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第45節: 火計:禁断のプロトコル

いつもお読みいただき、ありがとうございます!皆様のブックマーク、評価、そして温かい感想の数々が、吹雪の中のフロンティア村を照らす、何よりの力となっております。


前回、ドゥーリン率いる鋼鉄の重装歩兵部隊が、ゴブリンの濁流を食い止める防波堤となりました。しかし、戦況は膠着。このままでは、いずれ体力自慢のドワーフ部隊でさえも限界を迎えてしまいます。絶望的な消耗戦の中、我らが大将ケイは、ついに温存していた最後の切り札を切ることを決断しました。


彼が「禁断の一手」とまで呼んだ、その恐るべき作戦とは一体何なのか。物語は、雌雄を決する最終局面へと突入します。どうぞ、お見逃しなく。

「――君に、頼みたいことがある」


ケイの、氷のように冷徹な声が、司令塔の凍てついた空気を震わせた。

その声に含まれる、尋常ならざる響きに、ガロウはゴクリと喉を鳴らす。目の前の、小さなリーダーの横顔。そこに浮かんでいるのは、これまで一度も見たことのない、冷酷なまでの決意の色だった。それは、自らが作り上げたシステムを守るためならば、いかなる非情な手段さえも厭わない、絶対的な管理者の顔だった。


「……なんだ、大将。水臭えじゃねえか。んな、改まって。あんたの頼みなら、俺は……」

「今すぐ、村の全ての家から、油を、一滴残らず、集めてきてほしい」

「……油、だと?」


ガロウの眉が、訝しげに寄せられた。油。それは、灯りや、料理に使う、貴重な生活物資だ。この戦いの、一体、何になるというのか。


「獣の脂でも、植物油でも、何でもいい。とにかく、燃えるものなら、全てだ。そして、それを、ドゥーリン殿が作った、空の土器の壺に、目一杯、満たしてくれ。数は、少なくとも、百。多ければ、多いほどいい」

「……大将、そいつを、一体、何に……」

「説明している時間はない。これは、最優先事項だ。頼めるか?」


その、有無を言わせぬ、強い瞳。

ガロウは、そこに、リーダーの、揺るぎない覚悟を見た。彼は、直感で理解した。大将は、今、この戦いの趨勢を決する、とてつもない賭けに、出ようとしているのだと。

「……分かった。すぐに、取り掛からせる」

ガロウは、力強く頷くと、部下の一人に、命令を飛ばすべく、見張り台を駆け下りていった。


次に、ケイは、傍らで、ずっと戦況を、不安そうに見守っていたルナリアへと向き直った。

「ルナリア」

「は、はい!」

「君の薬草工房に、発火性の高い薬品……あるいは、特定の鉱物と混ぜ合わせることで、爆発的な燃焼を引き起こすような、調合の知識はあるか?」


その、あまりにも物騒な問いに、ルナリアの顔が、さっと青ざめた。

「……あります。ですが、ケイ、それは……あまりにも、危険すぎます! 下手をすれば、味方をも巻き込みかねない、禁断の……」

「分かっている。だが、それしか、この状況を覆す手は、残されていない」


ケイの、青い瞳は、もはや、何の感情も映していなかった。ただ、目的を達成するための、最適な手段を、冷徹に、選択しているだけだった。

「僕が、今から言う通りの、配合で、調合してほしい。これは、命令だ」


その、非情なまでの、リーダーとしての、仮面。

ルナリアは、唇を、強く、噛み締めた。そして、小さな、しかし、確かな声で、答えた。

「……分かりました。……ケイの、言う通りに」

彼女は、ケイの、本当の優しさを知っている。彼が、どれほどの覚悟で、この、非情な決断を下したのかを、痛いほど、理解していた。

彼女は、一礼すると、自らの持ち場である、野戦病院へと、駆け出していった。


そして、ケイは、最後のピースへと、魂の通信を飛ばした。

それは、鋼鉄の防波堤の中心で、鬼神の如く、ウォーハンマーを振るい続けている、伝説の工匠。


『――ドゥーリン殿』

『おうよ! なんだ、小僧! この、ゴミ掃除の、邪魔をするな!』

返ってきたのは、興奮と、闘争心に満ちた、怒声だった。


『あなたに、作ってもらいたいものが、二つある。一つは、簡易的な、『投石器』だ。設計図は、今、あなたの頭に送る。構造は、シンプルだ。あなたの腕なら、三十分もかからずに、数台は作れるはずだ』

