第47節:最後のコミット:プロジェクトマネージャーの戦場
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前回、ケイの禁断の策「火計」が炸裂し、戦況は一変。混乱に陥ったゴブリンの群れに対し、フロンティア村の全住民による魂の総反撃が開始されました。しかし、戦いの元凶であるホブゴブリン・シャーマンは未だ健在。その脅威を排除するため、我らが大将ケイは、ついに自ら戦場へと舞い降りました。
物語は、雌雄を決する最終局面へと突入します。どうぞ、お見逃しなく。
吹雪は、天と地の境界を白一色に塗りつぶしていた。
その、視界さえ奪う純白の暴力の中を、一つの黒い影が、音もなく滑空していた。
それは、鳥ではない。魔物でもない。
漆黒のマントを翼のように広げ、戦場の全ての混沌を、まるで神の視点から見下ろすかのように、静かに舞い降りる、一人の少年。
ケイ・フジワラ。
フロンティア村の、創設者にして、絶対的なリーダー。
彼が、自らの居城であるべき司令塔を放棄し、今、単身、この地獄の釜の底のような戦場の、ど真ん中へと、その身を投じようとしていた。
『なっ!? 大将が、自ら!? 無茶だ! あんたは、ここで、指揮を……!』
脳内に直接響くガロウの悲痛な叫びを、ケイは、静かに無視した。
彼の青い瞳は、もはや、眼下で繰り広げられる、個々の戦闘のログには、興味を示していなかった。その視線は、ただ一点。この、巨大なバグの集合体であるスタンピードの、根本原因。全ての混乱の元凶である、あの、忌まわしきホブゴブリン・シャーマンだけを、捉えていた。
(指揮は、もう、必要ない)
ケイは、確信していた。
彼の《プロジェクト・マネジメント》スキルは、既に、この村の住民一人一人を、独立して稼働する、高性能なモジュールへと、昇華させていた。彼らは、リーダーからの、マイクロマネジメントなどなくとも、自らの役割を理解し、仲間と連携し、最適なパフォーマンスを発揮できる。
ガロウが、牙を剥き、敵の中核を食い破る。
ドゥーリンの弟子たちが、鋼鉄の壁となって、弱き者たちを守る。
ルナリアが、後方で、傷つきし者たちを癒す。
その、完璧なまでの、分散協調型システムは、今、確かに、機能している。
ならば、自分がやるべきことは、ただ一つ。
この、プロジェクト全体の、正常な稼働を妨げている、最後の、そして、最大の、致命的なバグを、自らの手で、修正すること。
「このプロジェクトの、最後の、コミットは、プロジェクトマネージャーである、僕自身の手で、行うのが、筋、というものだ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた彼の身体が、重力に従い、加速する。
風を切り裂く音が、耳元で、甲高く鳴り響いた。
眼下に広がるのは、まさに、地獄絵図だった。
炎に焼かれ、炭化したゴブリンの死体。鋼鉄の刃に切り裂かれ、雪を赤黒く染める、無数の骸。その死体の山の上で、なおも、生存者たちが、獣のような雄叫びを上げながら、ぶつかり合っている。
狼獣人たちの、鋼の牙。
ゴブリンたちの、錆びた凶器。
命の、火花が、吹雪の中で、無数に、咲き乱れては、消えていく。
前世の、藤堂慧であれば、目を背け、思考を停止していただろう。
だが、今の、ケイ・フジワラは、違った。
その、あまりにも、凄惨な光景を、彼は、ただの、情報として、処理した。
これは、悲劇ではない。
これは、自分たちが、生き残るために、必要な、リソースの、消費だ。
感傷に、浸っている暇など、ない。
彼の視線が、標的を、完全に、ロックオンした。
ホブゴブリン・シャーマン。
その巨体は、戦場の、やや後方。仲間たちの死体の山の上に、悠然と、鎮座していた。その周囲には、親衛隊であろう、屈強なホブゴブリンが、十数体、壁のように、固めている。
シャーマンは、ケイが放った火計の混乱から、いち早く、立ち直っていた。彼は、その枯れ木のような杖を、天に掲げ、再び、何事か、呪文の詠唱を開始しようとしていた。その杖の先端に、先ほど、フロンティア村の防壁を、紙細工のように粉砕した、あの、禍々しい、紫色の魔力が、再び、渦を巻き始めている。
(……二発目は、撃たせない)
ケイの、滑空する軌道が、緩やかなカーブを描き、シャーマンの、ちょうど、死角となる、背後へと、回り込んでいく。
ゴブリンたちは、空からの、この、奇襲に、全く、気づいていない。彼らの、貧弱な知性は、敵が、空を飛ぶなどという、規格外の事象を、想定することさえ、できなかった。
そして、ついに、その時が、来た。
シャーマンの、真上、高度約十メートル。
ケイは、翼のように広げていたマントを、一気に、畳んだ。
空気抵抗が、失われる。
彼の、小さな身体は、まるで、一本の、黒い槍のように、最後の、標的へと、吸い込まれるように、落下していった。
ザッ、と。
雪と、ゴブリンの死体が、クッションとなり、着地の衝撃を、和らげる。
ケイは、音もなく、シャーマンの、巨大な背中の、すぐ後ろに、降り立っていた。
「……グルァ?」
さすがに、背後に現れた、明確な、殺意の気配には、気づいたのだろう。
シャーマンが、詠唱を中断し、その、醜悪な顔を、ゆっくりと、振り返ろうとした。
その、濁った瞳が、自分を、捉える、その、コンマ数秒の、刹那。
ケイは、最後の、スキルを、発動させた。
それは、かつて、ナイトクローラーの群れを、無力化した、あの、光の魔法。
