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第44節:鋼鉄の防波堤

いつもお読みいただき、ありがとうございます!皆様のブックマーク、評価、そして温かい感想の数々が、フロンティア村の防壁を築く、何よりの力となっております。


前回、ホブゴブリン・シャーマンの魔法によって、誇り高き防壁に致命的な亀裂が穿たれました。絶望的な状況の中、ついに我らがドワーフ爺様、ドゥーリン率いる重装歩兵部隊が出撃!彼らは、この絶望的な亀裂を塞ぐことができるのか。


物語は、雌雄を決する激戦のフェーズへと突入します。鋼鉄の城壁が、ゴブリンの濁流と激突する瞬間を、どうぞお見逃しなく。

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――。


それは、戦場に存在する、あらゆる音を支配する、異質な響きだった。

吹雪の轟音も、ゴブリンたちの狂乱の雄叫びも、負傷した仲間たちの呻き声さえも、その、あまりにも無機質で、統率された足音の前には、意味をなさないノイズへと変わっていく。


フロンティア村の最後の切り札、ドゥーリン・ストーンハンマー率いる重装歩兵部隊。

彼らは、走らない。叫ばない。ただ、巨大な塔のタワーシールドを前面に構え、一糸乱れぬ密集方陣ファランクスを組んだまま、まるで動く鋼鉄の城壁のように、ゆっくりと、しかし、一切の揺らぎなく、絶望の亀裂へと、前進していた。


その、あまりにも異様で、そして、あまりにも頼もしい光景に、パニックに陥っていた狼獣人たちでさえ、一瞬、その動きを止めて、息を呑んだ。


「……あれが……ドワーフの戦い方……」


ガロウが、呆然と呟く。

個々の勇猛さで、戦場を駆け回るのが信条の彼らにとって、それは、全く未知の、そして、恐ろしいほどに洗練された、戦いの姿だった。


鋼鉄の城壁は、ついに、防壁の亀裂へと到達した。

そこは、既に、数百のゴブリンが雪崩れ込み、防衛ラインを内側から食い破ろうとする、阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「「「ギャアアアアアアッ!!!!」」」


ゴブリンたちは、目の前に現れた、新たな障害物を認めると、狂喜の声を上げ、その錆びついた刃を、汚れた爪を、鋼鉄の壁へと、叩きつけた。


ガキンッ! ギャリリリッ!


耳障りな金属音が、連続して響き渡る。

だが、鋼鉄の壁は、びくともしない。

ドゥーリンが、フロンティア村の最高の鋼を使い、魂を込めて打ち上げた塔の盾。その、滑らかで、そして、分厚い装甲の前には、ゴブリンたちの貧弱な攻撃など、まるで、嵐の夜に、窓を叩く、雨粒ほどの意味もなさなかった。


「――フン」


その、鋼鉄の壁の、中央。ひときわ巨大な、紋章入りの盾を構えたドゥーリンが、その白い髭の奥で、嘲るように、鼻を鳴らした。


「……蟻が、岩に噛み付いておるわ。……さて、と」


彼の、黒い瞳が、兜の奥で、カッと見開かれた。

その視線は、もはや、職人のものではない。自らが作り上げた、最高の道具の性能を、存分に味わおうとする、残忍な、戦士の光を宿していた。


「――第一列、盾を構えろ! 敵の圧力を、受け止めろ!」


岩盤が擦れるような、しゃがれた、しかし、腹の底から響き渡る、号令。

ザンッ! と、盾を地面に突き立てる音が、一つになって響く。鋼鉄の壁は、大地に、深く、根を張った。


「――第二列! ハンマー、構え!」


第一列の盾の隙間から、無数の、巨大なウォーハンマーが、ぬうっと、突き出される。その、鈍く輝く鋼鉄の塊は、それ自体が、絶対的な、破壊の意志を、体現しているかのようだった。


「――そして、教えを、思い出せ、小僧どもッ!」


ドゥーリンの、雷鳴のような、檄が飛ぶ。


「鉄を打つ時、最も重要なのは、何か!? 力任せに、叩くことか!? 違うッ! 熱した鉄の、最も脆い一点を、見抜き、そこに、寸分の狂いもなく、最小限の力で、最大の破壊を、叩き込むことだ! 目の前の、ゴミクズどもも、同じことよ!」


彼は、自らの、巨大なウォーハンマーを、まるで、小枝でも振り回すかのように、軽々と、頭上に掲げた。


「奴らの、薄っぺらい頭蓋骨かしらは、焼き入れの足りん、ナマクラだ! 奴らの、貧弱な骨格は、スラグの混じった、クソ鉄だ! それを、この俺が、お前たちが、鍛え上げた、本物の『鋼』で、あるべき姿へと、『再鍛錬』してやるだけの、簡単な『仕事』よ!」


