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第37節: 白い沈黙と赤い兆候

いつもお読みいただき、ありがとうございます!皆様の応援の一つ一つが、フロンティア村の技術を次のステージへと押し上げてくれます。


前回、ケイの知識とドゥーリンの神業が融合し、ついに「硬質ガラス」が誕生しました。薬師ルナリアは、完成したばかりの蒸留器を手に、医療技術の革新という新たな扉を開きます。鉄に続き、ガラスを手に入れたフロンティア村。その未来は、輝かしいものに見えました。


しかし、この世界の自然は、彼らが築き上げた小さな文明の灯火を、容赦なく試そうとします。物語は、いよいよ新章『第10章:白い脅威』へ。本格的な冬の到来と共に、彼らに静かに、しかし確実に、最大の試練が忍び寄ります。


それでは、本編をお楽しみください。

その日、フロンティア村は、静かな奇跡に包まれて、目を覚ました。


夜の間に、空から舞い降りた無数の白い妖精たちが、世界を全く新しい姿へと描き変えていたのだ。粗削りだったログハウスの屋根は、柔らかな曲線を描く砂糖菓子のように。無骨な防御柵は、繊細な彫刻が施された白亜の城壁のように。そして、まだ土の匂いが残っていた村の道は、どこまでも続く、清浄な白い絨毯へと姿を変えていた。


初雪だった。


「うわぁ……!」

「雪だ! 雪が積もってる!」


小屋から飛び出してきた子供たちが、まだ誰の足跡もついていない新雪へと、歓声を上げて駆け出していく。彼らの無邪気な笑い声が、しんと静まり返った純白の世界に、温かい色彩を与えていた。


大人たちもまた、その光景に、安堵の息を漏らしていた。

村の中央にそびえ立つ、巨大な倉庫。その中には、この秋に収穫された穀物や、乾燥させた根菜、そして、大量の燻製肉と塩漬け肉が、天井まで高く積み上げられている。住居の壁際には、冬を越すのに十分すぎるほどの薪が、整然と並べられていた。


ケイが主導した『越冬プロジェクト』は、完璧な成果を上げていた。食料と燃料は、確保できた。もう、飢えと寒さに怯える必要はない。その事実が、獣人たちの心に、これまで経験したことのない、深い安らぎをもたらしていた。


「……綺麗だね、ケイ」


村を見下ろす、一番高い見張り台の上で、ルナリアが、白い息を吐きながら、うっとりと呟いた。彼女の銀色の髪と、月光兎族の白い毛皮は、雪景色によく映えていた。


「ああ。だが、これは始まりの合図でもある」


隣に立つケイの返事は、どこまでも冷静だった。彼の青い瞳は、目の前の美しい光景の、さらに奥にある、見えざる脅威を見据えている。


彼の視線の先では、ガロウが、警備を担当する戦士たちを集め、何事か厳しい表情で指示を飛ばしていた。雪が降れば、足跡や匂いが消え、敵の接近を探知するのが、格段に難しくなる。彼らは、美しい雪景色の中に、潜む危険性を、経験則として知っていた。


雪は、三日三晩、降り続いた。


世界は、完全に、白と、灰色の空の色だけに支配された。フロンティア村は、外界から完全に孤立した、雪の中の孤島となる。


だが、村の中の生活は、驚くほど、穏やかだった。


ケイが設計した、二重窓と、壁に詰め込まれた断熱材(乾燥させた苔や獣毛)のおかげで、住居の中は、外の極寒が嘘のように、温かい。中央の共同炊事場からは、一日中、栄養満点の温かいスープの匂いが漂っていた。


ルナリアの薬草工房は、冬の間、村の小さな診療所となっていた。彼女は、ドゥーリンが作り上げたガラス器具を駆使し、これまでとは比較にならないほど高純度の薬を、次々と精製していく。風邪や凍傷に備えた軟膏、そして、万が一の怪我に備えた、高濃度のポーション。彼女の存在は、村人たちの、健康に対する不安を、完全に取り除いていた。


そして、ドゥーリンの工房からは、雪の中でも、一日中、鋼を打つ音が、途切れることなく響き渡っていた。


「フン! 冬の間は、火が恋しいからのう!」


老ドワーフは、そう嘯きながらも、その手は、休むことなく動き続けていた。反射炉の炎で熱せられた鋼の塊が、彼の神業のような槌さばきによって、強靭な剣や、分厚い鎧、そして、硬い凍土さえも砕く、特殊な形状のツルハシへと、姿を変えていく。


