第30節:APIリクエスト拒否:頑固一徹の壁
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前回、ついに伝説の「塩の洞窟」にたどり着いたケイたち。しかし、そこで彼らを待っていたのは、規格外のステータスを持つ、伝説の工匠ドゥーリンでした。
今回は、ケイの交渉術と、ドワーフの頑固一徹が真っ向から激突します。果たして、ケイは、人間嫌いの彼を説得することができるのでしょうか。
それでは、第三十話をお楽しみください。
洞窟の空気は、ドワーフの老人――ドゥーリン・ストーンハンマーの登場によって、完全に凍りついていた。
彼の小柄な身体から放たれる、岩盤そのもののような重圧は、屈強な狼獣人であるガロウでさえも、呼吸を忘れるほどだった。赤熱する戦鎚が放つ熱気が、洞窟内の冷気と混じり合い、不気味な陽炎を生み出している。
「……俺の仕事場を、嗅ぎ回る、ドブネズミ共は。……一体、何の用だ?」
その、岩が擦れるような声には、長年の孤独と、侵入者への純粋な敵意だけが込められていた。
ケイは、目の前の伝説の工匠を、冷静に、そして迅速に分析していた。
スキル【頑固一徹Lv.MAX】。称号『人間嫌い』。
この二つのパラメータが、今回の交渉における、最大の障害となることは、火を見るより明らかだった。
(……正面からの論理的な説得は、おそらく通用しない。彼の価値観(OS)は、長年の経験と、人間への不信感によって、極めて強固に最適化されている。まずは、敵意のレベルを下げ、対話のテーブルにつかせることが最優先だ)
ケイは、一歩、前に出た。その小さな身体には、何の敵意も、怯えも浮かんでいない。
「我々は、フロンティア村の者だ。この鉱山を荒らしに来たわけではない。ただ、我々の村を、来るべき厳しい冬から守るため、どうしても、塩が必要なのだ」
彼は、可能な限り、丁寧な言葉を選んだ。相手は、百五十年という、自分とは比較にならないほどの時を生きてきた、大先輩だ。敬意を払うのは、当然のことだった。
「もし、この鉱山が、あなたの所有物であるならば、どうか、その一部を、我々に分けてはいただけないだろうか。もちろん、ただでとは言わない。我々が出せる、最大限の対価を支払う用意がある」
それは、極めて真っ当な、交渉の申し出だった。
だが、その言葉は、ドゥーリンの、固く閉ざされた心を、こじ開けるには至らなかった。
それどころか、彼の敵意を、さらに煽る結果となってしまった。
「……フン。対価、だと?」
ドゥーリンは、その白い髭の奥で、嘲るように、鼻を鳴らした。
「貴様ら、獣の寄せ集めに、この俺が、満足するような対価が、払えるというのか? 毛皮か? それとも、狩ってきた獣の肉か? そんなもので、この鉱山の価値が、測れるとでも思っているのか、この、ドブネズミが」
その、あまりにも、侮蔑に満ちた言葉に、ガロウの堪忍袋の緒が、ぷつりと切れた。
「……てめえ、じじい! 言わせておけば!」
ガロウが、その手に持った鋼鉄の槍を握りしめ、一歩前に出ようとする。
だが、その肩を、ケイの小さな手が、そっと制した。
「よせ、ガロウ。彼は、僕たちを試している」
ケイは、ガロウを振り返ることなく、静かに言った。
その声は、不思議なほど、落ち着いていた。
(……なるほど。彼の価値観の根底にあるのは、『職人としての誇り』か)
ケイは、ドゥーリンの思考パターンを、さらに深く分析していく。
彼にとって、この鉱山は、単なる塩の採掘場ではない。彼の「仕事場」であり、彼の誇りの象徴なのだ。それを、金や物で取引しようとすること自体が、彼にとっては、許しがたい侮辱行為なのだろう。
ならば、アプローチを変えるしかない。
ケイは、戦略を切り替えた。
「……失礼した。確かに、あなたの言う通りだ。この、偉大な鉱山を、安易に物で取引しようとした、我々の考えが、浅はかだった」
ケイは、その場で、ゆっくりと、頭を下げた。
その、潔い謝罪に、ドゥーリンの眉が、ぴくりと動く。
「この鉱山が、ただの岩山ではないことは、一目見れば分かる。この、寸分の狂いもない、坑道の掘削技術。アーチ構造による、完璧な荷重分散。そして、この光る苔を利用した、半永久的な照明システム。……これは、もはや、土木工事ではない。芸術だ」
ケイは、顔を上げると、その青い瞳に、純粋な賞賛の色を浮かべて、語り始めた。
彼の《アナライズ》は、この鉱山に施された、神業のような技術の数々を、全て見抜いていたのだ。
「これほどの仕事を成し遂げた、偉大な工匠殿に対して、我々は、敬意を欠いていた。改めて、謝罪する」
その言葉は、ドゥーリンの、予想の範疇を超えていた。
目の前の、人間の子供。彼は、ただの、口先だけの小僧ではなかった。この鉱山に込められた、自分の仕事の、その本質的な価値を、一瞬で、見抜いてみせたのだ。
ドゥーリンの、硬い表情が、ほんの少しだけ、揺らいだ。
