第31節:リファクタリング:非効率なレガシーコードの改善提案
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前回、伝説の工匠ドゥーリンとの交渉は決裂。絶体絶命の状況で、ケイは「あなたの仕事は、非効率的すぎる」という、あまりにも危険な一言を放ちました。
職人のプライドを真っ向から否定され激昂するドゥーリンに対し、ケイは自らのスキルを駆使し、その百五十年の仕事に潜む「非効率」を、具体的なデータと理論で次々と暴いていきます。言葉ではなく「仕事」で語り合う、技術者同士の熱い火花。果たしてケイは、頑固な職人の心を動かすことができるのでしょうか。
それでは、本編をお楽しみください。
「――あなたの仕事は、素晴らしい。だが、……非効率的すぎる」
ケイの放った言葉は、爆弾だった。
それは、ドワーフという、自らの仕事に絶対的な誇りを持つ種族、その中でも『伝説の工匠』とまで呼ばれる存在の、聖域のど真ん中に、何の躊躇もなく投げ込まれた、高性能爆弾だった。
洞窟の空気が、爆発的な勢いで凍りつく。
先ほどまでの、ドゥーリンが放っていた重圧とは比較にならない、純粋な、そして絶対的な殺意が、ケイの小さな身体へと、津波のように押し寄せた。
「……なんだと……?」
闇の奥へと消えかけていたドゥーリンの、岩塊のような背中が、ぎぎぎ、と、錆びついた機械のような音を立てて、振り返った。
その、鬱蒼とした髭の奥で、二つの瞳が、もはや、ただの黒い点ではなかった。それは、溶鉱炉の奥で燃え盛る、灼熱の炎そのものだった。
「……もう一度、言ってみろ。……この、クソガキが」
その声は、地殻の底から響く、マグマの唸り声にも似ていた。
隣にいたガロウが、咄嗟に、ケイの前に立ちはだかろうとする。その黄金色の瞳には、「大将、いくらなんでも、そりゃ言いすぎだ!」という、焦りの色が浮かんでいた。他の狼獣人の戦士たちも、武器を握りしめ、全身の毛を逆立てている。
ルナリアは、恐怖に顔を真っ青にしながらも、ケイの服の裾を、必死に後ろへと引いていた。
だが、ケイは、動かなかった。
彼は、ガロウの大きな腕を、そっと手で制すると、一歩、前に出た。
そして、燃え盛るドゥーリンの殺意を、その青い瞳で、真っ向から受け止めながら、先ほどと、全く同じ、平坦な声で、繰り返した。
「あなたの仕事は、素晴らしい。百五十年という、長大な時間をかけて、これだけの規模の鉱山を、たった一人で掘り進めてきた。その技術、その忍耐力、その情熱は、賞賛に値する。……だが、それは、それだけだ。あなたのやり方は、あまりにも、古く、そして、非効率的だ」
それは、火に油を注ぐ、という言葉では、生ぬるいほどの、挑発だった。
ドゥーリンの、太い眉が、ぐぐぐ、と吊り上がる。彼が握りしめた戦鎚の先端が、さらに赤く、そして、禍々しい光を放ち始めた。
「……面白い。面白いじゃねえか、人間のガキ」
ドゥーリンの口元が、歪んだ。それは、笑みと呼ぶには、あまりにも、凶暴な形をしていた。
「この俺の、ドゥーリン・ストーンハンマーの仕事に、ケチをつけた奴は、後にも先にも、貴様が初めてだ。……その、生意気な口が、二度と利けなくなる前に、その『非効率』とやらの、根拠を、言ってみろ。もし、それが、俺を納得させられねえ、ただの戯言だった場合は……」
彼は、その手に持った戦鎚を、軽々と、肩に担いだ。
「その、ひょろい身体を、この壁の、塩の結晶と、同じ大きさになるまで、すり潰してやる」
絶対的な、死の宣告。
だが、ケイは、それを待っていた。
これは、交渉だ。相手が、こちらの言葉を聞く体勢に入った。それだけで、この危険な賭けは、第一段階をクリアしたことになる。
「……分かった。では、説明しよう」
ケイは、言葉ではなく、行動で示すことを選んだ。
彼は、ドゥーリンの、そして、固唾を飲んで見守る獣人たちの前で、おもむろに、洞窟の壁へと、手を触れた。
「《アナライズ》、実行。対象:この鉱山全体。構造解析、および、鉱脈分布のマッピングを開始」
瞬間、ケイの青い瞳が、膨大な情報を処理する、マザーボードのように、淡い光を放ち始めた。
彼の視界には、洞窟全体が、巨大な、三次元のワイヤーフレームとなって、再構築されていく。岩盤の硬度、断層の位置、そして、地中に眠る、鉱脈の流れ。その全てが、色分けされた、美しいデータとなって、彼の脳内に、流れ込んでくる。
ドゥーリンは、その、ケイの異様な姿に、眉をひそめた。
(……なんだ、このガキは。魔術か? いや、詠唱がない。……スキルか? だが、これほどの、情報量を、一瞬で……?)
