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第49節:ボトルネック:多様性という名の必須リソース

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

皆様の温かい応援のおかげで、物語は無事に第二巻『冬の攻防』を終え、本日より第三巻『技術革新と交易の始まり』編へと突入いたします。


絶望的な冬と、ゴブリンの大群による侵攻。その二つの大きな試練を、知恵と勇気、そして仲間との絆で乗り越えたフロンティア村。彼らが手にしたのは、束の間の平穏と、自らの力で未来を勝ち取ったという、揺るぎない自信でした。


しかし、我らがプロジェクトマネージャー、ケイ・フジワラの歩みは止まりません。彼の視線は、既に、村の、そしてこの大陸の、さらにその先にある未来へと向けられています。

新たな仲間、未知なる技術、そして、外の世界との接触。フロンティア村の、次なるステージが、今、幕を開けます。


それでは、第三巻の最初の物語、第四十九話をお楽しみください。

冬は、終わった。

その事実を、フロンティア村の誰もが、五感の全てで感じ取っていた。

あれほど猛威を振るった吹雪は、いつしか春の柔らかな雨へと姿を変え、大地を覆っていた分厚い雪の鎧を、優しく溶かしていく。凍てついていた土からは、力強い若草の匂いが立ち上り、南の空から帰ってきた鳥たちの、生命力に満ちた歌声が、村の隅々にまで響き渡っていた。


ゴブリン・スタンピードとの死闘から、二ヶ月。

フロンティア村は、その深い傷跡を、驚異的な速度で癒し、そして、新たな成長の季節を迎えていた。


破壊された北側の防壁は、ドゥーリン・ストーンハンマーの指揮の下、以前よりもさらに堅固な、石と鋼鉄を組み合わせた本格的な城壁として再建された。村人たちは、その壁を、もはや単なる防御施設としてではなく、自分たちの手で故郷を守り抜いた、誇りの象徴として見上げていた。


畑では、ガロウに鍛えられた若い獣人たちが、鋼鉄の鍬を手に、冬の間に硬くなった土を、力強く耕している。その額には汗が光り、その背中は、一冬を越えて、一回りも二回りも、たくましくなったように見えた。彼らの動きには、もう迷いはない。自分たちが、この村の未来を、文字通り「耕している」のだという、確かな自覚があった。


「――よし、今日のノルマは達成だ! 皆、ご苦労だったな!」


畑の一角で、熊獣人の棟梁が、その野太い声を張り上げる。その声に応え、獣人たちは、泥だらけの顔に、満足げな笑みを浮かべて、農具を肩に担いだ。

彼らの間には、かつてのような、種族間の小さな隔たりや、いがみ合いは、もう存在しなかった。あの、長い、長い防衛戦の夜。背中を預け、同じ釜の飯を食い、仲間を失う恐怖と、生き残った喜びを分かち合った経験が、彼らを、単なる寄せ集めの集団から、一つの、固い絆で結ばれた、「家族」へと、昇華させていたのだ。


その、あまりにも穏やかで、そして、あまりにも希望に満ちた光景を、ケイは、村の中央に新しく建てられた、三階建ての「庁舎」――彼の執務室兼、司令塔の、最上階の窓から、静かに見下ろしていた。


彼の青い瞳は、目の前の平和な光景に、安堵の色を浮かべながらも、その奥では、常に冷静なプロジェクトマネージャーとして、この「フロンティア村」という名の、巨大なシステムの、現在の稼働状況を、分析し続けていた。


(……フェーズ:安定稼働期。主要KPIは、全て目標値をクリア。食料生産量、前年同期比350%増。人口増加率、安定。住民の幸福度、極めて高いレベルで維持。……だが)


彼の思考は、そこで、一つの、見過ごすことのできない、ボトルネックへと、突き当たった。


(……リソースが、絶対的に、不足している)


それは、贅沢な悩み、と言えるのかもしれない。

だが、システムが、成長すればするほど、その、根源的なリソース不足は、いずれ、致命的な性能劣化を引き起こす。

彼は、机の上に広げられた、一枚の、巨大な羊皮紙へと、視線を落とした。

そこに描かれていたのは、フロンティア村の、未来の、グランドデザイン。彼が、これから、数年、数十年をかけて、実現しようとしている、壮大な、プロジェクトの、ロードマップだった。