『投石器、だと……? フン、古典的な手を使いやがる。……で、もう一つは、なんだ?』

『あなたの工房の、反射炉。その温度を、今すぐ、最大まで、引き上げてほしい。そして、溶けた鉄を、ただ、ひたすらに、作り続けてくれ』

『……鉄だと? この戦場で、一体、何に使う気だ?』

『――すぐに、分かる』


ケイは、それだけを告げると、通信を切った。

そして、彼は、静かに、天を、仰いだ。

降りしきる、白い雪。

それは、天からの、涙のようにも、見えた。


(……許せ。だが、これも、君たちを、守るためだ)


彼は、心の中で、まだ見ぬ、敵兵の、魂に、静かに、謝罪した。

彼が、これから行おうとしていること。

それは、もはや、「戦術」という名の、盤上の駆け引きではない。

ただ、効率的に、敵の生命を、システムとして、「処理」するためだけの、冷徹な、プロトコルだった。



それから、約一時間後。

フロンティア村の、防壁の上に、異様な光景が、出現していた。

それは、ドゥーリンが、有り合わせの木材と、鋼鉄の部品で、急遽、組み上げた、五台の、巨大な投石器だった。その、歪な、しかし、機能美に満ちた姿は、まるで、古代の怪物が、雪の中に、その姿を現したかのようだった。


投石器のアームには、ガロウが集めてきた、油で満たされた、巨大な土器の壺が、セットされている。壺の口には、ルナリアが調合した、特殊な薬品を染み込ませた、布が、きつく、詰められていた。


戦況は、もはや、限界に達していた。

ドゥーリン率いる重装歩兵部隊は、鬼神の奮戦を続けていたが、その動きは、明らかに、鈍くなっている。鋼鉄の鎧の隙間から、白い湯気が立ち上り、彼らの体力が、限界に近づいていることを、示していた。