彼の、伝説級のスキル【神眼】もまた、鉱物の本質を見抜く力を持っている。だが、それは、あくまで、目の前の、一つの対象に対してのみ。この、洞窟全体を、一瞬でスキャンするかのような、規格外の能力は、彼の百五十年の人生においても、見たことも、聞いたこともなかった。
やがて、ケイは、壁から手を離した。
そして、彼は、ドゥーリンの、目と鼻の先まで歩み寄ると、その足元の、平らな岩盤を、指さした。
「まず、第一に、あなたの鉱脈の選定は、正確だが、最適ではない」
「……なに?」
「あなたは、この鉱山に存在する、最も純度の高い岩塩の層だけを、追いかけている。それは、職人としての、あなたの美学なのだろう。だが、そのせいで、あなたは、多くのものを見落としている」
ケイは、地面に、洞窟の、簡単な断面図を描き始めた。
「例えば、この壁の、三メートル奥。そこには、純度は少し落ちるが、今あなたがいる層の、五倍以上の規模を持つ、巨大な岩塩の鉱床が眠っている。あなたは、それを知らずに、あるいは、意図的に無視して、この、細く、掘り進めるのが困難な、薄い層だけを、追い続けている」
彼は、次に、天井を指さした。
「そして、あの天井の、十メートル上。そこには、高純度の鉄鉱石の層がある。さらに、その奥には、微量だが、ミスリル鉱石の反応さえある。あなたは、塩という、たった一つの『目的』に固執するあまり、この鉱山が持つ、本当の価値の、ほんの一割も、活用できていない。……これが、僕が言う、『非効率』の一つ目の意味だ」
その言葉に、ドゥーリンの顔色が変わった。
鉄鉱石? ミスリルだと?
馬鹿な。この俺の【神眼】が、それを見逃すはずがない。
彼は、半信半疑のまま、自らのスキルを発動させ、ケイが指し示した天井を、睨みつけた。
彼の瞳に、淡い光が宿る。
そして、その光が、岩盤の奥深くを、見通した、瞬間。
「…………なっ……!?」
ドゥーリンの、髭に覆われた顔が、驚愕に、引き攣った。
……ある。
確かに、あるのだ。
自分が、これまで、全く気づかなかった、岩盤の奥深くに、紛れもない、一級品の、鉄鉱石の鉱脈が。そして、そのさらに奥に、微かだが、しかし、確かに、伝説の金属、ミスリルの、魔力の輝きが。
(……馬鹿な。ありえん。この俺の目が、節穴だったと、言うのか……?)
