第29節:レガシーシステム:廃坑の主
いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、一つ一つが私の血肉となり、物語を紡ぐ糧となっております。
前回、ケイの機転と仲間たちの連携により、強力な魔獣アーマー・ボアの脅威を退けた探索隊。
今回は、ついに彼らが目的地である「塩の洞窟」へとたどり着きます。しかし、古の伝説が眠るその場所で彼らを待っていたのは、塩の結晶ではなく、気難しく、そして偉大な、一人の職人でした。
新たな出会いが、フロンティア村の未来を大きく左右します。
それでは、第二十九話をお楽しみください。
アーマー・ボアとの死闘から、さらに丸一日。
探索隊は、疲労の色を隠せないながらも、黙々と歩みを進めていた。ケイが示した地図上の目的地は、もう目前に迫っている。
周囲の景色は、これまでの鬱蒼とした森とは、明らかに異なっていた。木々の背は低くなり、代わりに、天を突くように鋭く尖った、黒い岩肌が、あちこちで剥き出しになっている。まるで、巨大な獣の牙が、大地から突き出しているかのようだ。
「……大将。本当に、この先にあるのか?」
先頭を歩くガロウが、訝しげに振り返った。彼の鋭い嗅覚が、この一帯に漂う、微かな硫黄の匂いを捉え、警戒を促している。
「こんな、岩と枯れ木しかねえ場所に、言い伝えの洞窟なんざ、あるようには思えねえが……」
「データは、そう示している」
ケイは、揺るぎない口調で答えた。彼の視界には、常に《アナライズ》による地形データと、目的地までのナビゲーションが表示されている。
「長老の話にあった、『黒い岩が天を突くようにそびえ立つ谷』。この先の、あの岩山の裂け目が、まさしくその特徴と一致する」
彼の指さす先には、二つの巨大な黒い岩山が、門のようにそびえ立ち、その間に、深い、深い谷が、口を開けていた。谷の底は、深い影に沈んでおり、その全貌を窺い知ることはできない。
一行は、ごくりと喉を鳴らし、その不気味な光景を見つめた。
谷の入り口にたどり着き、彼らは、息を呑んだ。
そこは、まるで、世界の終わりかのような、荒涼とした場所だった。生命の気配は希薄で、ただ、乾いた風が、岩肌を撫でて、寂しい音を立てているだけ。
だが、その絶望的な光景の中で、一点だけ、異質なものが存在していた。
「……あれは」
ルナリアが、小さな声で呟いた。
彼女の指さす先、谷底の、巨大な岩壁の中腹に、ぽっかりと、黒い穴が口を開けている。
洞窟だ。
そして、その洞窟の入り口の周囲だけが、まるで夜空から星屑を振りまいたかのように、淡い、青白い光を放っていた。
「……光る苔。長老の話と、一致する」
ケイは、静かに告げた。
その言葉に、狼獣人の戦士たちが、ざわめく。ただのおとぎ話だと思っていた伝説が、今、現実の光景として、目の前に現れたのだ。
「……本当に、あったのか」
ガロウでさえも、その黄金色の瞳を、驚愕に見開いていた。
彼は、改めて、隣に立つ小さなリーダーの顔を見た。この少年は、一体、どこまで、この世界の理を見通しているというのか。
「気を抜くな。ここからが、本番だ」
ケイは、浮き足立つ仲間たちを、冷静な声で引き締めた。
「《アナライズ》によれば、あの洞窟の内部から、極めて高純度の塩化ナトリウム――すなわち、塩の反応を、大量に検知している。岩塩鉱脈であることは、ほぼ間違いない。だが、同時に、内部には、何らかの、強力な生命反応も存在する」
その言葉に、戦士たちの顔に、緊張が走る。
塩を守る、強力な魔物がいるのかもしれない。
「ガロウと、戦士たちは、周囲を警戒。ルナリアは、僕のすぐ後ろに。……行くぞ」
ケイの号令一下、一行は、慎重に、谷底へと下り始めた。
足場は悪く、鋭い岩が、彼らの行く手を阻む。だが、彼らは、互いに声を掛け合い、手を貸し合いながら、着実に、光る洞窟へと近づいていく。
やがて、洞窟の入り口にたどり着いた彼らは、その光景に、再び言葉を失った。
入り口は、大柄な狼獣人が、三人並んでも、まだ余裕があるほどに、巨大だった。そして、その縁を彩る苔は、まるで生きているかのように、明滅を繰り返し、洞窟の内部を、幻想的な青白い光で照らし出している。
だが、それ以上に彼らを驚かせたのは、その洞窟が、明らかに、人の手によって掘られたものだということだった。
壁面は、寸分の狂いもなく、平らに削り出されている。天井は、美しいアーチ状にくり抜かれ、その中央には、精巧な幾何学模様のレリーフが刻まれていた。
そして、入り口の脇には、風化して、ほとんど読み取れなくなってはいるが、明らかに、何らかの文字が刻まれた、石碑のようなものが立っていた。
「……これは、鉱山……?」
ガロウが、呆然と呟く。
「ああ。それも、相当、古い時代のものだ。おそらく、古代魔法文明期か、それに近い時代のものだろう」
ケイは、石碑に刻まれた、古代語の断片を《アナライズ》しながら、推測を述べた。
「……誰が、こんな場所に、これほどのものを……」
「さあな。だが、今は、それよりも、塩の確保が優先だ」
ケイは、ナイフを抜き放ち、慎重に、洞窟の中へと、一歩、足を踏み入れた。
内部は、ひんやりとした空気に満ちており、壁一面が、光る苔によって、青白く照らし出されていた。そして、その壁の、あちこちから、まるで宝石のように、キラキラと輝く、白い結晶が、顔を覗かせている。
塩だ。岩塩の結晶だ。
ケイは、壁に近づき、その結晶の一部を、指で削り取って、舐めてみた。
舌の上に広がる、強烈な、しかし、雑味のない、純粋な塩味。
▼ 対象:天然岩塩
┣ 主成分:塩化ナトリウム(純度:99.2%)
┣ 含有ミネラル:カリウム、マグネシウム、カルシウム(微量)
┗ 評価:極めて高品質。食用、工業用、いずれにも最適。
「……すごい。これだけの純度の岩塩は、僕がいた世界でも、滅多にお目にかかれない」
ケイは、興奮を隠しきれない様子で呟いた。
これだけあれば、フロンティア村の、冬の食料問題は、完全に解決する。いや、それどころか、将来的に、貴重な交易品として、村に、莫大な富をもたらす可能性さえある。
「やったな、大将!」
「これで、村は救われる!」
狼獣人の戦士たちも、壁の岩塩を目の当たりにし、歓喜の声を上げた。
だが、その時だった。
ゴウンッ!!