壁の上で戦う、狼獣人たちもまた、疲弊しきっていた。何人かは、傷を負い、後方に下がっていく。


対する、ゴブリンの波は、衰えを、知らない。

目の前の、仲間たちの死体の山を、乗り越え、乗り越え、ただ、ひたすらに、その、汚れた爪を、鋼鉄の壁へと、突き立ててくる。

その数は、まだ、三百を超えていた。


「……大将! まだか!?」

最前線で、血塗れの斧を振るうガロウの、悲痛な叫びが、司令塔まで、届いてくる。


ケイは、無言だった。

彼の、青い瞳は、ただ、じっと、一点を、見据えていた。

ホブゴブリン・シャーマン。

あの、忌まわしき、魔法の使い手。

奴が、次の、魔法を、詠唱しようと、その、枯れ木のような杖を、掲げた、その、瞬間。


「――今だ」


ケイの、静かな、しかし、絶対的な、命令が、響き渡った。


『――全軍、後退! 壁の上から、飛び降りろ! 塹壕まで、退避せよ!』

『――ドゥーリン部隊、今すぐ、亀裂から離脱! 第二防衛ラインまで、後退せよ!』


その、あまりにも、唐突な、撤退命令。

獣人たちは、一瞬、戸惑った。だが、彼らの身体は、ケイの、魂の命令に、逆らうことなく、反射的に、動き出した。

彼らは、武器を捨て、仲間と肩を貸し合い、次々と、壁の内側へと、飛び降りていく。


ドゥーリンの部隊もまた、最後の力を振り絞り、敵を押し返すと、重い足取りで、後方へと、下がり始めた。


「「「ギャアアアアアッ!!!!」」」


突然、抵抗がなくなった、防壁。

ゴブリンたちは、勝利を確信し、狂喜の雄叫びを上げながら、その、がら空きになった壁へと、我先にと、殺到した。

壁をよじ登り、そして、亀裂から、なだれ込む。

彼らの、濁った瞳には、村の、無防備な家々と、そして、そこに隠れているであろう、女子供の姿が、映っていたことだろう。


ほんの、数十秒で。

百を超えるゴブリンたちが、壁の上と、そして、村の内部の、亀裂周辺へと、密集した。

そこは、もはや、戦場ではなかった。

略奪と、殺戮を、目前にした、狂乱の、宴の場だった。


その、光景を、司令塔の上から、冷たい、氷のような目で見下ろしながら。

ケイは、最後の、トリガーを、引いた。


『――点火』


投石器の傍らで、待機していた、エルフの射手たちが、その矢の先に、炎を灯す。

そして、狙いを定めたのは、敵ではない。

投石器にセットされた、油壺の、口だった。


ヒュッ、と、静かな音を立てて、炎の矢が、放たれる。

矢は、寸分の狂いもなく、油壺の、薬品を染み込ませた布に、着弾した。


ボッ!!!!


瞬間、壺が、爆発的な勢いで、炎上した。


『――放てッ!!!!』


ケイの、絶叫が、響き渡る。

投石器の、アームが、唸りを上げて、しなる。

そして、巨大な、燃え盛る、火の玉と化した、油壺が、放物線を描き、夜空を、赤く染めながら、ゴブリンたちが密集する、その、ど真ん中へと、吸い込まれるように、落下していった。


五つの、巨大な、火球。

それが、着弾した、瞬間。


世界は、灼熱の、地獄と化した。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


凄まじい、轟音と共に、油が、飛散し、爆発的な、火災旋風を、巻き起こした。

それは、もはや、炎ではなかった。

それは、生命あるもの、全てを、喰らい尽くす、灼熱の、津波だった。

壁の上にいた、ゴブリンたち。亀裂の周辺に、密集していた、ゴブリンたち。

その、全てが、一瞬で、悲鳴を上げる間もなく、炎に、飲み込まれた。


「ギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


燃え盛る、松明と化したゴブリンたちが、狂ったように、雪の上を、のたうち回る。

その炎は、仲間へと、次々と、燃え移り、地獄の業火は、さらに、その範囲を、拡大していく。

肉の焼ける、おぞましい、異臭。

断末魔の、絶叫の、合唱。


だが、ケイの、禁断のプロトコルは、まだ、終わってはいなかった。

彼は、最後の、そして、最も、非情な、命令を、下した。


『――ドゥーリン殿。……頼む』


「……フン。……鬼め」


ドゥーリンは、そう、吐き捨てた。だが、その声には、不思議と、非難の色は、なかった。

彼は、反射炉の、出湯口の前に立ち、その、巨大な、レバーを、握りしめていた。

炉の中では、灼熱の、溶けた鉄が、その時を、待っている。

出湯口の先には、あらかじめ、設置されていた、長い、長い、といが、防壁の、亀裂の、その、真上へと、伸びていた。


「――地獄の鉄槌を、喰らいやがれ、ゴミクズどもがァッ!!!!」


ドゥーリンの、絶叫と共に、レバーが、引かれた。


次の瞬間。


灼熱の、太陽の奔流が、再び、解き放たれた。

だが、それは、インゴットを作るための、希望の光ではない。

それは、全ての生命を、焼き尽くす、無慈悲な、裁きの、光だった。

溶けた鉄の川が、樋を、滑り落ち、防壁の亀裂へと、滝のように、流れ落ちていく。

そこは、炎から逃れようと、ゴブリンたちが、密集していた、場所だった。


ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!


水蒸気爆発のような、凄まじい音。

そして、世界から、全ての音が、消えた。

後に残ったのは、ただ、黒く、焼け爛れ、そして、溶けた鉄と、一つになった、おびただしい数の、炭化した、彫像だけだった。


フロンティア村の、防壁の亀裂は、今、灼熱の、鉄の壁によって、完全に、塞がれていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ケイの、最後の切り札。それは、あまりにも、非情で、そして、あまりにも、合理的な、殲滅戦術でした。火と、鉄。文明の象徴であるはずのそれらが、この戦場では、最も、恐ろしい、殺戮の道具となりました。


しかし、これで、戦いは、終わったのでしょうか。

そして、この、あまりにも、凄惨な勝利を、ケイと、村の仲間たちは、どう、受け止めるのでしょうか。


「面白い!」「ケイ、恐ろしい子……!」「壮絶すぎる……」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、この、凄惨な戦いの、鎮魂歌となります。


次回、ついに、長い、長い、夜が明けます。どうぞ、お楽しみに。

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