第40節:希望という名の仕様書
いつもお読みいただき、ありがとうございます!皆様のブックマークと評価の一つ一つが、吹雪の中のフロンティア村を照らす、温かい希望の灯火です。
前回、五百を超えるゴブリンの大群という、絶望的な報せに沈む村人たち。その中で、我らが大将ケイは、常識外れの壮大な防衛プランを提示しました。
狂気の沙汰か、起死回生の一手か。恐怖に凍りついた獣人たちの心は、果たして、再び燃え上がることができるのでしょうか。
それでは、運命の第四十話、お楽しみください。
静寂は、死そのものだった。
フロンティア村の中央広場を支配していたのは、生命活動が停止したかのような、絶対的な沈黙。吹雪の轟音だけが、まるで世界の終焉を告げる葬送曲のように、絶望に凍りついた獣人たちの耳を打っていた。
五百を超える、ゴブリンのスタンピード。
それは、彼らがこれまで培ってきた生存本能の全てを、否定する数字だった。戦うことも、逃げることも、許されない。ただ、蹂躏され、喰らい尽くされるだけの、運命。その、あまりにも残酷な未来予測が、歴戦の勇士たちの魂さえも、完全にへし折っていた。
その、絶望のど真ん中で。
演台の上に立つ、小さな少年――ケイだけが、異質だった。
彼の口から語られたのは、村そのものを、巨大な殺戮機械へと変貌させるという、狂気の沙汰としか思えない、防衛プラン。
あまりにも、荒唐無稽。あまりにも、現実離れしている。
だが、その計画を語る彼の青い瞳には、狂気の色など、微塵も浮かんでいなかった。
そこにあるのは、複雑怪奇なシステムのエラーを前にした、熟練のシステムエンジニアの、どこまでも、冷徹で、そして、絶対的な自信に満ちた光だけだった。
「――ああ、作れる。なぜなら、僕たちには、最高の『リソース』が、あるのだから」
その、静かな、しかし、揺るぎない宣言と共に、ケイは、静かに、目を閉じた。
「《プロジェクト・マネジメント》、最大稼働!」
瞬間、世界が変わった。
広場にいた、全ての村人たちの脳内に、直接、一つの「仕様書」が、叩き込まれたのだ。
それは、耳で聞く音ではない。思考で理解する、情報でもない。
魂の、最も深い階層に、直接、書き込まれる、絶対的な、実行コマンド。
『――伐採チーム、および、建築チームの、第一班から第三班は、直ちに、北の森へ! 第一防衛ラインの、杭と、罠の設置を開始せよ! 配置図は、今、君たちの頭の中に、直接、転送した!』
その声を聞いた瞬間、先ほどまで、絶望に顔を伏せていた、屈強な狼獣人たちが、まるで、電撃を浴びたかのように、弾かれたように、顔を上げた。
彼らの頭の中には、信じられないほど、鮮明な映像が、流れ込んできていた。
雪の下、どの位置に、どれくらいの深さの落とし穴を掘るべきか。杭の角度は、何度が、最も効率的に、敵の突進力を殺せるか。仲間と、どう連携すれば、最短時間で、作業を完了できるか。
その、あまりにも、膨大で、緻密な情報が、まるで、何十年も、そうしてきたかのように、自然と、理解できた。
『――残りの建築チームは、防壁の上の、投擲用の足場と、熱湯を沸かすための、大釜の設置を!』
指示を受けた者たちの脳裏には、既存の防壁の構造データと、追加する足場の、完璧な設計図が、立体的に、展開された。どこに、どの太さの木材を、どの角度で、固定すれば、最大の強度を確保できるか。その全てが、一瞬で、インストールされた。
『――狩猟チームは、戦闘準備! ガロウの指揮の下、三つの迎撃部隊を、再編成せよ!』
『――ドゥーリン殿と、鍛冶師たち! 君たちには、魔法の地雷の、最終調整と、量産を、お願いしたい!』
『――そして、ルナリアと、女性たち、子供たち、老人たち! 君たちには、石と、熱湯と、そして、史上最悪の、目潰し薬の、準備を!』
一人、また一人と、絶望の淵にいた村人たちが、顔を上げていく。
その瞳から、諦観の色が、消えていく。
恐怖で、震えていた手足に、力が、みなぎっていく。
何が起こったのか、彼ら自身にも、理解できない。
だが、確かなことが、一つだけあった。
自分は、無力ではない。
自分には、やるべきことがある。
この、絶望的な戦いの中で、自分にしか、果たせない、重要な「役割」が、ある。
その、あまりにも、強烈な、自己肯定感。
それが、彼らの、凍りついていた心を、内側から、強制的に、再起動させていく。
ケイは、ゆっくりと、目を開けた。
そして、その、神の視点を得た、蒼色の瞳で、広場にいる、全ての仲間たちを、見渡した。
「恐怖を、希望に変えろ、とは言わない」
彼の声が、再び、広場に響き渡る。
「恐怖は、そのままでいい。だが、その足を、止めるな。その手を、止めるな。君たちの隣を見てみろ。そこには、同じ恐怖と戦う、仲間がいる。君たちの背後を見てみろ。そこには、君たちを信じ、祈る、家族がいる」
彼は、自らの、小さな胸を、強く、叩いた。
