第39節:プロジェクト・ディフェンス:絶望を塗り替える設計図
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前回、ついに冬の脅威が牙を剥きました。斥候がもたらしたのは、五百を超えるゴブリンの大群「ゴブリン・スタンピード」接近という、絶望的な報せ。村の総戦力では到底太刀打ちできない、圧倒的な数の暴力が、刻一刻と迫ります。
今回は、その絶望的な状況に対し、我らがプロジェクトマネージャーが、起死回生の驚くべき「村落防衛システム」のプランを提示します。果たして、彼の言葉は、恐怖に凍りついた獣人たちの心を、再び燃え上がらせることができるのでしょうか。
それでは、本編をお楽しみください。
フロンティア村の中央広場は、これまでにないほどの、重く、冷たい沈黙に支配されていた。
けたたましく鳴り響いていた警鐘は、すでに鳴り止んでいる。だが、その残響は、吹雪の轟音に混じり、人々の耳の奥で、不吉な幻聴となって反響し続けていた。
女たちは子供を固く抱きしめ、男たちは、ドゥーリンが鍛え上げたばかりの鋼の槍を、ただ、無言で握りしめている。その瞳に宿るのは、戦意ではない。抗いようのない、巨大な災害を前にした、無力な者たちの、深い、深い絶望の色だった。
五百を超える、ゴブリンの大群。
それは、彼らがこれまで経験してきた、いかなる脅威とも、次元が違っていた。それは、戦いではない。ただ、蹂躙されるだけの、一方的な虐殺だ。誰もが、その未来を、嫌というほど、鮮明に、予感してしまっていた。
その、絶望の海原の、中心に。
新しく建てられた、リーダー用の小屋の前に組まれた即席の演台の上に、ケイは、たった一人で立っていた。
彼の小さな身体は、猛烈な吹雪の中で、今にも吹き飛ばされてしまいそうなくらい、儚く、頼りなく見えた。
だが、その青い瞳だけが、異常なほどの、静けさと、そして、冷徹なまでの光を宿していた。
彼の両脇には、村の最高戦力であるガロウとドゥーリンが、まるで守護神のように、仁王立ちになっている。彼らの表情もまた、硬い。だが、その瞳には、絶望だけではない。目の前に立つ、この小さなリーダーが、これから何を語るのか、その一点に、全ての望みを託すかのような、祈りに似た光が宿っていた。
「……皆、聞いてくれ」
ケイの、子供とは思えないほど、凛とした声が、マイクもなしに、広場の隅々まで、不思議なほど、はっきりと響き渡った。
それは、《プロジェクト・マネジメント》のスキルによって強化された、人の心を掴み、その思考に直接作用する、リーダーの声だった。
広場を支配していた、絶望的なざわめきが、ぴたりと止む。全ての視線が、ケイへと注がれた。
「斥候からの報告は、聞いていると思う。三時間後、この村は、五百を超える、ゴブリンの軍勢に襲われる。……それは、事実だ」
彼は、まず、残酷な現実を、何の飾りもなく、肯定した。気休めの言葉も、根拠のない楽観論も、ここにはない。ただ、冷徹なまでの、事実認識。その、どこまでも誠実な態度が、逆に、獣人たちの、ささくれだった心を、静めていく。
「恐怖を感じるのは、当然だ。絶望するのも、無理はない。……だが、僕は、そのどちらも、選択しない」
ケイは、きっぱりと言い放った。
「僕が選択するのは、戦うことだ。そして、勝つことだ」
その、あまりにも、現実離れした宣言に、広場が、再び、ざわめいた。
「勝つ、だと……?」
「馬鹿なことを言うな! 相手は五百だぞ!」
「大将は、恐怖で、頭がおかしくなっちまったんじゃねえか……?」
その、不信と、諦めに満ちた声の奔流に向かって、ケイは、静かに、しかし、力強く、言葉を続けた。
「君たちが、『戦う』という言葉で、何を想像しているのか、僕には分かる。おそらく、この防壁の前で、ガロウたち戦士が、ゴブリンの波に飲み込まれていく、凄惨な光景だろう。……だが、僕がこれから始めるのは、そんな、野蛮で、非効率な、消耗戦ではない」
彼は、演台の横に用意させておいた、巨大な黒板(ドゥーリンに作らせた、木炭の粉を固めたボードだ)を、指し示した。
「僕が提案するのは、『プロジェクト・ディフェンス』。この、フロンティア村そのものを、一つの、巨大な、そして、完璧に計算され尽くした、『迎撃システム』へと、変貌させる計画だ」