その、あまりにも、冒涜的で、そして、あまりにも、職人らしい、狂気の演説。


それを聞いた、彼の弟子たちの、兜の奥の瞳に、師と同じ、歓喜の光が、宿った。


「――仕事、開始はじめィッ!!!!」


ドゥーリンの、絶叫が、合図だった。


次の瞬間。


世界は、ただ、一つの音に、支配された。


ゴッ。

ゴッ。

ゴッ。

ゴッ。


それは、肉を打つ音ではなかった。

それは、熟れた果実が、次々と、地面に叩きつけられて、破裂していくような、湿った、不快な、破壊の音だった。


鋼鉄のウォーハンマーの奔流が、盾の隙間から、正確無比に、ゴブリンたちの頭部だけを狙って、振り下ろされる。

ゴブリンたちの、粗末な兜も、硬い頭蓋骨も、その、圧倒的な質量と、運動エネルギーの前には、何の意味もなさなかった。

赤と、黒と、そして、灰色の、脳漿が、吹雪の中で、まるで、醜い花火のように、咲き乱れる。

悲鳴を上げる間さえ、ない。

鋼鉄の壁に殺到した、最前列のゴブリンたちは、ただ、物言わぬ、肉の塊へと、姿を変えていった。


「怯むなァッ! 隊列を崩すな! 一歩も、下がるんじゃねえぞ!」


ドゥーリンの咆哮が、響き渡る。

彼らは、決して、前に出ない。ただ、ひたすらに、その場で、押し寄せる、肉の波を、打ち返し続ける。

それは、もはや、戦闘ではなかった。

それは、ベルトコンベアの上を流れてくる、不良品を、ただ、淡々と、スクラップにしていく、効率的な、「作業」だった。


防壁の亀裂は、完全に、塞がれた。

いや、塞がれた、だけではない。

そこは、ゴブリンたちにとって、足を踏み入れた瞬間に、確実に、死が約束される、この世で、最も、効率的な、粉砕機クラッシャーと化していた。


「……すげえ……」


後方で、体勢を立て直していたガロウたちが、その、信じがたい光景を前に、呆然と、立ち尽くしていた。

あれほど、自分たちを、苦しめた、ゴブリンの濁流。それが、たった、十数名の、鋼鉄の塊によって、完全に、その勢いを、止められている。


「……あれが、ドワーフの……。いや、ドゥーリン殿の、戦い方……」


それは、個々の武勇を誇る、獣人たちの戦い方とは、全く、対極にある。

個を殺し、組織として、システムとして、敵を、殲滅する。

その、冷徹なまでの、合理性。それは、どこか、自分たちの、新しい大将、ケイの戦い方にも、通じるものがあった。


だが、戦況は、決して、楽観できるものではなかった。


司令塔の、ケイの脳内には、新たな、警告が表示されていた。


(……ドワーフ部隊、敵の侵入阻止に成功。だが、敵の後続は、未だ、三百以上。……ドワーフ部隊の、物理的な損耗はないが、隊員の、スタミナ消費が、予測を、上回っている。このままでは、あと、十五分で、陣形維持が、困難になる)


鋼鉄の鎧は、絶対的な防御力をもたらす。だが、それは、同時に、着用者の体力を、容赦なく、奪っていく、諸刃の剣でもあった。

ハンマーを振るうたびに、盾で、敵の圧力を受け止めるたびに、彼らの、生命力そのものが、削られていく。


(……戦線が、膠着した)


ケイは、静かに、結論を下した。

亀裂は、塞がった。だが、それは、あくまで、一時的な、止血に過ぎない。

敵の、圧倒的な「数」という、根本的な問題が、解決したわけではない。

このままでは、いずれ、ドワーフ部隊が力尽き、再び、防衛ラインは、決壊する。


それは、時間の、問題だった。


「……大将。どうする……? このままじゃ、爺さんたちが、もたねえぞ……!」


隣で、戦況を見守っていたガロウが、焦燥に駆られた声で、問いかける。

彼の目にも、ドワーフ部隊の、限界が、見え始めていた。


ケイは、答えなかった。

彼の、青い瞳は、眼下の、凄惨な戦場ではなく、その、さらに向こう。

未だ、後方で、悠然と、戦況を眺めている、一体の、巨大な影――ホブゴブリン・シャーマンを、じっと、見据えていた。


(……敵の、指揮系統を、叩く。……それしかない。だが、ガロウを出撃させても、あのシャーマンの元にたどり着く前に、ゴブリンの波に、飲み込まれる。……リスクが、高すぎる)


彼の頭脳が、再び、何万通りもの、シミュレーションを、繰り返す。

その、全てが、導き出す結論は、『打つ手なし』。


(……本当に、そうか?)


彼の思考が、さらに、深く、深く、潜っていく。

既存のリソースでは、不可能。

ならば――。


(……新しい、リソースを、投入するしかない)


彼の、脳裏に、一つの、計画が、浮かび上がった。

それは、これまで、彼が、温存し続けてきた、最後の、そして、最大の、切り札。

あまりにも、危険で、そして、あまりにも、非人道的でさえある、禁断の、一手。


だが、この、膠着した戦況を、根底から、覆すには、もはや、それしか、残されていなかった。


「……ガロウ」


ケイは、静かに、振り返った。

その顔には、これまで、決して、見せたことのない、冷たい、氷のような、表情が、浮かんでいた。

それは、仲間を、村を、守るためならば、自らが、鬼にでも、悪魔にでもなることを、覚悟した、リーダーの顔だった。


「君に、頼みたいことがある」


その、声の響きに、ガロウは、ゴクリと、喉を鳴らした。

大将が、今、何を、考えているのか。

彼には、分からなかった。

だが、その決断が、この戦いの、そして、あるいは、自分たちの、運命そのものを、大きく、左右することになることだけは、確かだった。


フロンティア村、防衛戦。

戦いは、最も、過酷で、そして、最も、凄惨な、消耗戦のフェーズへと、移行しようとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ドワーフ部隊、圧巻の強さでしたね。まさに、動く鋼鉄の城壁。しかし、その奮戦も、ゴブリンの、圧倒的な数の前には、いずれ限界が訪れる……。

戦況は、膠着。そして、ケイが、ついに、最後の切り札を切ることを決断しました。


彼が「禁断の一手」とまで言う、その、恐るべき作戦とは、一体、何なのでしょうか。


「面白い!」「ドワーフ部隊、かっこよすぎ!」「ケイの切り札が気になる!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、膠着した戦線を、打ち破る、力となります!


次回、ついに、ケイの、最後の切り札が、火を噴く! どうぞ、お楽しみに。

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