第50節:インフラ整備:未知への道標
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
皆様の温かい応援のおかげで、物語は無事に第二巻『冬の攻防』を終え、第三巻『技術革新と交易の始まり』編へと突入いたしました。
絶望的な冬を乗り越え、確かな自信と仲間との絆を手に入れたフロンティア村。前回、我らがプロジェクトマネージャー、ケイは村の次なる発展のため、「新たな仲間」を求める『フロンティア拡大計画』を提唱しました。
彼の視線は、既に村の、そしてこの大陸の、さらにその先にある未来へと向けられています。本日より、その壮大な計画の第一歩が始まります。未知なる荒野を切り拓き、まだ見ぬ同胞へと至る道。それは、文明そのものの礎を築く、壮大なインフラ整備の物語です。
それでは、第三巻の第二話となる第五十話、お楽しみください。
『フロンティア拡大計画』。
ケイが高らかに宣言したその新たなプロジェクトは、冬の戦いを乗り越えた村に、再び目的という名の熱を灯した。翌朝の「朝会」は、これまでにないほどの活気と、未知への期待に満ちていた。
「――では、本プロジェクトの最初のマイルストーンを定義する」
庁舎の会議室。広げられた大陸地図を前に、ケイは集まったリーダーたちに、いつものように冷静な、しかし、どこか楽しげな響きを帯びた声で語り始めた。
「目標は、『見捨てられた土地』の南東エリア、半径五十キロ圏内の、完全なマッピングと、そこに存在する全ての亜人集落との接触。これを、今後一ヶ月で達成する」
その、あまりにも大胆な目標設定に、ガロウが興奮したように身を乗り出した。
「へっ、面白え! つまり、本格的な遠征ってことだな、大将! 腕が鳴るぜ!」
「ああ。だが、ただ闇雲に歩き回るのではない。全ての行動は、計画に基づき、効率的に実行する」
ケイは、ガロウの闘志をいなしながら、地図の上に、数本の線を引いた。
「まず、このプロジェクトの根幹を担う、専門部隊を二つ、本日付で正式に発足させる。第一に、『斥候部隊』だ」
彼の視線が、朝会に出席していた、一人の若い狼獣人へと向けられる。彼は、先の防衛戦で、その俊敏さと冷静な判断力を発揮し、ケイの評価ファイルの中でも、特に高いポテンシャルを示していた戦士だった。
「ハク。君を、斥候部隊の初代隊長に任命する。メンバーは、君を含め、敏捷性と隠密行動に長けた者、五名。君たちの任務は、これから我々が作る『道』の先を調査し、地形、魔物の分布、そして、知的生命体の痕跡といった、あらゆる情報を収集し、持ち帰ることだ」
ハクと呼ばれた若者は、驚きに目を見開きながらも、その任命に、背筋を伸ばして応えた。
「はっ! このハク、大将のご期待に、必ずや応えてみせます!」
「頼りにしている。だが、君たちの命が、最優先だ。決して、無茶はするな。危険を冒して情報を持ち帰るよりも、安全に帰還し、『情報がなかった』と報告することの方が、よほど価値がある。いいな?」
「……肝に、銘じます」
その、部下の安全を最優先するリーダーの言葉に、ハクだけでなく、その場にいた全ての獣人たちが、改めてケイへの信頼を深めていた。
「そして、第二の部隊。それが、この計画の、真の主役となる」
ケイは、もう一人の、意外な人物へと、その視線を向けた。
「ドゥーリン殿」
「……あぁ?」
会議の間、ずっと退屈そうに自慢の髭をいじっていたドゥーリンが、不機嫌そうに顔を上げる。
「あなたに、新設する『工務部隊』の、最高責任者に就任してもらいたい」
「……こうむぶたい、だと? フン、また小僧の、訳の分からん横文字か。わしは、炉の前で鉄を打つのが仕事だ。泥遊びに付き合う気は、毛頭ないぞ」
その、予想通りの、しかし、以前よりは随分と棘の取れた返答に、ケイは静かに微笑んだ。