突如、洞窟の奥から、地響きのような、重い音が鳴り響いた。
それは、岩盤が軋む音のようでもあり、巨大な何かが、槌を振り下ろす音のようでもあった。
一行は、咄嗟に身構え、音のした、洞窟の奥の暗闇を、睨みつけた。
「……来たか」
ケイが、静かに呟く。
《アナライズ》が捉えていた、強力な生命反応。それが、ついに、姿を現すのだ。
闇の向こうから、一つの、小さな影が、ゆっくりと、こちらへと近づいてくる。
その影は、手に、松明のような、赤い光を掲げていた。
影は、徐々に、その輪郭を現していく。
それは、人間よりも、頭一つ分ほど、背が低い。だが、その身体は、まるで、岩塊から削り出したかのように、横幅が広く、そして、分厚い。
顔は、編み込まれた、見事な、雪のように白い髭で、覆い尽くされている。その髭は、腰の辺りまで、長く、長く、垂れ下がっていた。
その手に持っているのは、松明ではなかった。それは、先端が、溶岩のように、赤く輝く、巨大な、戦鎚だった。
「……ドワーフ……?」
ルナリアが、か細い声で、呟いた。
それは、伝説の中にしか登場しない、山に住み、類稀なる鍛冶の技術を持つという、幻の種族。
そのドワーフらしき老人は、一行の前で、ぴたりと足を止めた。
そして、その、鬱蒼とした髭の奥から、二つの、鋭い光が、ケイたちを、射抜いた。
その瞳は、長年、地下の暗闇で暮らしてきた者のように、深く、そして、一切の光を宿していなかった。
「……何奴だ、貴様ら」
その声は、まるで、岩盤が擦れ合うかのような、低く、そして、しゃがれた声だった。
その声には、長年の孤独と、そして、侵入者に対する、剥き出しの敵意が、込められていた。
「……俺の仕事場を、嗅ぎ回る、ドブネズミ共は。……一体、何の用だ?」
ドワーフの老人は、その手に持った、赤く輝く戦鎚を、ゆっくりと、持ち上げた。
その、小柄な身体からは、想像もつかないほどの、圧倒的な威圧感が、洞窟の空気を、ビリビリと震わせる。
ガロウでさえも、その威圧感に、思わず、一歩、後ずさった。
ケイは、静かに、目の前の老人を、観察していた。
そして、彼の脳裏に、《アナライズ》が、驚くべき、分析結果を、表示していた。
▼ 対象:ドゥーリン・ストーンハンマー
┣ 種族:ドワーフ
┣ 年齢:150歳
┣ ステータス:良好
┣ パラメータ:
┃ ┣ 筋力:S
┃ ┣ 耐久:S+
┃ ┣ 敏捷:E
┃ ┗ 器用:EX(規格外)
┣ 保有スキル:【神眼(鉱物鑑定)Lv.MAX】【神工(鍛冶)Lv.MAX】【大地の恩寵Lv.7】【頑固一徹Lv.MAX】
┗ 称号:『伝説の工匠』『山を愛する者』『人間嫌い』
(……なんだ、この、ステータスは……)
ケイは、戦慄した。
筋力と耐久力は、ガロウさえも上回り、そして、器用さに至っては、『規格外』と表示されている。
スキルも、見たこともないような、伝説級のものばかり。
そして、最後の、称号。
『人間嫌い』
その、あまりにも、分かりやすい称号に、ケイは、これから始まる交渉が、これまでで、最も困難なものになることを、確信した。
目の前にいるのは、ただの、頑固な老人ではない。
それは、かつて、神の領域の武具さえも作り出したと謳われた、伝説の職人。
そして、人間という種族を、心の底から、憎悪する、気難しい、山の主だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、新たな重要キャラクター、ドワーフの工匠ドゥーリンが登場しました。その圧倒的なステータスと、頑固そうな性格。一筋縄ではいかない相手であることは、間違いなさそうです。
ケイたちは、この気難しい伝説の職人と、どう渡り合っていくのでしょうか。そして、無事に、塩を手に入れることはできるのか。
物語は、新たな出会いと共に、さらに面白くなっていきます!
「面白い!」「ドワーフ爺さん、強すぎ!」「今後の展開が気になる!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、頑固な職人の心を、動かす力になるかもしれません。
次回、ケイの、最初の交渉。しかし、それは、あっさりと、一蹴される――。
本日19時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。