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第51節:最初の発見(ファースト・ディスカバリー):飢えた子猫たち

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援のおかげで、フロンティア村は未来へと続く、最初の道を切り拓くことができました。


前回、ケイの新たな構想『フロンティア拡大計画』が始動。村の未来を担う二つの新部隊、「斥候部隊」と「工務部隊」が産声を上げました。ドゥーリンの怒号の下、驚異的な速度で築かれていく街道。そして、その希望の道を、最初に駆け抜けていく若き斥候たち。


今回は、その斥候部隊が、未知なる荒野で最初に見つけるもののお話です。それは、フロンティア村の未来を大きく左右する、運命的な出会い。しかし、その出会いは、決して喜ばしいだけの光景ではありませんでした。


それでは、第三巻の第三話となる第五十一話、お楽しみください。

ハクは、風になったかのように、森を駆けていた。

彼の足元に広がるのは、昨日まで存在しなかった、固く、そして平らな道。ドゥーリン・ストーンハンマーの怒号と、仲間たちの汗と、そして大将であるケイの叡智が結晶した、フロンティア村の未来へと続く、最初の道標だ。

その、あまりにも走りやすい道を、自らの足で最初に踏みしめるという栄誉。それが、斥候部隊の初代隊長に任命された彼の心を、誇りと高揚感で満たしていた。


「……すげえ道だ。これなら、村との往復も、これまでの半分以下の時間で済む」

彼の後ろを続く、選抜された四人の仲間たちも、口々に感嘆の声を漏らす。彼らは皆、狼獣人族の中でも特に俊敏さと隠密行動に長けた若者たちだ。だが、そんな彼らでさえ、この道の存在は、自分たちの活動領域を、革命的に広げるものであることを、肌で感じていた。


彼らの任務は、この『北東街道』の建設ルートの、先行調査。ケイから渡された地図に基づき、地形や魔物の分布を事前に確認し、工務部隊が安全かつ効率的に作業を進められるように、情報を持ち帰ることだ。

《プロジェクト・マネジメント》によって、彼らの頭脳には、斥候として必要な索敵、追跡、そして危険回避のノウハウが、最適化された形でインストールされている。彼らは、もはや、ただの若き戦士ではなかった。フロンティア村の、目と耳となるべく教育された、プロフェッショナルな情報収集部隊だった。


「隊長、前方三百メートル。岩陰に、ロック・リザードの巣を確認。数は三。俺たちに気づいていない。迂回しますか?」

「いや、待て」


ハクは、静かに手を上げて、部隊を制止した。彼の鋭い嗅覚が、風の中に、微かな、しかし、無視できない匂いを捉えていたからだ。

それは、魔物の匂いではない。土と、植物の匂いでもない。

もっと、か細く、そして、どこか悲しい匂い。


「……何か、おかしい」

彼は、街道から外れ、音もなく、茂みの中へと滑り込んだ。仲間たちも、彼の後に続く。

彼が向かったのは、街道の脇、鬱蒼とした木々の合間。そこは、工務部隊がまだ手をつけていない、手付かずの森だった。


「……これを見ろ」

ハクが、低い声で、地面の一点を指さした。

そこには、か細い、小さな足跡が、いくつも残されていた。だが、その歩みは、乱れていた。千鳥足のように、ふらつき、何度も、地面に手をついたかのような跡がある。

そして、その足跡の、すぐ傍ら。

食い散らかされた、木の根の残骸が、散らばっていた。本来、彼ら獣人が、口にすることなどない、苦く、栄養価の低い、非常食用の、木の根。


「……追うぞ」

ハクの表情から、高揚感は消えていた。代わりに、獲物を追う狩人の、鋭い緊張感が宿っている。

彼らは、その、か細い足跡を、慎重に、そして、迅速に、追跡し始めた。


足跡は、森の奥深くへと、続いていた。

道中、彼らは、さらに多くの、異様な痕跡を発見した。

木の幹に刻まれた、新しい、無数の爪痕。それは、縄張りを示すためのものではない。まるで、何かに怯え、混乱し、ただ、八つ当たりをするかのように、無秩序に刻まれていた。

そして、そこかしこに落ちている、茶色く、細い、体毛。


「……猫、か?」

部下の一人が、その毛を拾い上げ、呟いた。

「ああ。猫獣人族だ。だが、この毛には、艶がねえ。……相当、弱っている」


ハクの脳裏に、最悪の可能性が、浮かび上がっていた。

この『見捨てられた土地』で、弱るということは、死を意味する。そして、群れで行動するはずの彼らが、こんな、あからさまな痕跡を残しながら移動している。それは、もはや、追跡者から身を隠すだけの体力さえ、残っていないという、絶望的な証拠だった。


やがて、彼らの耳に、微かな音が届き始めた。

それは、風の音でも、獣の声でもない。

誰かの、か細く、そして、苦しげな、呻き声だった。


ハクは、仲間たちに、手信号で、その場に伏せるよう指示した。

彼は、一人、腹這いになりながら、音のする方へと、ゆっくりと、近づいていく。

そして、巨大なシダの葉の隙間から、前方の、小さな開けた場所を、覗き込んだ、瞬間。


「…………っ」


彼は、息を呑んだ。

その光景は、彼が、これまでの、短い生涯で見てきた、どんな、凄惨な狩りの跡よりも、静かで、そして、絶望的な光景だった。


そこには、十数人の、猫獣人族が、まるで、打ち捨てられた、ぼろ雑巾のように、折り重なるようにして、倒れていた。

男も、女も、そして、まだ幼い子供たちまでもが、誰一人、動かない。彼らの身体は、泥に汚れ、痩せこけ、その顔には、生気が、一切、感じられなかった。

彼らは、死んでいるのではなかった。ただ、生きることを、放棄してしまったかのように、飢えと、疲労の、あまりにも深い淵の底で、意識を、手放しているだけだった。

彼らの周囲には、追い剥ぎにでもあったかのように、荷物という荷物は、ほとんど見当たらない。着ている服も、ボロボロで、冬を越すための備えなど、何一つ、持っていないことが、一目で分かった。