「もちろん、あなたに泥遊びをさせたいわけじゃない。あなたにしか、できない仕事なんだ」
ケイは、地図の上に、村から放射状に伸びる、数本の太い線を描き加えた。
「斥候部隊が、安全かつ迅速に、広範囲を探索するためには、何が必要か? それは、『道』だ。ただの獣道じゃない。魔物の襲撃を避け、雨やぬかるみにも強く、そして、将来的には、荷馬車さえも通行可能な、本格的な『街道』だ」
その、あまりにも壮大な構想に、今度はドゥーリンの眉が、ぴくりと動いた。
「街道、だと? この、化け物の巣窟みてえな森に、か? 正気か、小僧」
「正気だ。そして、その街道を築くための、最高の技術と、最高の道具は、既に、我々の手の中にある」
ケイは、きっぱりと言い切った。
「ドゥーリン殿が作り出した、鋼鉄のツルハシと、シャベル。そして、僕が提供する、前世の土木工学の知識。この二つを組み合わせれば、不可能ではない」
彼は、ドゥーリンの、職人としての魂を、的確に、刺激する。
「僕は、設計図を描くことしかできない。だが、その、神の設計図とも言えるべきものを、現実の形にできるのは、この村で、いや、この大陸で、あなたしかいない。……あなたの、その神業で、この、道なき荒野に、文明の礎を、刻んでみたくはないか?」
その、甘美な、悪魔の囁き。
ドゥーリンは、ぐっと、言葉に詰まった。その、髭に覆われた顔が、苦々しさと、そして、それを遥かに上回る、抑えがたい好奇心とで、複雑に歪んでいる。
道。文明の、礎。
それは、ただ鉄を打つだけでは、決して届かない、創造主の領域。
彼の、職人としての、最後のプライドが、その、あまりにも魅力的すぎる挑戦を、拒絶することを、許さなかった。
「……フン。……仕方ねえな」
やがて、彼は、観念したように、大きなため息をついた。
「小僧の、大風呂敷に付き合うのも、一度や二度ではあるまい。……いいだろう。その、『こうむぶたい』とやら、このわしが、大陸一の仕事人集団に、鍛え上げてやるわい。……ただし! わしの仕事に、口出しは無用だぞ! 設計は貴様でも、現場の神は、このわしだ!」
「もちろん。全権を、あなたに委任する」
こうして、フロンティア村の未来を切り拓く、二つの新しい力が、産声を上げた。
◆
その日の午後から、フロンティア村の北門は、これまでにないほどの、喧騒と熱気に包まれた。
『フロンティア拡大計画』の、最初のマイルストーン。『北東街道』の建設が、ついに始まったのだ。
「――そこ! 傾斜が甘い! 排水溝の角度は、三度だと言ったはずだ! やり直せ!」
ドゥーリンの、雷鳴のような怒声が、現場に響き渡る。
彼の指揮の下、屈強な狼獣人たちで構成された工務部隊が、鋼鉄の道具を手に、大地を切り拓いていく。その光景は、もはや、ただの土木工事ではなかった。それは、一つの、完璧に統率された、軍事行動にも似ていた。
ケイは、ドゥーリンの少し後ろで、測量用の杭と、水準器(これも、彼が設計し、ドゥーリンが呆れながらも完璧に作り上げたものだ)を手に、全体の進捗を管理していた。
彼の脳内では、《アナライズ》によって、周辺の地形データが、常に三次元でマッピングされている。彼は、そのデータに基づき、最も地盤が固く、川の氾濫の影響を受けにくく、そして、魔物の巣から離れた、最適なルートを、リアルタイムで、算出し続けていた。
「次の測量ポイントは、前方五十メートル。右に五度、補正。目標地点の標高は、現在地より、マイナス二メートルだ!」
「おうよ!」
ケイの指示を受け、獣人たちが、杭を打ち、縄を張っていく。
その、測量に基づいた、近代的な土木技術は、彼らにとって、驚きの連続だった。
「すげえな、大将! ただ、まっすぐに道を作るんじゃねえのか?」
ガロウが、感心したように、その様子を眺めている。
