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第32節:コミット:職人の魂という名の条件分岐

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、一つ一つが私の血肉となり、物語を紡ぐ糧となっております。

前回、ケイは伝説の工匠ドゥーリンの、その固く閉ざされた心の扉を、あえて蹴破るという暴挙に出ました。

「あなたの仕事は、非効率的すぎる」

職人のプライドを逆撫でする、あまりにも危険な一言。

今回は、その言葉の真意が、ケイの神業によって証明されます。言葉ではなく、「仕事」で語り合う、男たちの熱い(?)戦い。

それでは、第三十二話をお楽しみください。

洞窟の中は、異様な静寂に包まれていた。

ドゥーリン・ストーンハンマーは、まるで化石のように、その場に立ち尽くしていた。その瞳は、ケイが地面に描いた、あまりにもシンプルで、しかし、あまりにも革新的な設計図の数々に、釘付けになっている。

彼の百五十年の人生。その全てを捧げてきた、鉱山での仕事。その常識、その技術、その誇りの全てが、今、目の前の、たった十歳の少年によって、根底から揺さぶられていた。


(……トラス構造。摩擦抵抗の低減。……なんと、合理的な……。なんと、美しい……)


彼の心の中では、職人としての魂が、激しく叫びを上げていた。

悔しい。

腹立たしい。

この、人間の小僧が、憎い。

だが、それ以上に、その思考の、その設計の、圧倒的なまでの「正しさ」に、彼は、抗うことができなかった。

本物の仕事は、種族も、年齢も、憎しみさえも、超越する。

彼は、職人として、その事実を、痛いほど、理解していた。


「……どうだ、ドゥーリン・ストーンハンマー」

ケイが、静かに問いかけた。

「僕の言葉が、戯言だったか、どうか。……あなたの、その【神眼】ならば、もう、分かっているはずだ」


その言葉に、ドゥーリンの、岩塊のような肩が、びくりと震えた。

(……この小僧、俺のスキルのことまで、見抜いていやがるのか……!)

もはや、驚きを通り越して、畏怖の念さえ、湧き上がってくる。

目の前の少年は、一体、何者なのだ。その青い瞳は、どこまで、世界の真理を、見通しているというのか。


ドゥーリンは、ゆっくりと、顔を上げた。

その瞳に宿っていた、灼熱の炎は、いつの間にか、消え失せていた。

代わりに、そこには、長年、燃え尽きていたはずの、職人としての、純粋な探究心の炎が、再び、静かに、しかし、確かに、灯り始めていた。


だが、彼は、伝説の工匠。ドワーフとしての、誇りがある。

スキル【頑固一徹Lv.MAX】は、伊達ではない。

ここで、あっさりと、非を認めることなど、彼のプライドが、許さなかった。


「……フン。……口先だけの、理屈は、もう聞き飽きた」

ドゥーリンは、吐き捨てるように言った。その声は、まだ、硬い。

「設計図なんぞ、ただの絵図だ。それが、本当に、機能するかどうかは、実際に、作ってみなければ、分からん」


それは、苦し紛れの、言い訳だった。

だが、ケイは、その言葉を、待っていた。


「……ならば、試してみるか?」

ケイの口元に、初めて、挑戦的な笑みが、浮かんだ。

「僕の設計が、あなたの経験を、本当に上回るかどうか。……この場で、証明テストしてみせよう」


その、あまりにも、不遜な提案。

だが、ドゥーリンの心は、その言葉に、確かに、揺さぶられていた。

この小僧の、その自信は、どこから来るのか。

その、神業のような知識の、源泉は、何なのか。

知りたい。確かめたい。

職人としての、抑えがたい好奇心が、彼の、人間への憎悪を、上回り始めていた。


「……面白い」

ドゥーリンは、その白い髭の奥で、にやりと、笑った。

「……よかろう。その、ふざけた勝負、受けてやる」


彼は、ケイが指し示した、洞窟の壁を、その巨大な戦鎚で、軽く、叩いた。

「貴様が言った、この壁の奥にあるという、鉱床。それを、貴様の言う、『効率的なやり方』とやらで、掘り出してみせろ。……ただし」


彼の、黒い瞳が、鋭く、光った。

「道具は、俺が用意する。やり方も、俺が、見てやる。少しでも、手際が悪かったり、理屈に合わねえ動きをしてみろ。その時は、約束通り、貴様を、この壁のシミにしてやる。……それで、いいな?」