村は、冬という、停滞の季節を、逆に、内側から力を蓄えるための、絶好の機会へと変えていたのだ。


全てが、順調だった。ケイの描いた、完璧な計画通りに。


――最初の、異変の兆候が、報告されるまでは。


それは、初雪から、十日が過ぎた日の、夕暮れ時のことだった。


村の北側を巡回していた、狼獣人の斥候チームが、血相を変えて、ケイたちの元へと駆け込んできた。


「大将! ガロウさん!……出やがった!」


斥候の若い獣人は、肩で息をしながら、恐怖に引き攣った顔で叫んだ。


「『アイス・ウルフ』だ! それも、三頭! 村の北の森で、獲物を探してやがった!」


その名前に、ガロウの顔色が変わった。


アイス・ウルフ。冬にのみ、山の奥深くから降りてくる、凶暴な魔獣だ。その牙は、氷のように鋭く、その爪は、鉄さえも切り裂くという。通常であれば、一頭でも、熟練の戦士が数人がかりで、ようやく仕留められるかどうか、という危険な相手だ。


「……怪我人は?」


ケイが、冷静に問う。


「いねえ! 遠目に見つけて、すぐに引き返してきた! だが、奴らのうちの一頭は、こっちの匂いに気づいたかもしれねえ……!」


「よし、分かった。ガロウ、すぐに戦闘準備を。ドゥーリン殿にも、応援を要請してくれ。ルナリアは、救護班の準備を」


ケイの指示が、即座に飛ぶ。村の空気は、一瞬にして、穏やかな日常から、臨戦態勢へと切り替わった。


幸い、その夜、アイス・ウルフが村を襲撃してくることはなかった。だが、それは、悪夢の始まりに過ぎなかった。


翌日、今度は、東の森で、巨大な雪トカゲ『ブリザード・リザード』の目撃情報が。

三日後には、南の川が凍りつき、その氷の上を、鋭い刃のような足を持つ、蟲型の魔獣『フロスト・スケーター』の群れが、徘徊しているのが確認された。


日に日に、魔物の目撃情報は、増加していった。種類も、数も、明らかに、異常だった。


彼らは、ただ、村の周囲を、まるで、その内側を、飢えた目で値踏みするかのように、ぐるぐると、徘徊し続けている。


村人たちの間に、少しずつ、しかし、確実に、不安の影が広がり始めていた。倉庫に、どれだけ食料があっても、家の壁が、どれだけ厚くても、あの、飢えた魔獣たちの、赤い瞳と、鋭い牙の記憶は、彼らの心から、安らぎを奪っていく。


夜になると、村の防壁の外から、様々な魔物の、不気味な遠吠えや、甲高い鳴き声が、聞こえてくるようになった。それは、まるで、絶望的な包囲網が、徐々に、その輪を狭めてくるかのような、不気味なプレリュードだった。


「……おかしい」


リーダー用の小屋で、壁に貼られた、巨大な村の周辺地図を睨みながら、ケイは、誰に言うでもなく、呟いた。


地図の上には、魔物の目撃情報が、種族ごとに色分けされた、小さな石で、プロットされている。その石の数は、日を追うごとに、増え続け、今や、村を中心とした、同心円状の、不気味な模様を描き出していた。


「何がおかしいんだ、大将。冬になりゃあ、魔物が増えるのは、いつものことだ」


傍らで、鋼鉄の鎧の手入れをしていたガロウが、訝しげに言った。


「数が、多すぎる。それに、種類もだ」


ケイは、地図上の、いくつかの石を指し示した。


「アイス・ウルフは、本来、山の頂上付近にしか生息しない、単独行動を好む魔獣だ。それが、なぜ、森の奥深くまで降りてきて、しかも、三頭で徒党を組んでいる? フロスト・スケーターは、川の下流に住む魔獣で、ブリザード・リザードとは、本来、敵対関係にあるはずだ。それがなぜ、同じエリアで、互いに干渉することなく、徘徊している?」


