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第43節:亀裂:魔将の咆哮

いつもお読みいただき、ありがとうございます!皆様のブックマーク、評価、そして温かい感想の数々が、フロンティア村の防壁を築く、何よりの力となっております。


前回、ついに始まったフロンティア村防衛戦。ケイが設計した防衛ラインと、ガロウ率いる戦士たちの奮戦により、ゴブリンの第一波を見事に食い止めました。しかし、敵の主力はまだ牙を隠しています。そして、ついにこのスタンピードを率いる、魔法を操るボス個体が、その不気味な姿を現しました。


今回は、その予測不能な脅威が、ケイの完璧な設計図に、最初の、そして致命的な亀裂を入れます。絶望的な状況の中、ケイが投入する、次なる一手とは。手に汗握る攻防戦、どうぞお楽しみください。

「グルルル……。……シャガ……(小賢しい)……」


その声は、音ではなかった。

それは、吹雪の轟音と、断末魔の悲鳴が渦巻く戦場の喧騒の中で、ケイの《アナライズ》だけが捉えた、極めて危険な魔素の振動。ゴブリンの、おびただしい死体の山の上に立つ、一体の巨大なホブゴブリン。その、醜悪な顔を上げたリーダー格の個体が、枯れ木のような杖を天に掲げ、汚れた唇から、意味をなさない、しかし、明確な指向性を持つ呪いの言葉を紡ぎ始めた、その瞬間。


司令塔のケイの脳内に、最大級のシステムアラートが、けたたましく鳴り響いた。


警告:高エネルギーの魔力収束を確認。

警告:対象:ホブゴブリン・シャーマン。魔術スキル【崩壊の一撃ルイン・ブラスト】の詠唱シーケンスを開始。

警告:着弾予測地点:北側防壁、セクター・デルタ。

予測される被害:防御柵、約10メートルにわたり、完全崩壊。


「――まずいッ!」


ケイの、常に冷静だった声に、初めて、焦りの色が混じった。

「ガロウ! セクター・デルタの部隊を、今すぐ後退させろ! 壁から離れろ!」


彼の、魂に直接響く命令は、即座にガロウへと伝達された。

「何!?」

ガロウは、最前線で槍を振るいながらも、即座に反応した。彼は、大将の命令の、その絶対的な正しさを、疑うことなど、もはや、しなかった。

「デルタ部隊! 聞こえるな! 全員、壁から飛び降りろ! 今すぐだァッ!」


ガロウの雷鳴のような怒号が、吹雪の中で響き渡る。

そのセクターで戦っていた狼獣人の戦士たちは、一瞬、戸惑いながらも、リーダーの命令に従い、次々と、壁の内側へと飛び降りていく。


その、コンマ数秒後。


世界から、音が消えた。


ホブゴブリン・シャーマンが掲げた杖の先端に、凝縮されていた、汚泥のような、禍々しい紫色の光球。それが、一筋の、レーザーのような光線となって、射出された。

それは、フロンティア村の、北側防壁の、一点へと、吸い込まれるように、着弾した。


一瞬の、沈黙。


そして、次の瞬間。


世界が、爆ぜた。


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!


それは、これまでの、ドゥーリンが設置した魔法の地雷など、子供の火遊びに思えるほどの、圧倒的な、純粋な、破壊の奔流だった。

鋼鉄のように硬いテツカシの丸太が、まるで、脆い枯れ木のように、内側から、爆散する。ドゥーリンが鍛え上げた鋼鉄の補強材は、飴のようにひん曲がり、灼熱の破片となって、四方八方へと、撒き散らされた。