それは、彼なりの、最大限の、譲歩だった。

そして、ケイにとっては、望外の、提案だった。


「……分かった。契約成立だ」

ケイは、即座に、頷いた。

「では、早速、始めよう。ガロウ!」


ケイは、背後で、固唾を飲んで成り行きを見守っていた、狼獣人族のリーダーを、振り返った。

「君と、君の部下たちには、僕の指示で、支保工用の木材を、切り出してきてもらう。必要な太さ、長さ、本数は、全て、僕が指定する。いいな?」

「お、おう! 任せとけ、大将!」

ガロウは、まだ状況が飲み込めていないようだったが、ケイの、自信に満ちた声に、力強く、頷いた。


「ルナリア」

「は、はい!」

「君は、僕の補佐を。それと、この洞窟内の、安全な場所を確保し、いつでも、負傷者の治療ができるように、準備しておいてくれ」

「……分かりました。ケイも、無茶はしないでくださいね」

ルナリアは、心配そうに、しかし、信頼を込めた眼差しで、頷いた。


そして、ケイは、再び、ドゥーリンへと、向き直った。

「ドゥーリン殿。あなたには、僕が設計した、新しい採掘道具の、製造をお願いしたい。……もちろん、これは、あなたの技術に対する、僕からの、挑戦状でもある」


その言葉に、ドゥーリンの、白い眉が、ぴくりと、動いた。

「……ほざきやがる。いいだろう。どんな、ふざけた設計図を、持ってくるか、楽しみにしててやるわい」


こうして、奇妙な、共同作業が始まった。

ケイは、地面に、前世の知識に基づいた、新しい、採掘用のツルハシと、岩盤を砕くための、くさびの、精密な設計図を、描き始めた。

それは、ドゥーリンが、これまで使ってきた、ただ頑丈なだけの道具とは、全く異なる、力の伝達効率を、極限まで計算した、機能美の塊だった。


ドゥーリンは、その設計図を、食い入るように見つめ、時折、唸り声を上げながらも、自らの仕事場である、洞窟の奥の、鍛冶場へと、姿を消した。

やがて、洞窟の奥から、カン、カン、という、心地よい、金属を打つ音が、響き始めた。


その間に、ケイは、ガロウたちに、トラス構造に基づいた、支保工の組み方を、徹底的に、指導した。

最初は、戸惑っていた獣人たちも、ケイの、論理的で、分かりやすい説明と、《プロジェクト・マネジメント》の補助効果によって、すぐに、その革新的な技術を、マスターしていった。


数時間後。

ドゥーリンが、鍛冶場から、戻ってきた。

その手には、ケイが設計した通りの、寸分の狂いもない、二本の、鋼鉄のツルハシが、握られていた。

その出来栄えは、まさに、神業だった。


「……できたぞ、小僧」

ドゥーリンは、ぶっきらぼうに、その一本を、ケイに、投げ渡した。

「……言っておくが、これは、あくまで、貴様の設計が、正しいかどうかを、試すためだ。勘違いするなよ」


その、素直ではない、言葉の裏にある、職人としての、純粋な好奇心を、ケイは、見逃さなかった。


「……ありがとう、ドゥーリン殿。……では、始めようか」


ケイは、その、自分の身体には、少し不釣り合いな、しかし、完璧なバランスで作られたツルハシを、手に取った。

そして、彼が《アナライズ》で特定した、岩盤の、最も脆い、一点へと、狙いを定めた。


「――ここを、掘る」


彼の、その一言が、この、伝説の鉱山に、新しい、歴史を刻む、始まりの、合図となった。

ガロウたちが、組み上げた、頑丈な支保工に守られながら、ケイと、そして、不承不承ながらも、その作業を見守るドゥーリンの、奇妙な、共同採掘作業が、今、始まったのだ。


彼らの目的は、ただ一つ。

フロンティア村の、未来を繋ぐ、希望の光――白い、塩の結晶を、その手に、掴むために。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ケイの、まさに神業とも言えるプレゼンテーションでした。頑固一徹のドゥーリンのプライドを、言葉ではなく「仕事」で打ち砕きましたね。

伝説の工匠の心を、ここまで揺さぶったケイ。ついに、彼は、ドゥーリンを、共同作業のテーブルにつかせることに成功しました。

物語は、ここから、技術革新のフェーズへと、大きく舵を切っていきます。

「面白い!」「ケイのプレゼン、痺れた!」「ドワーフ爺さんのツンデレ、キター!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、頑固な職人の心を、さらに動かすかもしれません。

次回、ついに塩の採掘開始! そして、ドワーフの神業が、火を噴く!

本日お昼12時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。

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