だが、今、彼が、生成するのは、あの時とは、比較にならないほどの、凝縮された、純粋な、光の、暴力。
「《クリエイト・マテリアル》!」
彼の、小さな、手のひらの上に、魔素が、あり得ないほどの、密度で、収束していく。
それは、まるで、小さな、太陽が、彼の手に、宿ったかのようだった。
「――実装コード、『閃光』改。……バージョン2.0、『超新星』ッ!」
次の瞬間。
世界から、再び、色が、消えた。
ホブゴブリン・シャーマンが、振り返った、その目の前で、小さな、太陽が、爆発した。
それは、もはや、光ではなかった。
それは、視神経を、網膜ごと、焼き切るかのような、純粋な、エネルギーの、奔流。
戦場の、全ての音が、一瞬、遠のくほどの、絶対的な、白。
「ギ、ギギギギギギギギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア-!!!!!!!!」
シャーマンの、喉から、この世のものとは思えない、絶叫が、迸った。
その、濁った両目から、血の涙が、滝のように、流れ落ちる。
光に、焼かれたのだ。その、貧弱な、視覚器官が、完全に。
彼は、杖を取り落とし、両手で、顔を覆い、狂ったように、のたうち回った。
周囲を固めていた、親衛隊のホブゴブリンたちもまた、突然の閃光に、視力を奪われ、混乱の極みにあった。
その、完璧な、そして、唯一の、好機。
それを見逃すほど、フロンティア村の、軍務大臣は、甘くはなかった。
「――もらったァッ!!!!」
炎と、煙と、そして、混乱の、向こう側から。
一つの、巨大な、影が、まるで、弾丸のように、飛び出してきた。
ガロウ・アイアンファング。
彼は、大将が、戦場に舞い降りた、その瞬間から、ただ、ひたすらに、この、一瞬だけを、信じて、敵の、肉の壁を、食い破り、突き進んできたのだ。
その、黄金色の瞳は、もはや、獲物しか、見ていない。
もがき苦しむ、ホブゴブリン・シャーマンの、その、無防備な、首筋。
ただ、一点だけを。
彼が、その手に握る、ドゥーリンが鍛え上げた、巨大な、鋼鉄の両刃斧が、吹雪の中で、死の、三日月を、描いた。
ザシュッ!!!!
肉を、断ち切る、という、生易しい音ではなかった。
それは、巨大な、大木が、その自重に耐えきれず、根元から、へし折れるような、鈍く、そして、決定的な、破壊の音だった。
ホブゴブリン・シャーマンの、醜悪な、巨大な頭部が、胴体から、離れ、宙を、舞った。
その、血走った、しかし、もはや、何も映してはいない、両目には、最後の瞬間まで、自分が、何に、殺されたのか、理解できなかったであろう、永遠の、驚愕の色が、浮かんでいた。
首を失った、山のような巨体が、数度、痙攣し、やがて、轟音と共に、自らが作り上げた、仲間たちの、死体の山の上へと、崩れ落ちた。
「…………」
後に、残されたのは、降りしきる、白い雪と、そして、戦場の、喧騒だけだった。
いや、違う。
その、喧騒が、少しずつ、その、性質を、変えつつあった。
ゴブリンたちの、狂乱の雄叫びが、徐々に、困惑と、そして、恐怖の、囁きへと、変わっていく。
彼らは、見たのだ。
自分たちの、絶対的な、支配者であり、恐怖の、象徴であった、リーダーの、その、あまりにも、あっけない、最期を。
そして、その、首なしの死体の上に、仁王立ちになる、血塗れの、巨大な、狼の、悪魔と、その、傍らで、静かに、佇む、黒い、死の天使の、姿を。
彼らの、貧弱な、しかし、生存本能だけは、発達した、脳が、一つの、絶対的な、結論を、導き出した。
――勝てない。
この、化け物たちには、絶対に、勝てない。
その、本能的な、恐怖が、ウイルスのように、戦場全体へと、伝播していく。
一人、また一人と、武器を捨て、背を向け、逃げ出し始める。
それは、もはや、退却ではなかった。
蜘蛛の子を、散らすような、完全な、潰走だった。
「……追うな」
司令塔から、ケイの、最後の、そして、最も、冷静な、命令が、響き渡った。
「深追いは、無用だ。……我々の、勝利だ」
その、静かな、しかし、絶対的な、勝利宣言。
それを、聞いた、フロンティア村の、全ての住民たちが、一瞬の、沈黙の後。
これまでの、戦いの、怒りも、恐怖も、悲しみも、その、全てを、洗い流すかのような、魂の、底からの、歓喜の、雄叫びを、上げた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」
その、歓声は、いつまでも、いつまでも、吹雪の、夜空へと、響き渡っていった。
長い、長い、夜が、明けようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、フロンティア村の、存亡を賭けた、最初の、そして、最大の防衛戦が、終わりました。ケイの、最後の切り札。それは、彼自身の、勇気と、そして、仲間への、絶対的な信頼でした。
リーダーを失ったゴブリンの群れは、霧散。彼らは、自らの力で、故郷を、そして、未来を、守り抜いたのです。
次回、ついに、長い夜が明けます。朝日が照らし出す、戦いの痕跡。そして、勝利の歓喜の裏で、彼らが手にしたものと、失ったもの。第一部、クライマックスに向けて、物語は、静かな、しかし、確かな、歩みを進めます。
「面白い!」「ケイ、かっこよすぎ!」「ガロウの最後の一撃、痺れた!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らの、新しい朝を、祝福する、最初の光となります。
次回の更新は、明日19時です。どうぞ、お楽しみに。