高さ三メートル、二重構造を誇った、フロンティア村の、鉄壁の守り。その、一点が、まるで、巨大な獣に、喰いちぎられたかのように、ぽっかりと、口を開けていた。

幅、十メートル以上。

そこは、もはや、壁ではなかった。ただの、絶望的な、「穴」だった。


「……ぐっ……!?」

「ぎゃあああっ!」


間一髪、後方へ退避した戦士たちでさえ、その、凄まじい爆風と、衝撃波によって、雪の上に、叩きつけられる。何人かは、飛散した木片や鉄片を浴び、浅からぬ傷を負っていた。もし、ケイの命令が、あと一秒でも遅れていれば、彼らは、壁ごと、木っ端微塵になっていただろう。


「……嘘、だろ……」


壁の上で、かろうじて体勢を立て直した戦士の一人が、その、信じられない光景を前に、呆然と、呟いた。

自分たちが、誇りを持って守っていた、最強の壁。それが、たった一撃で、まるで、紙細工のように、破壊された。

その、あまりにも、衝撃的な事実が、彼らの、燃え盛っていた闘志に、氷のように冷たい、絶望の水を、浴びせかけた。


そして、ゴブリンたちは、その、千載一遇の好機を、見逃すはずがなかった。


「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」


それまでの、混乱と恐怖は、どこへやら。

目の前に、ぽっかりと開いた、無防備な、侵入口。

その、甘美な光景は、彼らの、わずかな理性を、完全に、焼き切った。

彼らは、勝利を確信した、狂乱の雄叫びを上げながら、その、巨大な亀裂へと、まるで、ダムの決壊によって、濁流が流れ込むかのように、殺到した。


「くそったれがァッ! 止まれ! 止めるんだァッ!」


ガロウが、血を吐くような、絶叫を上げた。

彼は、手近な戦士たちを、かき集め、亀裂へと向かおうとする。

だが、遅い。

敵の勢いは、もはや、個人の武勇で、どうこうできるレベルを、遥かに、超えていた。


このままでは、敵の主力が、一気になだれ込み、村は、内側から、蹂躙される。ケイが設計した、村内部の迷路も、迎撃拠点も、この、圧倒的な数の暴力の前には、機能しない。

システムは、今、まさに、致命的な、そして、予測不能だった、セキュリティホールを突かれ、崩壊の、瀬戸際にあった。


その、誰もが、絶望に、膝を突きそうになった、瞬間。


司令塔の、ケイの、冷徹な声が、再び、全ての仲間の、魂に、響き渡った。


『――落ち着け。……まだ、慌てるような時間じゃない』


その、あまりにも、場違いな、冷静さ。

その声は、パニックに陥っていた獣人たちの、思考を、強制的に、クールダウンさせる、不思議な力を持っていた。


『……この事態は、僕のシミュレーションにおける、ワーストケース・シナリオの一つだ。……そして、そのための、対応策コンティンジェンシープランも、既に、用意してある』


ケイの、青い瞳は、眼下で繰り広げられる、絶望的な光景ではなく、その、さらに奥。村の中央広場の、さらに後ろ。この戦いが始まってから、ずっと、静かに、その時を待っていた、一つの、特別な区画を、見据えていた。


そこには、村の、他のどの住民とも、明らかに、異質な、十数名の、集団が、息を殺して、待機していた。

彼らは、狼獣人ではなかった。

彼らの背は、狼獣人よりも、さらに、頭一つ分は、低い。だが、その身体は、まるで、岩塊から削り出したかのように、分厚く、そして、頑強だった。

その、全員が、ドゥーリンが、この日のために、魂を込めて打ち上げた、全身を覆う、鋼鉄の重装鎧フルプレートメイルを、身に纏っている。

その右手には、人の頭ほどもある、巨大な、ウォーハンマー。

その左手には、侵入者を、一人たりとも、通すものかという、鋼の意志を、体現したかのような、巨大な、塔のタワーシールド


彼らは、ドゥーリンが、この村に来てから、自らの弟子として、選び抜き、そして、自らの、戦いの全てを、叩き込んだ、フロンティア村の、最後の、そして、最強の、切り札。

伝説の工匠、ドゥーリン・ストーンハンマーが、直々に率いる、重装歩兵部隊。

通称、『ドワーフ部隊』。

(その、構成員の、ほとんどは、ドワーフに負けず劣らず、頑強な、狼獣人の若者たちだったが、彼らの師であり、リーダーであるドゥーリンは、敬意と、そして、少しばかりの揶揄を込めて、そう、呼ばれることを、気に入っていた)