彼は、白い石灰の石を手に取ると、黒板の上に、村の、精密な見取り図を、驚くべき速さで、描き始めた。それは、《アナライズ》によって、彼の頭の中に完璧にインプットされている、三次元のデータだった。
「まず、基本戦略から説明する。我々の目的は、敵の殲滅ではない。敵の『戦意』を、完全に破壊することだ。五百のゴブリンは、確かに脅威だ。だが、それは、奴らが、一つの『群れ』として機能している場合の話だ」
彼は、村の北側、ゴブリンたちがやってくるであろう方向に、無数の、小さな点を描いた。
「奴らは、知性も低く、統率も取れていない、ただの烏合の衆だ。その、唯一の強みは、『数』という名の、勢いだけ。ならば、その勢いを、徹底的に、削いでやればいい」
彼は、村の周囲に、何重もの、同心円状の線を、描き加えていく。
「これより、この村の周囲に、多層的な、防衛ラインを構築する。それは、単なる壁ではない。敵の数を、確実に、そして、効率的に、削り取っていくための、『フィルター』だ」
彼は、一番外側の線を、指し示した。
「第一防衛ライン、『偽りの平原』。ここは、一見、何もない、ただの雪原に見える。だが、その雪の下には、無数の『罠』が仕掛けられている。鋭く尖らせた杭を隠した、落とし穴。敵の足を絡めとる、茨の網。そして、ドゥーリン殿に、急遽、作ってもらった、小規模な、しかし、強力な、魔法の地雷だ」
その言葉に、ドゥーリンが、満足げに、白い髭を、しごいた。
「敵の先鋒は、ここで、まず、足元を掬われる。勢いを殺がれ、混乱し、そして、見えざる敵に対する、恐怖を、その、貧弱な脳に、刻み込まれることになるだろう」
次に、彼は、二番目の線を、なぞった。
「第二防衛ライン、『絶望の塹壕』。ここは、我々の防壁の、さらに外側に掘られた、深さ五メートル、幅十メートルの、巨大な堀だ。その底には、鋼鉄の串が、無数に、上向きに設置されている。そして、壁面は、凍らせて、滑りやすくしてある。一度落ちれば、二度と、這い上がることはできない」
その、あまりにも、悪辣で、しかし、合理的な罠の数々に、獣人たちは、ゴクリと、喉を鳴らした。
「そして、第三防衛ライン。我々の、この、自慢の防壁だ。だが、ただ、ここで待ち受けるのではない」
ケイは、防壁の上に、いくつもの、バツ印を描き加えた。
「防壁の上には、弓兵だけではなく、非戦闘員も、配置する。女も、子供も、年寄りもだ」
その言葉に、広場が、どよめいた。
「なっ……! 女子供まで、戦わせるというのか!」
ガロウでさえも、その、冷徹すぎる判断に、思わず、声を上げた。
「戦わせるのではない。戦いを、『支援』させるんだ」
ケイは、静かに、しかし、力強く、続けた。
「彼らにやってもらうのは、石を投げること、熱湯を浴びせること、そして、ルナリアが用意した、刺激性の液体を、敵の目に、投げつけることだ。それは、直接的な殺傷力はない。だが、敵の視界を奪い、その動きを、確実に、鈍らせることができる。戦士たちが、安全な場所から、確実に、敵を仕留めるための、最高の、支援射撃となる」
それは、村の、全ての住民を、一つの、戦闘システムとして、組み込むという、驚くべき、発想だった。
戦えない者にも、できることがある。いや、戦えない者にしか、できない、重要な役割があるのだ。
その事実は、自分たちを、ただの、守られるだけの、弱い存在だと思い込んでいた、女性や、老人たちの目に、驚きと、そして、かすかな、誇りの光を、灯らせた。
「そして、万が一、壁が破られた場合の、最終防衛プラン」
ケイは、村の内部、家と家の間に、いくつもの、細い線を、描き込んだ。
「村の内部は、入り組んだ、巨大な『迷路』と化す。敵は、この、見通しの悪い通路で、方向感覚を失い、その数を、分断される。そして、その、袋小路の、至る所で、我々の、小規模な、迎撃部隊が、待ち伏せている。地の利は、完全に、我々にある」
彼は、黒板から、手を離した。
そこに描かれていたのは、もはや、ただの村の見取り図ではなかった。
それは、敵を、誘い込み、混乱させ、分断し、そして、確実に、殲滅するための、完璧な、そして、冷徹な、殺戮機械の、設計図だった。
広場は、水を打ったように、静まり返っていた。
獣人たちの、絶望に曇っていた瞳から、その色が、消えていた。
代わりに、そこには、信じられない、という、驚愕と、そして、もしかしたら、本当に、勝てるのかもしれない、という、まだ、か細い、しかし、確かな、希望の光が、宿り始めていた。