百五十年。
彼は、この鉱山と共に、生きてきた。この山の、隅々まで、知り尽くしていると、自負していた。
その、絶対的な自信が、今、目の前の、たった十歳の、人間の子供によって、根底から、覆されたのだ。
だが、ケイの、プレゼンテーションは、まだ、終わらない。
「第二に、あなたの採掘方法は、あまりにも、前時代的すぎる」
ケイは、今度は、洞窟の、支保工――つまり、落盤を防ぐための、木の支柱に、目を向けた。
「この支保工の組み方。確かに、頑丈だ。だが、あまりにも、木材を、無駄遣いしすぎている。あなたは、ただ、頑丈そうな木を、力任せに、突っかい棒にしているだけだ。荷重が、どのように分散し、どのポイントに、最も負荷がかかるのか、全く、計算されていない」
彼は、地面に、新しい図を描き始めた。
それは、三角形を基本とした、幾何学的な、トラス構造の図だった。
「このように、木材を、三角形に組むことで、力は、効率的に分散される。同じ本数の木材を使っても、あなたのやり方の、三倍以上の強度を、確保することができる。さらに、どの部分に、どれだけの負荷がかかるかを、事前に計算することで、木材の太さや、配置を、最適化できる。そうすれば、資材の消費を、五分の一以下に、抑えることも可能だ」
それは、ドゥーリンにとって、まさに、目から鱗が落ちるような、情報だった。
力学。構造計算。
彼は、長年の経験と、勘だけを頼りに、仕事をしてきた。だが、目の前の少年は、それを、数字と、理論によって、完全に、体系化してみせたのだ。
「そして、第三の、そして、最大の非効率」
ケイは、洞窟の奥、ドゥーリンが、掘り出した岩塩を、運び出すために使っているであろう、粗末な、木のソリを、指さした。
「……それだ」
彼は、地面に、二つの円と、それを繋ぐ一本の線を描いた。
そして、その円の上に、四角い箱を乗せた。
「車輪と、車軸。そして、それを乗せる、軌道。この三つを組み合わせることで、物の運搬効率は、飛躍的に向上する」
彼は、《クリエイト・マテリアル》を発動させ、手のひらの上に、小さな、木の車輪と、鉄の車軸、そして、短いレールの模型を、生成してみせた。
そして、そのレールの上に、車輪を乗せ、指で、軽く、弾いた。
車輪は、驚くほど、滑らかに、そして、軽やかに、レールの上を、転がっていった。
「……摩擦抵抗の、低減。これだけのことで、あなたは、今の、十分の一以下の力で、十倍以上の量の、岩塩を、運び出すことができるようになる。この鉱山全体に、この『トロッコ』のシステムを導入すれば、あなたの仕事の効率は、おそらく、百倍以上に、跳ね上がるだろう」
ケイは、語り終えると、静かに、ドゥーリンの顔を見た。
そこには、もう、怒りも、殺意も、なかった。
ただ、自らの、百五十年の人生を、その根底から揺るがす、未知の知識と、技術を前にした、一人の、純粋な職人としての、圧倒的な、驚愕と、そして、屈辱と、……ほんの少しの、羨望の色だけが、浮かんでいた。
彼は、ゆっくりと、ケイが地面に描いた、トロッコの設計図へと、歩み寄った。
そして、その、節くれだった、岩のように硬い指で、そっと、その、滑らかな、曲線と、直線を、なぞった。
その瞳は、まるで、初めて見る、神の設計図に、魅入られたかのように、食い入るように、その図面を、見つめていた。
「…………」
長い、長い、沈黙。
その沈黙を破ったのは、ドゥーリンの、絞り出すような、呟きだった。
「……小僧。……貴様は、一体、何者だ……?」
その問いに、ケイは、静かに、そして、誇らしげに、答えた。
「僕は、建築家だ。……そして、君の、その時代遅れのシステムを、アップデートしに来た」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ケイの、まさに神業とも言えるプレゼンテーションでした。頑固一徹のドゥーリンのプライドを、言葉ではなく「仕事」で打ち砕きましたね。伝説の工匠の心が、大きく揺れ動いた瞬間でした。
ケイの知識に圧倒されたドゥーリンは、ついに彼の実力を試すことを決意します。ケイの設計と、ドゥーリンの神業。二つの才能が交わる時、鉱山に何が起こるのか。ついに、奇妙な共同作業が始まります。
「面白い!」「ケイのプレゼン、痺れた!」「ドワーフ爺さんのツンデレ、キター!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、頑固な職人の心を、さらに動かすかもしれません。
次回、ついに塩の採掘開始! そして、ドワーフの神業が、火を噴く!
明日朝7時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。