『――聞け、ドゥーリン殿』


ケイの、魂の通信が、その、最強の予備戦力の、リーダーへと、届く。


『あなたの出番だ。……僕の、完璧な設計図に、泥を塗ってくれた、あの、クソ生意気な、ホブゴブリンを、あなたの、その自慢のハンマーで、文字通り、ミンチにしてきてほしい』


その、どこまでも、冷静で、しかし、どこまでも、挑発的な、出撃要請。


それを、聞いた、ドゥーリン・ストーンハンマーは。


その、白い、豊かな髭の奥で、カッと、その、黒い瞳を、見開いた。

そして、百五十年の人生で、おそらく、最も、獰猛で、そして、最も、歓喜に満ちた、笑みを、浮かべた。


「……フン。……言われずとも、そのつもりだわい」


彼は、その手に持った、ウォーハンマーを、軽く、肩に担ぎ直した。

そして、背後で、鋼鉄の壁となって、静かに、その時を待っていた、屈強な弟子たちへと、振り返った。


「――聞こえたな、小僧どもッ!」


その、岩盤が、擦れ合うような、しかし、腹の底から、絞り出された、力強い声が、響き渡る。


「我らが師匠の、そして、我らが大将の、完璧な仕事に、ケチをつけおった、礼儀知らずの、ドブネズミどもを、教育してやる時間だ! 鉄は、熱いうちに、打て! そして、馬鹿は、死ななきゃ、治らん! それが、我が『ストーンハンマー流』の、教えだ!」


彼は、その、巨大な、ウォーハンマーの先端を、ゴブリンの濁流が、なだれ込んでくる、絶望の亀裂へと、真っ直ぐに、向けた。


「――行くぞ、野郎どもッ! 俺たちの、本当の『仕事』を、始めようぜェッ!!」


「「「オオオオオオオオオウッ!!!!」」」


鋼鉄の兜の奥で、狼と、ドワーフの、魂の雄叫びが、一つになって、爆発した。


次の瞬間。


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、と。


寸分の狂いもなく、統率された、重い、重い、足音が、大地を、揺るがした。

それは、もはや、生物の足音ではなかった。

それは、動く、鋼鉄の、城壁が、前進する、音だった。


十数名の、重装歩兵部隊が、一糸乱れぬ、密集方陣ファランクスを組んだまま、ゴブリンの濁流が、殺到する、その、絶望の亀裂へと、向かっていく。

その、あまりにも、異様で、そして、あまりにも、頼もしい、光景。


司令塔の上で、ケイは、静かに、呟いた。

彼の、脳内の、シミュレーションが、新たな、パラメータの投入によって、未来予測を、修正していく。


(……予備戦力、投入。……これより、フェーズは、防衛から、カウンターへと、移行する)


フロンティア村の、本当の、反撃の狼煙が、今、上がろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ホブゴブリン・シャーマンの、まさかの一撃。ケイの完璧な防衛システムに、ついに、亀裂が入ってしまいました。絶望的な状況の中、ついに、我らがドワーフ爺様、ドゥーリン率いる、重装歩兵部隊が、出撃です!


彼らは、この、絶望的な亀裂を、塞ぐことができるのか。そして、ケイが言う、カウンター(反撃)とは、一体、何を意味するのか。

戦いは、さらに、激しさを増していきます。


「面白い!」「ドワーフ部隊、かっこよすぎる!」「爺様のセリフ、最高!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、鋼鉄の城壁を、さらに、固くします!


次回、鋼鉄の城壁が、ゴブリンの濁流と、激突する! どうぞ、お楽しみに。

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