「……だが、大将」
一人の、若い戦士が、震える声で、問いかけた。
「そ、そんな、とんでもないものを、たった、三時間足らずで、本当に、作れるのか……?」
それは、誰もが、抱いていた、最も、根本的な、疑問だった。
計画は、完璧だ。だが、それを、実行する時間が、あまりにも、なさすぎる。
その、問いに、ケイは、静かに、そして、不敵に、微笑んだ。
「――ああ、作れる。なぜなら、僕たちには、最高の『リソース』が、あるのだから」
彼は、その場で、静かに、目を閉じた。
そして、彼の、ユニークスキルが、その、真の力を、解放した。
「《プロジェクト・マネジメント》、最大稼働!」
瞬間、広場にいた、全ての村人たちの、脳内に、直接、声が響いた。
それは、ケイの声だった。
だが、それは、耳で聞く声ではない。魂で、理解する、声だった。
『――伐採チーム、および、建築チームの、第一班から第三班は、直ちに、北の森へ! 第一防衛ラインの、杭と、罠の設置を開始せよ! 配置図は、今、君たちの頭の中に、直接、転送した!』
『――残りの建築チームは、防壁の上の、投擲用の足場と、熱湯を沸かすための、大釜の設置を!』
『――狩猟チームは、戦闘準備! ガロウの指揮の下、三つの迎撃部隊を、再編成せよ!』
『――ドゥーリン殿と、鍛冶師たち! 君たちには、魔法の地雷の、最終調整と、量産を、お願いしたい!』
『――そして、ルナリアと、女性たち、子供たち、老人たち! 君たちには、石と、熱湯と、そして、史上最悪の、目潰し薬の、準備を!』
それは、もはや、指示ではなかった。
それは、一つの、巨大な生命体に対する、脳からの、直接的な、命令だった。
指示を受けた、全ての獣人、ドワーフ、そして、兎族の少女。
彼らの身体が、まるで、電撃を浴びたかのように、弾かれた。
彼らの頭の中には、やるべきことの、全てが、完璧な、映像として、流れ込んできていた。
自分が、何をすべきか。
誰と、協力すべきか。
そして、それが、全体の、どの部分を、担っているのか。
その全てを、完全に、理解した。
彼らの顔から、迷いも、恐怖も、絶望も、完全に、消え去っていた。
そこにあるのは、自らに与えられた、役割を、完璧に、遂行するという、強い、強い、意志の光だけだった。
「「「ウォオオオオオオオオオッ!!」」」
次の瞬間、絶望の沈黙を、切り裂いて、狼たちの、魂の雄叫びが、上がった。
それは、死に向かう者の、悲壮な叫びではない。
自らの、故郷を、仲間を、そして、未来を、その手で、守り抜くことを決意した、戦士たちの、力強い、咆哮だった。
その、地鳴りのような咆哮を合図に、フロンティア村の、全ての住民が、まるで、一つの、巨大な、生命体のように、動き始めた。
彼らは、それぞれの持ち場へと、嵐のような勢いで、駆け出していく。
絶望は、完全に、希望へと、塗り替えられた。
ケイは、その、熱狂の渦の中心で、静かに、黒板に描いた、設計図を、見つめていた。
プロジェクト・ディフェンス、始動。
それは、彼が、この世界に来て、初めて、自らの、理想郷を、守るために、設計した、愛と、合理性に満ちた、戦いの、始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
絶望的な状況の中、ついに、我らがプロジェクトマネージャー、ケイが、立ち上がりました。彼の武器は、剣でも魔法でもない。膨大なデータに基づいた、完璧な「計画」です。
村そのものを、巨大な迎撃システムへと変貌させる、壮大なプラン。そして、住民の全てを、一つの戦闘システムとして機能させる、驚くべき発想。絶望に沈んでいた村人たちの心に、再び、希望の炎は灯りました。
しかし、計画は完璧でも、敵は、生身の、そして、飢えた魔物の大群です。果たして、彼らは、この、狂気の沙汰とも思える、防衛プランを、時間内に、完成させることができるのでしょうか。
「面白い!」「ケイ、格好良すぎる!」「この防衛戦、ワクワクする!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、フロンティア村の、防壁の、最初の、一本の杭となります!
次回、ついに、防衛システムの構築が、急ピッチで進みます。そして、ゴブリンの群れが、地平線の彼方に、その姿を現す! どうぞ、お楽しみに。