そこには、現在の村の、何倍もの規模を持つ、都市計画が描かれていた。

反射炉を中心とした、本格的な工業区画の建設。

ガラス製品や、紙、そして、高純度のポーションを生産するための、大規模な工房。

大陸の、他のどの国にも、存在しない、新しい学問を教えるための、「学術院」の設立。

そして、それら全てを、有機的に結びつける、広域な、交通網(インフラストラク-チャ)の整備。


その、あまりにも、壮大な青写真を、実現するためには、何が、足りないのか。

答えは、明白だった。

――人。

それも、ただの労働力ではない。

多様な、知識と、技術スキルを持った、「人材」が、絶対的に、不足しているのだ。


今のフロンティア村の住民は、狼獣人を主体とした、戦士と、狩人。そして、ドゥーリンという、規格外の職人と、その数名の弟子たち。ルナリアという、天才的な薬師。

彼らは、皆、優秀だ。

だが、村が、次のステージへと、進化するためには、もっと、多様な才能が必要だった。

例えば、鉱脈を探し、測量を行う、地質学者。

新しい作物を開発し、収穫量を上げる、農学者。

そして、ケイが持つ、異世界の知識を、この世界の法則へと、翻訳し、体系化するための、優秀な、学者たち。


(……このままでは、僕という、単一障害点への、依存度が、高すぎる)


ケイは、自嘲気味に、息を吐いた。

自分が倒れれば、この村の、技術革新は、止まる。それでは、健全なシステムとは、言えない。

組織が、自己増殖的に、成長していくためには、自分以外の、新しい「知」を、貪欲に、取り込み続ける、仕組みが必要なのだ。


コンコン、と、執務室の扉が、控えめに、ノックされた。

「……どうぞ」

ケイが応えると、入ってきたのは、ルナリアだった。その手には、湯気の立つ、薬草茶の入った、カップが二つ、乗せられている。

「ケイ。また、根を詰めているのでしょう? 少し、休んだら?」

彼女は、甲斐甲斐しく、ケイの机の上に、カップを置くと、その、美しい真紅の瞳で、心配そうに、彼の顔を、覗き込んだ。


「……ありがとう、ルナリア」

ケイは、素直に、礼を言うと、カップを手に取った。薬草の、穏やかな香りが、張り詰めていた、彼の思考を、少しだけ、和らげてくれる。


「……見ていたんだ。僕たちが、作り上げた、この村を」

ケイは、窓の外の、平和な光景へと、視線を戻しながら、呟いた。

「素晴らしい村だ。誰もが、笑っている。……だが、僕は、満足できない」

「……ケイ?」

「この村は、まだ、脆すぎる。僕という、たった一本の、柱だけで、支えられている、砂上の楼閣だ。僕が、もし、いなくなれば……」


その、不吉な言葉に、ルナリアの顔が、曇った。

「そんなこと、言わないでください」

「……事実だ。だから、僕は、決めたんだ」


ケイは、ルナリアへと、向き直った。その、青い瞳には、次の、巨大なプロジェクトの始動を告げる、リーダーの、強い光が、宿っていた。


「――次の、プロジェクトを開始する」



その日の午後。

庁舎の、一番大きな、会議室に、フロンティア村の、最高幹部たちが、集められていた。

ケイを、中心に、ガロウ、ドゥーリン、そして、ルナリア。

彼らは、緊張した面持ちで、ケイの、次の言葉を、待っていた。


ケイは、机の上に、再び、あの、広域な、大陸の地図を、広げた。


「僕たちの村は、冬を乗り越え、確かな、生存基盤を、手に入れた。だが、それは、あくまで、スタートラインに立ったに過ぎない。僕たちが、僕たちの理想を、実現するためには、この村を、さらに、発展させなければならない」


彼は、地図の上で、フロンティア村が位置する、小さな点を、指で、なぞった。

「そのために、必要なもの。それは、新しい、『仲間』だ」


「……仲間、だと? 大将、俺たちだけじゃ、不満か、ってのか?」

ガロウが、少し、拗ねたような、子供っぽい口調で、問い返した。


「違う、ガロウ。君たちは、最高の仲間だ。だが、君たちだけでは、できないことがある」

ケイは、きっぱりと、言った。

「この、『見捨てられた土地』には、僕たちが、まだ、知らない、多くの、亜人の集落が、点在しているはずだ。人間たちの、迫害から逃れ、ここで、息を潜めて、暮らしている、同胞たちが」