ケイの《アナライズ》は、単なる目撃情報だけでなく、村の周辺の、魔素の流れや、生態系のバランスの、微細な変化までをも、捉えていた。


そして、そのデータが示す結論は、一つだった。


「……何者かが、あるいは、何かが、彼らを『動かしている』としか、考えられない。まるで、一つの軍隊のように、この村を包囲し、そして、内側から、我々の戦力が、疲弊するのを、待っているかのようだ」


「……軍隊、だと……?」


ガロウは、息を呑んだ。魔物が、軍隊のように、組織的な動きをするなど、聞いたこともない。


だが、ケイの、あまりにも、論理的で、そして、確信に満ちた言葉は、彼の、長年の狩人としての経験則を、根底から、揺さぶった。


その、仮説を裏付けるかのように、事態は、最悪の方向へと、転がり始めた。


その夜。


これまでで、最も激しい吹雪が、村を襲った。視界は、完全に、白一色に染まり、轟音を立てて吹き荒れる風が、見張り台の、屈強な獣人戦士たちの身体さえも、凍えさせる。


その、吹雪の、向こう側。


北の見張り台に立っていた斥候が、ふと、何か、奇妙な光に、気がついた。


それは、吹雪の中で、ぼんやりと、しかし、無数に、点滅する、赤い光の粒だった。


最初は、吹雪が見せる、幻覚かと思った。


だが、その光は、消えることなく、それどころか、ゆっくりと、しかし、確実に、こちらへと、近づいてくる。


一つや、二つではない。


十や、二十でもない。


百? いや、もっとだ。


地平線の、彼方まで、続くかのような、無数の、赤い、光の、群れ。


それは、松明の光などではなかった。


それは、飢えと、殺意に、ぎらつく、魔物の、瞳の光だった。


「……て、敵襲ーーーーーーーーーっ!!」


斥候の、喉を引き裂くような、絶叫が、吹雪の轟音を、切り裂いた。


村の中央に設置された、警鐘が、けたたましく、鳴り響く。


穏やかな眠りについていた村人たちが、何事かと、叩き起こされる。


ケイとガロウ、そして、工房で、夜通し、槌を振るっていたドゥーリンが、血相を変えて、北の見張り台へと、駆け上がった。


そして、彼らは、見た。


吹雪の向こう、闇の中に、蠢く、巨大な、黒い、塊。


それは、おびただしい数の、小柄な、しかし、禍々しい気配を放つ、魔物の、大群だった。


「……嘘、だろ……」


ガロウの口から、絶望に染まった、呻き声が漏れた。


「……ゴブリン……? いや、違う……ホブゴブリンに、狼に乗った、ゴブリンライダーまで……!? なんだ、この数は……! こんな、大規模なスタンピード(大暴走)は、見たことがねえ……!」


ケイは、無言で、その、絶望的な光景に、《アナライズ》を実行した。


彼の視界に、無慈悲な、システムメッセージが、表示される。


▼ 緊急警報(Emergency Alert)

┣ 対象:大規模な魔物の群れ(通称:ゴブリン・スタンピード)を検知。

┣ 主構成種:ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリン・ウルフライダー

┣ 推定個体数:500以上

┣ 脅威レベル:B(国家規模の災害に匹敵)

┣ 進行方向:フロンティア村

┗ 到達予測時刻:約3時間後


フロンティア村の、全ての戦力をかき集めても、百人に満たない。

対する、敵は、五百以上。


それは、もはや、戦いですらなかった。


一方的な、蹂躙。


白い沈黙に包まれていた、フロンティア村に、今、赤い、絶望の、足音が、すぐそこまで、迫っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、冬の脅威が、その牙を剥きました。ただの魔物ではない、組織化された、五百以上もの、ゴブリンの大群。ガロウでさえも、絶望する、圧倒的な戦力差です。


ケイが築き上げた、フロンティア村というシステムは、この、規格外の負荷ストレステストに、耐えることができるのでしょうか。


次回、村に、絶望的な空気が流れる中、我らがプロジェクトマネージャーが、起死回生の、驚くべき「村落防衛システム」のプランを提示します。


「面白い!」「絶望的すぎる!」「ケイ、どうするんだ!?」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、絶望に立ち向かう、彼らの力となります!


次回、プロジェクト・ディフェンス、始動。どうぞ、お楽しみに。

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