「そして、君たちの前には、僕がいる! この、プロジェクト・ディフェンスの、全ての責任は、リーダーである、僕が負う! 君たちは、何も、心配する必要はない。ただ、自らに与えられた、タスクを、信じろ。隣にいる、仲間を、信じろ。そして、この、僕を、信じろ!」
その、魂からの、叫び。
それが、引き金だった。
広場を支配していた、氷のような沈黙が、一つの、亀裂から、爆発的に、砕け散った。
「……う……おお……」
最初に、声を上げたのは、一人の、若い狼獣人の戦士だった。彼は、恐怖で、腰が抜けそうになっていた、自分を、恥じるように、涙を流しながら、その手に持った、鋼の槍を、天に、突き上げた。
「……ウォオオオオオオオオオオオオッ!!」
それは、狼の、魂の雄叫び。
その、たった一つの、勇気の声が、ウイルスのように、広場全体へと、伝播した。
次の瞬間、絶望の海は、希望の、灼熱のマグマとなって、噴火した。
「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
五十人を超える、狼獣人たちの、地鳴りのような咆哮が、吹雪の轟音さえも、かき消して、天を、揺るがした。
それは、もはや、ただの、声ではなかった。
それは、自らの、故郷を、仲間を、そして、リーダーが示してくれた、未来を、何者にも、渡すものかという、鋼の、意志の、塊だった。
その、凄まじいまでの、闘志の奔流の中心で、ガロウが、一歩、前に出た。
彼は、ケイの前に、進み出ると、その、傷だらけの顔を、くしゃくしゃに歪め、そして、ニヤリと、笑った。
その黄金色の瞳には、先ほどまでの絶望の色など、微塵も残っていなかった。そこにあるのは、自らが、生涯を懸けて従うと決めた、偉大な「大将」に対する、絶対的な、信頼の光だけだった。
「……へっ。やってくれるじゃねえか、大将」
彼は、その、岩のような拳で、自らの胸を、力強く、叩いた。
「『プロジェクト・ディフェンス』、だと? 面白え。乗ってやろうじゃねえか、その、狂った、いくさに! てめえら、聞いたな! 大将の、ありがてえ、お言葉だ! もう、メソメソ、泣き言を、抜かすんじゃねえぞ!」
彼は、振り返りざま、全ての戦士たちに、檄を飛ばした。
「俺たちの仕事は、一つだ! 大将が、作ってくれた、この、最高の舞台で、踊り狂い、そして、来るべき、クソッタレな、ゴブリンどもを、一人、残らず、地獄へと、送り返してやることだ! いいな、野郎ども!!」
「「「オオオオオウッ!!!!」」」
呼応する、戦士たちの、雄叫び。
ドゥーリンもまた、その短い腕を組み、満足げに、白い髭を、しごいていた。
「……フン。小僧の、口車に乗せられおって。……だが、まあ、悪くはねえ。この、わしの、新しい作品の、切れ味を試すには、ちょうど良い、的の数ではあるわい」
その、黒い瞳は、既に、職人のそれではなく、自らが鍛え上げた、最高の武器の性能を試したくて、うずうずしている、老いた、戦士の光を、宿していた。
希望は、灯された。
いや、希望という名の、爆弾に、火が、つけられた。
ケイの、最後の号令を、待つまでもなく。
フロンティア村の、全ての住民が、まるで、一つの、巨大な、そして、完璧に統率された、生命体のように、動き始めた。
彼らは、それぞれの持ち場へと、嵐のような勢いで、駆け出していく。
絶望は、完全に、希望へと、塗り替えられた。
ケイは、その、熱狂の渦の中心で、静かに、黒板に描いた、設計図を、見つめていた。
プロジェクト・ディフェンス、始動。
それは、彼が、この世界に来て、初めて、自らの、理想郷を、守るために、設計した、愛と、合理性に満ちた、戦いの、始まりだった。
その、戦いの、始まりを告げるかのように。
東の空が、吹雪の中で、わずかに、白み始めていた。
夜明けは、近い。
そして、それと同時に、五百の、絶望もまた、すぐそこまで、迫っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
絶望的な状況の中、ついに、我らがプロジェクトマネージャー、ケイの、魂のプレゼンテーションが、村人たちの心を、動かしました。
彼の武器は、剣でも魔法でもない。膨大なデータに基づいた、完璧な「計画」と、そして、仲間を信じる、熱い「心」でした。
絶望は、希望へと、見事に塗り替えられました。しかし、残された時間は、あまりにも、少ない。果たして、彼らは、この、狂気の沙汰とも思える、防衛プランを、時間内に、完成させることができるのでしょうか。
「面白い!」「ケイ、格好良すぎる!」「この防衛戦、熱い!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、フロンティア村の、防壁の、最初の、一本の杭となります!
次回、ついに、ゴブリンの群れが、地平線の彼方に、その姿を現す! そして、ケイが設計した、最初の防衛ラインが、その牙を剥きます。どうぞ、お楽しみに。