彼の指が、地図の上を、滑る。

「例えば、猫獣人族。彼らは、身が軽く、隠密行動に、長けている。彼らの力があれば、僕たちは、村の周囲の、より広範囲な情報を、安全に、手に入れることができるようになる。斥候や、諜報といった、新しい、専門部隊を、創設できるかもしれない」


彼の指が、森の、さらに奥深くを、指し示す。

「あるいは、エルフ族。彼らは、魔法に、長けていると聞く。彼らの知識があれば、僕たちの、貧弱な魔法技術は、飛躍的に、向上するだろう。エリアーデを、仲間にできた時のように、な。防衛結界の、強化。あるいは、魔法と、ドゥーリン殿の技術を組み合わせた、『魔導具』の開発も、夢じゃない」


その、未来の、可能性を示す言葉に、ドゥーリンの、髭の奥の瞳が、ギラリと、光った。


「僕が、提案する、次のプロジェクト。それは、『フロンティア拡大計画』だ」

ケイは、宣言した。

「斥候部隊を、本格的に組織し、この、『見捨てられた土地』の、全域を、調査する。そして、そこに住む、全ての、亜人たちと、接触し、彼らに、選択肢を、提示するんだ」


彼は、集まった、三人の、最初の仲間たちの顔を、一人一人、見つめながら、続けた。

「強制は、しない。ただ、教えるんだ。ここには、種族の、垣根なく、全ての者が、手を取り合って、未来を、築こうとしている、村がある、と。もし、その理想に、共感してくれる者がいるのなら、我々は、彼らを、新しい、仲間として、家族として、歓迎する、と」


それは、あまりにも、真っ直ぐで、そして、あまりにも、温かい、提案だった。

単なる、労働力の、確保ではない。

同じ、理想を、共有する、真の「仲間」を、探しに行く、という、旅の、始まり。


ガロウは、腕を組み、大きく、息を吐いた。そして、その、傷だらけの顔に、満足げな、笑みを浮かべた。

「……へっ。そういうことなら、話は別だ。面白え。やってやろうじゃねえか。俺も、そろそろ、身体が、なまってたとこだ」


ドゥーリンもまた、その、白い髭を、しごきながら、ぶっきらぼうに、言った。

「……フン。わしは、知らんぞ。新しい連中が来て、わしの仕事場を、うろちょろされても、迷惑なだけだ。……だが、まあ、腕の立つ職人がいるというのなら、話くらいは、聞いてやらんでも、ないがな」


そして、ルナリアは。

彼女は、ただ、静かに、微笑んでいた。

その、真紅の瞳は、ケイの、その、どこまでも、大きく、そして、優しい、理想を、心からの、誇りと、愛情をもって、見つめていた。


「――よし、決まりだ」


ケイは、力強く、頷いた。

「これより、『プロジェクト・フロンティア』は、新たな、フェーズへと、移行する。僕たちの、理想郷を、築くための、本当の、開拓が、今、始まるんだ」


その、高らかな宣言が、フロンティア村の、そして、この大陸の、新たな、歴史の扉を、静かに、しかし、確かに、こじ開けたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第三巻『技術革新と交易の始まり』、いかがでしたでしょうか。最初の節にふさわしく、フロンティア村の、新たな目標が示されました。

ケイが次に目指すのは、村の、さらなる拡大と、発展。そのためには、新しい仲間が、不可欠です。


次回、ついに、ケイたちは、村の外へと、本格的な、探索の旅に出ます。そして、そこで彼らを待っているのは、一体、どんな出会いなのでしょうか。

新たな仲間候補として、プロットにも名前が挙がっている、あの、俊敏な種族が、ついに、登場します。


「面白い!」「新たな展開、ワクワクする!」「次の仲間は、誰だ!?」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らの、未知なる荒野を切り拓く、力となります!


次回の更新は、明日19時です。どうぞ、お楽しみに。

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