極度に、憎んでおり、人間だけでなく、自分たち以外の、全ての種族を、『穢れた存在』として、森から、排除する、と……。彼らは、弓と、そして、不思議な『魔法』を、使う、とだけ……」


魔法。

その、キーワードが、ケイの脳内で、全ての、情報を、一つに、結びつけた。

排他的。森に住む。弓と、魔法を使う。

――エルフだ。


ケイが、次の、戦略的パートナーとして、その存在を、渇望していた、幻の種族。

彼らが、こんな、近くに、いたとは。


(……ビンゴだ)


ケイは、内心で、ガッツポーズをした。

だが、彼の表情は、あくまで、冷静だった。


「……貴重な情報を、ありがとう、リリナ」

ケイは、静かに、そう言うと、立ち上がった。

そして、彼は、まだ、戸惑いの表情を浮かべている、猫の少女に、一つの、提案を、持ちかけた。

それは、彼女の、そして、彼女の仲間たちの、運命を、大きく、左右することになる、あまりにも、魅力的で、そして、あまりにも、常識外れの、提案だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


新たな仲間、猫獣人族のリリナ。彼女がもたらした情報は、ケイが探し求めていた、次なるピース、エルフの存在でした。

人間を、そして、全ての他種族を拒絶するという、排他的なエルフたち。ケイは、彼らと、どう、接触するのでしょうか。

そして、ケイが、リリナに持ちかけた、「提案」とは、一体……?


物語は、ここから、新たな種族との、ファーストコンタクトの章へと、突入します。


「面白い!」「リリナ、可愛い!」「エルフ編、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、ケイの、次なる交渉を、成功へと、導く力となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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