だが、彼の、長年かけて築き上げられた、人間への不信の壁は、それしきのことでは、崩れない。
特に、ケイの、その流暢な物言いが、彼の、古い傷を、抉った。
「……口だけは、達者なようだな、小僧」
ドゥーリンは、吐き捨てるように言った。
「貴様のような、口先だけの、ひょろいガキを、俺は、これまで、嫌というほど見てきた。……そう、人間共だ」
彼の瞳に、暗い、憎悪の光が、再び宿る。
「奴らは、いつもそうだ。耳障りの良い言葉を並べ立て、俺の技術を褒めそやし、そして、全てを奪っていく。俺が、心血を注いで作り上げたものを、奴らは、ただの便利な『道具』として、何の敬意も払わず、使い潰していく。……もう、うんざりなんだよ」
その言葉には、ガロウが語ったものとは、また違う、深い、深い絶望が、込められていた。
称号、『人間嫌い』。
その由来が、今、はっきりと示された。
「貴様も、奴らと同じ匂いがする」
ドゥーリンは、その手に持った戦鎚を、ケイの目の前の地面に、ゴウン! と、突き立てた。
地面が、微かに揺れる。
「その、小賢しい口で、俺を丸め込み、この鉱山を、塩を、そして、俺の技術を、手に入れようという魂胆だろうが。……そうは、いかん」
彼は、その、岩のように分厚い胸を、ドン、と叩いた。
「このドゥーリン・ストーンハンマーは、もう、誰にも、何も、作ってやらん。ましてや、人間のような顔をした、口先だけの若造に、くれてやるものなど、この鉱山の、塩の一粒たりとも、存在せん!」
それは、完全な、交渉決裂の宣告だった。
彼の瞳は、もはや、いかなる言葉も受け付けないという、頑なな光を、宿していた。
スキル、【頑固一徹Lv.MAX】。
その、絶対的な効果が、今、ケイたちの前に、巨大な壁となって、立ちはだかっていた。
「……分かったか、ドブネズミ共」
ドゥーリンは、突き立てた戦鎚の柄を、ぎり、と握りしめた。
「用件が、それだけなら、とっとと、失せろ。これ以上、俺の仕事場を、汚されるのは、我慢ならん」
彼は、そう言い放つと、ケイたちに、完全に背を向けた。
そして、洞窟の、さらに奥の暗闇へと、その、岩塊のような背中を、向けてしまった。
もはや、交渉の余地は、一ミリも残されていない。
「……くそっ!」
ガロウが、悔しそうに、地面を蹴った。
他の戦士たちも、どうしていいか分からず、ただ、呆然と立ち尽くしている。
ルナリアは、心配そうに、ケイの顔を、見上げた。
ケイは、黙っていた。
彼の頭脳は、この、完全な手詰まり(デッドロック)状態を、打開するための、次なる一手を、必死に、模索していた。
論理的な説得は、通じない。
感情に訴えかけても、逆効果だ。
ならば、どうする?
(……レガシーシステムへの、アプローチの基本を、思い出せ)
彼は、前世の、ある、気難しい、ベテランプログラマーのことを、思い出していた。
その老プログラマーは、誰の言うことも聞かず、自分の書いた、古い、しかし、完璧に動作するコードを、何よりも愛していた。
新しい技術を、頭ごなしに否定し、若いエンジニアを、口先だけの若造と、罵った。
その姿が、今の、ドゥーリンと、完全に、重なって見えた。
あの時、自分は、どうやって、彼の心を、動かした?
言葉ではない。
議論でもない。
――コードだ。
自分自身が、彼が書いたコードよりも、さらに、美しく、合理的で、そして、完璧なコードを、彼の目の前で、書いてみせたのだ。
プライドの高い職人には、言葉は、通じない。
彼らが、唯一、認めるもの。
それは、自分を、遥かに上回る、「本物の仕事」だけだ。
(……そうか)
ケイの、青い瞳に、一つの、確かな光が、宿った。
それは、あまりにも、大胆不敵で、そして、無謀とも思える、賭けだった。
だが、この、鉄壁のファイアウォールを、突破するには、もはや、それしか、道は残されていなかった。
彼は、背を向けて、闇に消えようとする、伝説の工匠の、その、岩塊のような背中に、静かに、しかし、挑戦的な響きを込めて、こう、言い放った。
「――あなたの仕事は、素晴らしい。だが、……非効率的すぎる」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ケイの交渉は、ドゥーリンの、あまりにも頑なな「人間嫌い」の壁の前に、あっさりと、跳ね返されてしまいました。
しかし、絶望的な状況の中で、ケイは、新たな、そして、あまりにも大胆な、次なる一手を見出しました。
彼の、職人のプライドを、真っ向から刺激するような、挑戦的な一言。
この言葉は、果たして、吉と出るか、凶と出るか。
「面白い!」「爺さん、頑固すぎる!」「ケイの次の一手が気になる!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、ケイの、次なる奇跡の、原動力となります!
次回、言葉ではなく、「仕事」で語る。ケイの、神業が、ついに、伝説の職人の、心を揺さぶる!
本日21時半頃時の更新を、どうぞお楽しみに。