「ただ、まっすぐなだけの道は、すぐに、自然に還る」
ケイは、作業の手を止めることなく、説明した。
「重要なのは、水の流れだ。雨水を、いかに効率的に、道の外へと排出するか。そのための、側溝の設計と、路面への、僅かな傾斜の設置。これが、道の寿命を、何十年も、何百年も、延ばすんだ」
彼は、前世の、古代ローマ人が築いた、二千年後も残る街道の、その、驚異的な技術について、彼らにも理解できる言葉で、語って聞かせた。
ドゥーリンは、その説明を、黙って聞いていた。だが、その、兜の奥の瞳が、ケイの持つ、異質な知識の、その底知れなさに、改めて、戦慄しているのが、分かった。
作業は、驚異的な速度で、進んだ。
ケイの、完璧な設計。
ドゥーリンの、妥協なき、現場監督。
そして、狼獣人たちの、圧倒的な、身体能力。
それらが、一つのシステムとして、完璧に、噛み合った。
硬い岩盤が行く手を阻めば、ドゥーリンが、そのウォーハンマーで、粉々に砕く。
巨大な大木が道を塞げば、ガロウが、その斧で、一刀両断にする。
切り開かれた道の上を、獣人たちが、鋼鉄のシャベルで、土を均し、石を敷き詰め、そして、ローラー(巨大な石をくり抜いたものだ)で、固く、固く、踏み固めていく。
それは、もはや、道を作っている、というよりも、大地に、一本の、巨大な、灰色の線を、「描いている」かのような、光景だった。
その、圧倒的な、創造の光景を、フロンティア村の、子供たちが、少し離れた場所から、目を輝かせて、見つめていた。
自分たちの、父親が、仲間たちが、自分たちの村の未来を、文字通り、切り拓いている。その、力強い姿が、彼らの、幼い心に、深い、深い誇りを、刻み込んでいた。
太陽が、西の空に傾き始める頃。
その日、一日の作業が、終わった。
彼らが、振り返った先には、幅五メートルの、固く、平らな道が、村の門から、遥か、一キロメートル先まで、真っ直ぐに、伸びていた。
たった、半日で、だ。
「……信じられねえ……」
工務部隊の、若い獣人の一人が、自らの手が作り上げた、その光景を前に、呆然と、呟いた。
疲れているはずなのに、身体の奥から、力が、みなぎってくる。
明日もまた、この道の続きを、作りたい。その、純粋な、創造の喜びが、彼らの心を、満たしていた。
ケイは、その、道の、遥か先を、見つめていた。
その先には、まだ、何があるのか、分からない。
新たな仲間か。あるいは、未知なる、脅威か。
だが、彼に、恐れはなかった。
この道は、ただの、道ではない。
それは、自分たちが、自分たちの意志で、未来へと、歩みを進めるための、最初の、そして、最も、力強い、道標なのだから。
その、希望に満ちた道を、斥候隊長に任命されたハクが、数名の仲間と共に、静かに、駆け出していった。
彼らの、最初の任務は、この道の先に広がる、未知なる世界の、その、最初のページを、めくることだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、フロンティア村の、本格的な、インフラ整備が始まりました。ケイの知識と、ドゥーリンの技術、そして、獣人たちの力が融合した、街道建設。その、圧倒的な速度と、創造の光景が、少しでも、皆様に伝わっていれば幸いです。
道は、未来へと、伸びていきます。そして、その道を、最初に駆け抜ける、斥候部隊。
次回、彼らが、その道の先で、発見するものとは。
ついに、プロットにも名前が挙がっている、新たな、重要キャラクターが登場します。しかし、その出会いは、決して、穏やかなものでは、ありませんでした。
「面白い!」「街道建設、熱い!」「斥候部隊の活躍が楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らの道を、さらに、未来へと、伸ばす力となります!
次回もお楽しみに。