(……人間共に、追われたのか……)


ハクの脳裏に、数ヶ月前に、ケイとルナリアが発見したという、奴隷狩りの痕跡の話が、蘇る。

彼らもまた、故郷を追われ、全てを奪われ、この、絶望の土地を、彷徨い続けてきた、果てなのだろう。


その、死の沈黙に満ちた、光景の、中で。

ただ一人だけ、まだ、かろうじて、意識を保っている者がいた。


それは、まだ、十代半ばほどの、一人の少女だった。

彼女は、一番幼い子供であろう、小さな亡骸のような身体を、その、痩せた腕で、必死に、抱きかかえている。

長く、手入れのされていない、茶色い髪が、その顔にかかり、表情は、窺えない。だが、その、泥だらけの頬を、一筋、また一筋と、伝っていく、熱い雫だけが、彼女が、まだ、生きていることを、示していた。

彼女の背後からは、二本の、猫の尻尾が、力なく、垂れ下がっている。その、珍しい特徴が、彼女が、特別な血筋であることを、示唆していた。


彼女は、何かを、呟いていた。

それは、もはや、言葉にはなっていなかった。ただ、ひたすらに、同じ音を、繰り返しているだけ。


「……ごめん、なさい……。……ごめん、なさい……」


姉として、仲間として、この、幼い命を、守れなかった、という、自責の念。

その、あまりにも、痛切な響きが、ハクの、若い心を、鋭く、抉った。


やがて、その少女の身体もまた、限界を迎えたのだろう。

彼女の呟きが、途切れ、その痩せた身体が、ぐらり、と傾いだ。

そして、最後まで、守ろうとしていた、幼い子供の身体の上に、覆いかぶさるようにして、ゆっくりと、倒れていった。

その、意識を失う、最後の瞬間。

シダの葉の隙間から、彼女の、金色の、猫のような瞳と、ハクの、黄金色の、狼の瞳が、一瞬だけ、交錯した。


その瞳に宿っていたのは、絶望でも、諦めでもない。

自分たちの、運命を、ここまで追い詰めた、この、理不尽な世界そのものに対する、静かな、しかし、決して、消えることのない、怒りの炎だった。


ハクは、その、あまりにも、強い光を、忘れることができなかった。



「――しっかりしろ! 目を覚ませ!」


我に返ったハクは、仲間たちと共に、茂みから飛び出し、倒れている猫獣人たちへと、駆け寄っていた。

彼は、まず、一番近くにいた、老人の口元に、腰の水筒を運び、慎重に、水を、含ませる。

他の斥候たちも、即座に、自分たちの役割を、理解した。彼らは、携帯していた、非常食の、干し肉や、木の実を取り出し、まだ、かろうじて、意識のありそうな者の口元へと、運んでいく。


ケイから、叩き込まれた、サバイバル技術と、救急処置の知識。それが、今、確かに、機能していた。


ハクは、先ほどの、金色の瞳の少女の元へと、駆け寄った。

その華奢な身体は、驚くほど、冷たい。呼吸は、浅く、今にも、消えてしまいそうだ。

だが、まだ、生きている。


「……おい! しっかりしろ! 死ぬな!」


ハクは、叫びながら、自らの体温で、彼女の冷たい身体を、温めようとした。

その時、彼は、少女が、その、意識のない手でさえも、なお、何かを、強く、握りしめていることに、気づいた。

それは、泥に汚れた、小さな、革袋だった。

その、中から、顔を覗かせていたのは、いくつかの、見慣れない、しかし、明らかに、薬草らしき、植物の、根だった。


(……こんな、状況でも、これを、手放さなかったのか……)


彼女が、この集団にとって、どれほど、重要な存在だったのか。

その、ささやかな、事実が、ハクの胸を、強く、打った。


「……リク!」

ハクは、部下の一人の名を、鋭く、呼んだ。

「お前は、今すぐ、村へ戻れ! 大将に、このことを、報告するんだ! 一秒でも、早く!」

「は、はい!」

リクと呼ばれた若者は、力強く頷くと、風のように、駆け出した。彼が、今、走っているのは、ただの道ではない。仲間たちの、命を繋ぐ、希望の、道だった。


ハクは、残った仲間たちと共に、懸命に、救護活動を続けた。

彼は、金色の瞳の少女の、冷たい手を、握りしめながら、ただ、ひたすらに、祈っていた。

間に合ってくれ。

そして、どうか、その、瞳の炎を、消さないでくれ、と。


この、名も知らぬ、誇り高き、猫の少女との出会いが、彼自身の、そして、フロンティア村の、運命を、大きく、変えていくことになるのを、まだ、彼は、知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


斥候部隊の、最初の任務。そこで、彼らが発見したのは、あまりにも、悲しい、この世界の、現実の姿でした。

そして、ついに、登場した、新たな、重要キャラクター、猫獣人族の少女、リリナ・テールウィップ。

彼女は、そして、彼女の仲間たちは、生き延びることができるのでしょうか。


次回、報せを受けたケイが、即座に、大規模な、救出プロジェクトを、始動させます。彼の、神業のようなスキルが、再び、絶望の淵にある、命を、救う。


「面白い!」「リリナ、生きて!」「ハク隊長、かっこいい!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らの、命の炎を、燃え上がらせる、力となります!


次回もどうぞ、お楽しみに。

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